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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第2章 暇なので旅をしよう
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第18話 勇者の侍女

※ 途中で視点が変わります。



 レナたちに帰ってきたことを告げて、響輝は自室へと足を向けた。部屋から一緒に出てきた蒼い少年は、ぴったりとくっつくようにすぐ脇を歩いている。

 [影渡り]でさっさと部屋に戻ろうとしたら少年に止められたので仕方なく歩いていたが――。


(これは……明らかに少年が原因か)


 今までは軽く会釈をされるだけだったが、誰かとすれ違うたびにぎょっとした顔で道を譲られたかと思えば通り過ぎるまで頭を下げられるので、響輝は内心でため息をついた。

 ちらり、と視線を下に向ければ無表情の顔が目に入った。周りの反応を気にしている様子はない。


(アイツの話だと、上位とか四大が強いって言っていた気がするが……レナは六柱いる以外は何も言っていなかったな。他にいないのなら大精霊クラスか……?)


 〝(お告げ)〟もあるので、こちらの世界では精霊は神聖視されているのかもしれない。

 ふと、脳裏に悪友の満足げな顔がちらついて、響輝は思考の渦から這い出ると軽く頭を振るった。だいぶ、アイツ(悪友)の趣味に染まってきたようだ。


(……まぁ、傍にいてくれるだけで楽になるからいいか)


 少年が響輝の魔術や魔法の使用を止めるのは、ぶり返した魔力酔いのためだ。

 魔王城で休憩(一眠り)したことで治まっていたが、魔王城からエカトールに(じか)に転移するわけにもいかず、一度[影渡り]で魔王城から離れてエカトールへと転移したので魔力が消費されてしまい、外部(魔素)に対しての抵抗力が弱まったのが原因だった。

 少年が力を使ってくれているのか、周囲にある魔素があちらの世界の空気中の魔素含有量と同じぐらいに調節されているので、慣れた空気―-森林浴をしているような涼やかで心地よく感じる空気――に触れて、転移直後に比べれば魔力酔いは治まってきていた。

 お礼代わりにぐりぐりと頭を撫でると、少年は不思議そうに小首を傾げた。










「――さて」


 響輝は部屋の前で止まり、室内にキルエラの魔力を確認して一息ついた。ちらり、と少年に視線を落とし、


「止めるなよ。俺の問題だ」

「………」


 少年はこちらを見上げて脇に退くが、姿を消すつもりはないらしい。その様子に肩をすくめ、響輝は扉を開けた。

 室内に人の姿はない。部屋の中に数歩ほど進んだところで、響輝は右手を振り上げた。右斜め後ろから首筋に迫る手刀を受け止め、触れた場所を支点に手を回して相手の腕を掴――もうとして、唐突に触れていた手の感触が消えた。


(……ん?)


 眉をひそめて右後ろへと振り返ると、壁際、少し離れた場所に表情を消したキルエラの姿があった。


「いきなり、気絶させる気か?」


 苦笑混じりの声で問うと、キルエラは僅かに目を細め、


「ご自愛下さいとお伝えしたはずです」

「―――」


 予想外(・・・)の言葉に響輝は目を見開いた。

 罵声を浴びせるのではなく響輝を気遣う言葉に、思わずマジマジとキルエラを見つめてしまう。


エカトール人(私たち)でも魔界(キアウェイ)に向かえば、空気中の魔素含有量の違いで魔力酔いとなる者はいます。まして、貴方様(・・・)の世界ではエカトールよりも魔素含有量が少ないとのこと。魔力酔いになっていらっしゃいますね?」

「ああ……」

「では、お座りください。酔い止めのお薬とお茶を用意しますので」

「……お茶は三つ頼む」


 響輝は少年を部屋に招き入れた。

 キルエラは少年を見ると一瞬、動きを止めたが、すぐに腰を折って一礼した。


「かしこまりました――」


 淡々と給仕を始めるキルエラ。

 彼女から怒気は感じられないが、その他の感情も何もなかった。まるで、感情のない人形を相手にしているようだ。

 響輝がソファに腰を下ろすと、その隣に少年が座ってきた。お茶と焼き菓子が出されれば、少年はカリカリとリスのように焼き菓子をつまみ出す。


「座ってくれ。ちょっと、長くなる」

「いえ。このままで結構です」

「話しづらい。いいから座ってくれ」


 睨み合いは数秒。キルエラが折れ、ソファの向かい側に腰を下ろした。


「ひとまず、勝負のことだな。俺の反則負けだ」

「………」

「元々、魔界に行くための隠れ蓑としておたくに勝負を持ちかけたが……利用したことは申し訳ないと思っている」


 響輝は頭を下げた。頭頂部のあたりにキルエラの視線が突き刺さるが、彼女は何も言わない。顔を上げれば、こちらを見定めるような目と目が合う。


「初めからですか?」

「ああ」

「つまり、勝負する気はなかったと?」

「ああ」

「後悔はしていないようですが?」

「ああ」

「悪いと思いながらも後悔はしていないとは……」


 淡々と告げるキルエラ。ほぼ、完璧に制御された表情は〝侍女〟としてのものではなく〝監視者〟としての仮面なのだろう。


「貴方様に私の技術が通じるとは思っていませんでした。お爺様たちですら〝召喚の間〟に侵入させてしまったのですから」


(……一族が〝隠者〟として教導院関係者を警備しているのか?)


 キルエラの口ぶりから教導院内の警備――それも裏方の方――を行っている〝隠者〟は、彼女の親族が多いのだと分かった。

 代々〝勇者の侍女〟を輩出してきた一族だと聞いていたが、どうやら元々〝隠者〟の家系で〝ゲーム〟に合せて〝勇者の侍女〟が選ばれるようだ。


「何故、魔界(キアウェイ)に強行されたのですか? それについては三院長たちも手を尽くしていたはずです」

「それはエカトールを旅して先入観が出来る前に一目見たかったんだ。……あと、ちょっと確認したいことがあってな」

「確認したいことですか?」

「エカトールと魔界の関係だ」

「……?」


 響輝はぽりぽりと頬をかき、僅かに目を伏せた。


「俺にとって、二つの世界の関係は異常にしか見えないからさ」










         ***











(え……っ?!)


 ヒビキの言葉に、キルエラは僅かに目を見開いた。


「俺たちの世界では〝異世界〟は敵――侵略者でしかないんだ。殺すか殺されるか――魔術師は対異世界用の戦……こちらの世界で言うと騎士のような存在だ。話を聞いた限りだと〝(レーグル)〟が出来る前のエカトールと魔界の関係に近いだろうな」

「それは……っ」


 彼の言葉通りなら、彼の世界にも――。


「だから、おたくらもそう(・・)だと思っていた」


 思わず声を上げたキルエラの言葉を遮って、ヒビキはどこか吐き捨てるように言った。

 そこに彼の〝苛立ち〟を僅かに感じて、キルエラは目を見開いた。


「〝(レーグル)〟に縛られていようが魔界を憎悪しているんだろう、ってな。けど、魔界の話をするおたくらからは魔界への忌避感はあっても、そんな負の感情を感じることはなかった。魔界側にある大使館の町もそうだ。確かに〝境界線〟を〝ゲーム〟で奪い合い、親しい隣人とまではいっていないが……」


 ヒビキは軽く頭を振るい、真っ直ぐにキルエラを見つめた。


共に在る(・・・・)こと自体、異常としか思えないんだ」


 その黒い瞳に、ぞくりっ、と背筋が震え、キルエラは身体を揺らした。

 そこに見えた感情は苛立ちと羨望、そして――


「本当にここは異世界なんだな……」

「……ヒビキ様(・・・・)


 憎悪。

 それが何に対しての感情(モノ)なのか、察することは出来なかった。

 彼の知る〝異世界〟に向けたものなのか、それとも――。  


「………」 

「興味ってことについては、少年の言う通りだったな」


 その感情はすぐに消え去り、ヒビキは誤魔化すように笑って星霊に目を向けた。


 創造主の(しもべ)であり、この世界の均衡を保つ存在。


 キルエラも数えるほどしかその姿を見たことは――まして、友人のように気軽に言葉を交わせることなど、恐れ多くて出来ないことだ。

 ヒビキが屋根に出ている時以外はほとんど一緒にいたので、おそらくは屋根の上で知り合ったのだろう。ヒビキが誰かと一緒にいたことは気づかなかったが、星霊の存在を察知することは出来ようもないことだ。


「まぁ、旅がどうなるかは分からないけど……」

「……いえ」


 キルエラは力なく首を横に振るって動揺を消し、気持ちを切り替える。


「旅については問題ないかと思います」

「ん? 勝手に魔界に行っただけならまだしも、魔界王子と会ったらさすがにマズイだろ」

「……お会いになったんですか?」

「見つかってな。なんとか上手く事は収めてくれたよ。あと、魔王からの手紙を預かってきたけど内容は……まぁ、よく分からないことを言っていたな」

「また、そんなことを……」


 魔界(キアウェイ)に行っただけならまだしも魔界(キアウェイ)の王族に会ったとなれば、三院長たちが怒髪天を突くのは目に見えていたが、彼を旅立たせないことはしないだろう。

 飄々としたヒビキから察するのは難しいが、魔界(キアウェイ)を訪れたことで彼の中で僅かに心境の変化が起こっていることには気づいているはずだ。


「てっきり、怒り狂うか、失望されて辞められるか、そう思っていたんだけど……まさか、魔力酔いを心配されるとは思わなかったよ」


 苦笑するヒビキにキルエラはわずかに顔を伏せた。


「確かに魔界(キアウェイ)に行くための隠れ蓑として勝負を持ちかけられたのだと知った時は、憤りを感じましたが……仕えると決めた主のことを理解していなかったことも事実。それは私の未熟さでもありますので」

「……いや、それは違うだろ」

「いいえ、主のことを支えることが私たちの使命。特にヒビキ様は異世界からの来訪者ですから、何よりも支えが必要かと」

「………」


 その言葉にヒビキは戸惑ったのか、珍しく口を閉ざした。


(やはり、この方は――)


 セリアから魔界(キアウェイ)に行く隠れ蓑として影追い勝負を持ち出されたのだと聞かされた時、キルエラの中に沸き起こった感情は〝勇者〟としての彼への失望か、利用されたことの憤りか、あるいは信用されていなかったことの悲しみだったのか、分からなかったが――。




―――「あの子を支えると決めたのでしょう?」




 それでも彼の侍女を辞めるつもりはなかった。

 彼を一目見て、仕え、支えようと決意したことは揺るがない。

 

 それは〝勇者の侍女〟としての意地であり、誇り――そして、役目だからだ。

 

 〝隠者〟としての役目(監視)ではなく、〝侍女〟としての慣れない生活の手助けだけでもなく、もう一つの重要な役目。

 〝勇者〟には、エカトールの今後を賭けた〝ゲーム〟に対する責任と大きな期待が寄せられる。

 それが、異世界人である彼にどれほどの負担をかけるのか分からなかった。

 〝勇者〟となった責任に押しつぶされないよう、彼を支えること――姫巫女がそうしたように、彼女とは別の場所に立って味方であり続けることが〝勇者の侍女〟の、何よりも重要な仕事だ。

 かといって、無条件に彼を支持するわけではなく、彼が何故そうしたいのか、あくまでも第三者の立場となって支えることだ。

 例え、今はまだ彼がキルエラを(・・・・・)信用していなくても(・・・・・・・・・)その決意は変わることはなかった。


(まずは……)


 飄々とした彼には、本音をぶつけるしかないだろう。こちらから歩み寄らなければ、彼は――。


「ヒビキ様。今回のことで、一つだけ約束をしていただきたいことがあります」


 ヒビキは「ん?」と小首をかしげ、視線だけで先を促した。


「二度と、私を置いて出向かれないようにお願いいたします。旅がどうなるかは分かりませんが、エカトールと魔界(キアウェイ)には必ずお供させていただき、御身をお守りいたします」

「……は?」


 間の抜けた声を出し、ヒビキは目を丸くした。こちらの世界のこと以外で彼が驚くのも珍しい。

 初めて(・・・)彼の素の表情を見られた気がして、キルエラは内心で微笑した。

 立ち上がって彼が座るソファの横に向かい、片膝を抱えるようにして跪くと頭を下げた。


「改めて名乗らせていただきます。私は第二階位隠者のキルエラ。片時もお傍を離れずに御身を守り、ご意思を尊び、時にその行動を諌めてでもヒビキ様が望む〝旅〟を円滑に進められるようにいたしましょう――」

「お、おい…?」


 頭上でヒビキが身を引く気配がしたが、キルエラは顔を伏せたまま彼の言葉を待った。


「お兄ちゃん、拒否権はないよ?」


成り行きを見守っていた星霊の声に、ぞわりっ、と身が震え、キルエラは生唾を呑み込んだ。

 あえてその力を抑えているのか、数度だけ見かけたときに感じた神々しさや自然と屈してしまう存在感を今は感じることはなかったが、それでも星霊が目の前に存在するだけで震えてしまう息を吐いて、キルエラは言葉を紡いだ。


「ヒビキ様が私たちを信用していただけないことは分かっておりました」


 常に一線を引いた態度をとられていたこと、そして、一度も名前を呼ばれていないことに気づいていた。

 唯一、彼が名前で呼ぶのはレティシアナ(姫巫女)だけだ。


「っ?!」

「どんな事情があろうともヒビキ様の事情を介せずに召喚したのですから、それは当然の――」

「いや。それは違う」


 強い声で言葉を遮られ、キルエラは口を閉ざした。

 ヒビキは、ふぅ、と大きくため息をつき、


「数週間も色々と世話をしてもらえれば信用する奴もいるだろうけど、俺はそう易々と人を信用できない性質(タチ)なんだ。おたくが悪いわけじゃない。………魔導師をしていると、いろいろと厄介事が多かったんだよ」


 まだ、二十歳を過ぎたばかりの若さでありながら、第二階位魔法師をも圧倒する実力。

 ヒビキの暗い声にキルエラはそれ(・・)を察した。


「申し訳ございません……っ」


 不愉快なことを思い出させてしまったことに、キルエラは肩を震わせた。










         ***











「いや。そんなことは別にいいって」

 

 身を硬くしてさらに頭を下げたキルエラに、響輝は内心で大きくため息をついた。

 正直、怒られると思っていた相手に忠誠を誓われたり謝られたりして、かなり混乱していた。


(何がどうなって、こんなことになった?――ってか、信用を失うことしかしてねぇんだけど?)


 勝負を蹴ったことに対する感情と〝侍女〟としての誇りが混ざり合った結果、導かれたのが〝忠誠を誓う〟こと。

 何故、その結論に達したのか――何が彼女をそう(・・)させたのか分からなかった。

 今までも徹夜など無理をすれば容赦なく休まされて説教を受けていたが、それでもどこか腫れ物でも扱うようだったが、目の前にいるキルエラからは強い意思を感じる声と決意に満ちた瞳、決して退こうとしないものが見え――。


(……ホント、甘くみていたってことか)


思わず、口の端が上がって笑みを作る。


「……分かったよ」


 観念して、響輝は頷いた。そもそも、選択肢はないに等しい。

 すっとキルエラは顔を上げて、真っ直ぐに響輝を見上げた。


「仕切りなおし、だな」


 やれやれ、とため息をつき、


「改めて、これからもよろしく頼む。キルエラ(・・・・)

「――はい、今後ともよろしくお願いします。ヒビキ様」


 彼女は僅かに目を見開き、満面の笑みを浮かべて頷いた。


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