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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第2章 暇なので旅をしよう
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第19話 魔界からの使者

※ 途中で視点が変わります。


 魔界に強行してから三日が経った。

 訪問した次の日から教師を付けられ、響輝はエカトールの世界情勢を中心にこちらの世界の常識を叩き込まれていた。

 講義は丸一日あり、午前中の講義が終わってキルエラが昼食の用意をしている間に午前中の講義内容をまとめ――午後に提出することになっている――昼食を終えてからは、お茶で一服をしながら午後からの講義にあたる箇所を読んで予習することが日課となっていた。






 リビングのソファの上で肘掛に頬杖をつきながら本のページをめくる響輝の隣には、焼き菓子の山を黙々と崩す蒼い少年が座っていることも違和感がなくなってきていた。

 少年は教師がいる間は姿を消しているが、響輝とキルエラだけになると姿を現して焼き菓子をたかりに来るのだ。

 キルエラは昼食の片付けを終えて響輝のカップにお茶を足すと、脇に控えた。


「授業の方はいかかですか?」

「そこそこ面白いけど………あー、魔法陣が見たい」


 魔法関連の本は取り上げられ、さらに魔法具・魔術具作りも禁止されたのでそちらの知識に対する鬱憤は溜まっていた。


「そうですか」


 くすり、と笑うキルエラにじと目を向けて、響輝は本に視線を戻した。


「〝契約〟の影響か、書いた文字がこちらの文字に変わるのは気味が悪いけどな」


 あちらの世界で言えば、ひらがなの〝あ〟を書いたつもりが、ローマ字の〝a〟と記されるようなものだ。意思とは関係なく手が動く。


「祝福ですから」

「………」


 呪いじゃないか、と言う言葉を響輝は呑み込んだ。

 キルエラは話題を変えるように「そういえば」と前置きして、


「お伝えするのを忘れていましたが、午後からの授業は十五時からとなっております」

「は?」


 いつも通り十三時半からだと思い、午前中の講義のまとめを急ピッチで仕上げた響輝は、あと二時間も余裕があったことに目を丸くした。


「もっと早くに言ってくれ……」


 一気に予習する(本を読む)気が失せて、テーブルの上に本を投げ出した。ソファの背もたれに仰け反りかえって、ため息をつく。


「会談が入っていますので、そちらにご出席していただくためですから」

「!」


 その言葉に響輝は身を跳ね起こした。会談と聞いて、相手はすぐに分かった。数時間前からある気配を感じていたからだ。


「それって――」


 思わず、にやり、と嗤う響輝にキルエラは微笑んで頷いた。











         ***











 魔界(キアウェイ)へと通じる転移魔法陣のある部屋の前にレティシアナ、三院長、近衛騎士団長と騎士二人が集まり、来訪者の到着を待っていた。

 通常ならギルド総本部へと向かうが、今回は非公式の来訪のため、直接、テスカトリ教導院の地下に転移することになった。


「お見えになりました――」


 転移を感じて、レティシアナは言った。

 通路内にわずかに緊張が走り――扉が内側から開かれた。

 真っ先に目についたのはオレンジがかった紅色の髪に燃え盛る炎のように輝く紅い瞳を持ち、口元には不敵な笑みを浮かべた青年――魔界(キアウェイ)の王族、ギルミリオ・トゥルカ・キアウェイだ。

 金色の刺繍が施された白を基調とした服は裾にいくにつれてその色を黒く染めていき、漆黒の裾には紅蓮の焔が踊っていた。

 見た目こそ二十代半ばほどだが、前回の〝ゲーム〟参加者でもあり、年齢は三百歳を超えている。

 赤い瞳と目が会い、レティシアナは一礼した。


「ようこそいらっしゃいました。ご足労いただき、誠に申し訳ございません。ギルミリオ殿下」

「いや。無理を言ったのはこちらの方だ。エカトールの姫巫女殿」


 ギルミリオは笑みを深めた。

 ギルミリオに続いて部屋から現れたのは二人。

 一人はレティシアナたちとも面識のある魔界(キアウェイ)の外務卿、ヴァルル・ビンガロード。淡い金色の髪の壮年の男で平凡な顔立ちをしているが、その実力と知略によって百年以上、外務卿として辣腕を振るっている。

 そして、もう一人は灰色の髪を持つ老年の男で、魔王城の侍従長のガイアス・ヘルファングだ。

 彼は緑色の瞳でレティシアナたちを一瞥すると、すぐに目を伏せた。

 ガイアスとは魔王城を訪問した時に幾度か会ったことがあるが、城を離れることなどほとんどないはずの彼が同行していることにレティシアナは驚いた。

 ギルミリオはラフィン――かつての対戦相手であり、ある意味では戦友――に目を向け、


「息災のようだな。嬢ちゃん」

「そうお呼びになるのは殿下だけですよ」


 ラフィンは笑みを返す。


「では、こちらへ――」


 ジェルガの案内で応接室の一つに着くと、ギルミリオとヴァルルは席についたが、ガイアスはギルミリオの背後に控えた。

 魔界(キアウェイ)からの使者の前にはマロルド、レティシアナ、ジェルガ、ラフィンの順に腰を下ろし、近衛騎士団長だけが扉の近くに控えて他の騎士二人は廊下での警備にあたった。

 セリアがお茶を配り終えたところで、ギルミリオが口を開く。


「この度は急な申し出にも関わらず、この場を設けていただきましてありがとうございます」

「いえ。こちらこそ我が教導院の〝勇者〟の突然の訪問にご配慮いただき、そのお心遣いに感謝しております」


 ジェルガの言葉にレティシアナたちも頭を下げた。


「その件については手紙にもあったとおり、私が全て一任されております。交換条件となってしまいましたが、こちらの意向は変わりありません。例え、お答えが否となったとしても咎めるつもりはありませんのでご安心ください」


 単刀直入にギルミリオが切り出した。長々とした無駄な牽制は不要だということだろう。

 レティシアナの隣で、僅かにジェルガが姿勢を正し、


「互いの世界を巡るにあたり、ご掲示いただいた件につきましては我々も考えていたものです。……ただ、殿下自ら同行なさるとなると各国への周知も必要となってきますので、少々お時間をいただきたいのですが」

「それはこちらも承知しております」


 ジェルガにヴァルルが頷いた。


「こちらとしても、それなり(・・・・)にご助力させていただく所存ですので」


 たった一度、それも魔王とは対面していないにも関わらず、王命に従って魔界(キアウェイ)が動き出していることにレティシアナたちは驚愕した。

 その動揺は表情には出ていないはずだが、ギルミリオは敏感に察したのか口元に苦笑を浮かべると、


「全ては手紙でお伝えしたとおりです」


金色の光を放つ瞳を細めて、そう言った。











 会談と交流を含めた昼食を終え、レティシアナとセリア、ギルミリオ、ガイアスは別室へと移った。

 案件の最終確認を三院長とヴァルルに任せたのは、魔界(キアウェイ)側から今回の来訪でもう一つ会談を要請されていたからだ。

 ただ、それに関してはすでに顔を合わせている者――ギルミリオとガイアスのみ――で行うことを条件にし、魔界(キアウェイ)側もそれで承諾したのでレティシアナが立ち会って行われることになった。

 レティシアナたちはセリアの淹れたお茶を飲みつつ、待ち人を待っていると、コンコンコンッ、と扉がノックされた。


「失礼します。ヒビキ・クジョウ様をお連れいたしました」

「どうぞ」


 レティシアナの声を受けて扉が開かれると、ヒビキが入ってきた。その後ろにはキルエラが控えている。


「――よぉ」


 気さくにギルミリオは声をかけた。

 ヒビキはギルミリオを見ると大きく目を見開き、


「おたく……本当に王子だったんだな」

「おいおい。失礼な奴だな」


 どうやらギルミリオの服装に驚いているようだ。まじまじとギルミリオを見つめながら、レティシアナの隣に腰を下ろした。

 ヒビキはギルミリオの背後に立つガイアスに目を向けると、軽く会釈をした。


「先日はどうも……」

「――いえ」


 一方、ギルミリオもヒビキと一緒に現れたキルエラに目を向け、


「君がクジョウの侍女か?」

「はい…」

「聞いたぜ? 大変だったな」

「………いえ、そのようなことは」


 くくっ、と笑うギルミリオにキルエラは目を瞬いた。

 ギルミリオの口ぶりは、ヒビキとキルエラとの勝負を知っているようだった。

 

(――えっ?)


 レティシアナは驚いてヒビキを見ると、彼は肩をすくめた。


「それで、ちゃんと謝ったのか?」

「………」


 顔を背けるヒビキにギルミリオはニヤニヤと笑う。


「謝ったんだな。許してもらったのか?」

「……おたくには関係ないだろ」


 ヒビキは顔をしかめた。


「それより、何故、わざわざ殿下自らお越しいただいたのでしょうか?」


 いかにも嫌そうに敬語を使うヒビキ。

 その態度にレティシアナはひやりとしたが、ギルミリオは笑うだけでガイアスも無表情のままだった。


「すねるなよ。この前の後始末に来ただけだ」

「……っ」

「改めて事情説明だな。ついでにお前の要望についても、もう一度こちらの条件を話しておいた」

「どんな条件を出したんだ?」


 ヒビキは訝しげにギルミリオを見た。


「ん? 聞いてないのか?」

「ああ。手紙の内容は聞いてない」

「………」


 ギルミリオが問うような視線をレティシアナに向けた。

 二人のやりとりに呆気に取られていたレティシアナは、はっと我に返って頷いた。


「今日の会談である程度決まり次第、お伝えしようかと思っていましたので」

「そうだったのか……」

「どうせ、ばぁさんたちがそうさせたんだろ。……本人そっちのけで話を進めるなよな」


 はぁ、とため息をつくヒビキ。


「すねるなよ」

「すねてねぇよ!」

「やれやれ……簡単に話してもいいか?」


 ふんっ、と鼻を鳴らすヒビキにギルミリオは肩をすくめた。


「はい。詳細はまた私たちの方でお話しますので」


 ギルミリオは「すまない」と一言謝って、ヒビキに目を向けた。


「お前の魔界(キアウェイ)を旅することだが、いくつかの条件をつけて了承することになった」

「……ああ?」

「だいたい考えていることは同じだったが……こちらの要求としては、お前の旅に俺も同行することだな」

「――はぁっ?」


 素っ頓狂な声を上げ、ヒビキはレティシアナに振り返った。


「レナ。そうなのか?」

「はい。魔界(キアウェイ)を旅する条件は殿下がヒビキ様の旅に同行することです」


 レティシアナが頷くと、ヒビキはギルミリオを呆れたように見つめ、


「おいおい………本気かよ」

「当たり前だ。残りの条件はそっちと同じだな。互いに〝契約〟を交わして旅で知ったことは〝ゲーム〟に悪用しないこと、互いに互いの世界で監視をすること、そして、旅の間は全て自己責任、外交問題には発展させないことだ」

「……他に旅の同行者はいるのか?」

「いや、俺だけだ」

「!」


 すっと、ヒビキから表情が消えた。


「何が目的だ?」


 射抜くような鋭い視線を受けて、ギルミリオは金色の光を宿した目を細めた。


「お前とエカトールを旅するのも面白そうだと思ってな」

「……なっ?」

「〝契約〟の罰則は、互いの信用とその世界での加護の低下だ。……ただ、それが続く限りは旅の仲間――遊び相手(・・・・)ということだぞ?」


 ギルミリオは獰猛な笑みを見せ、そう言った。

 その表情にレティシアナは、ぞくり、と背筋を震わせた。

 そして、その隣でも――


「へぇ……?」


強力な魔力が放たれ、ちりちり、と肌を炙った。

 はっとしてレティシアナが振り返ると、ヒビキはわずかに口の端を上げて真っ直ぐにギルミリオを見つめていた。


互いに(・・・)消化不良だった(・・・・・・・)からな」

「他には?」


 冗談を許さない真剣な声に「そうだな……」とギルミリオは少しだけ考えるような素振りを見せ、


最後のチャンス(・・・・・・・)だからさ」


 笑みを消して告げるギルミリオに対し、ヒビキは無言だ。「ただ――」と言葉を続ける時には、ギルミリオの口元には笑みが戻っていた。

 

「各国への周知もあるから確定という返事はもらわなかったが、あとは交渉次第だな。………まぁ、問題はないだろう」

「どういうことだ?」

「こっちの事情だ。ちょっと込み入った話になるぞ?」

「………なら、いい。政治関係は面倒だ」


 ヒビキは首を左右に振って目を伏せた。ふっ、と彼から魔力の放出が消えて、レティシアナは内心でほっと息を吐いた。


「ヒビキ様。もう一つ、旅のことで決定したことがあります」

「……まだあるのか?」


 目を開けてレティシアナを振り返ったヒビキは、嫌そうに眉をひそめた。


「〝勇者〟のお披露目まであと四十日もないですが、それまでの十五日ほどだけエカトールを旅する許可がおりました」

「!」

「出発は四日後です。旅から戻られてからは、お披露目に向けての特訓を受けていただきますが……」

「けど、それまでは旅をしてもいいのか?」

「はい。ただ、魔界(キアウェイ)訪問の件もありますので、殿下も同行され――」

「よっしゃ!」

 

 レティシアナが言い終わる前に、ヒビキは拳を握り締めて叫んだ。

 つい少し前に真剣な表情でギルミリオに旅に同行する理由を尋ねていたとは思えないほど、喜色満面の笑みを浮かべている。


「だいたい二週間か。行くとなると、一国しか無理だな」


 ヒビキは、ばさり、といつの間にか手に持っていた紙をテーブルに広げた。そこに書かれているのは――


「っ!?」


 レティシアナは目を見開き、「お?」とギルミリオは片眉を上げた。


(ど、どこから地図を?)


 広げられたのはエカトールの地図だった。

 魔法陣は見えなかったので、魔術によって取り出したのだろう。

 さらにヒビキは地図の上に本――各国の観光地がまとめられたもの――をどこからともなく取り出して置いていく。

 その行動に唖然とする周囲を無視して、ヒビキはギルミリオに尋ねた。


「おたくも同行ってことは、さっそく〝契約〟を交わすんだよな?」


 ギルミリオはヒビキの行動に驚いていたが、すぐに我に返って頷いた。


「ああ。お前と同じく冒険者登録をして同行するつもりだ」

「なら、魔法具のシドルでもいいか………いや、クリオガの大自然も捨てがたい」

「トナッカ公国なら魔法に関しては他国を上回るぞ?」

「そうだよなぁ……オメテリア王国やナカシワトも――」


 パラパラと本をめくるヒビキに身を乗り出すギルミリオ。

 旅の行き先について盛り上がる二人に、レティシアナは目を丸くした。

 まだ会うのは二度目のはず。まるで、旧来からの友人のように話す二人の姿からは〝エカトールの勇者〟と〝魔界の王族〟の肩書きはなく、旅をすることを喜ぶ青年が二人いるだけだ。


「………」


 セリアやキルエラに目を向けると、二人も驚いたように目を瞬いていた。ガイアスはすでにこの光景を見たことがあるのか、動揺は全くしていない。

 唖然とする周囲を他所に、二人の会話は盛り上がっていく。


「レナ。どこかオススメの場所はないか?」


 不意にヒビキがレティシアナに振り返った。


「おい。観光に行くわけじゃないぞ?」

「分かってるよ。大事な事だ」

「本当に分かっているのか……?」


 ギルミリオは呆れたように言った。

 その二人のやりとりを見て――


(……似た者同士?)


レティシアナは小首を傾げた。


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