第17話 問題児はトラブルメーカーでもあり
※ レティシアナ視点です。
『ちょっと魔界に行ってくる。騒動は起こさないつもりだ。キルエラには帰ってから話をするから、彼女が気づいたらもう一つの魔術具を渡して欲しい』
魔界への[界門]がある扉の封印が一瞬揺らいだ気がして、レティシアナが近衛騎士団と一緒に駆けつけると、二つのベルが扉の前に浮いていた。
人の気配を察したからか、その一つが彼からの伝言を紡いだ。
「……やられたな」
絶句するレティシアナたちの横で、近衛騎士団長のカルマンが呆れた声で呟いた。
レティシアナは扉の封印が施されているのを確認して、三院長たちを緊急召集した。
キルエラのことはセリアに任せ、急いで仕事を仕上げて会議が始まったのはヒビキがいなくなってから三時間後。
レティシアナと三院長、そして、三導護衛騎士団――教導院全体を守護する騎士団のこと――と近衛騎士団の団長二人が会議室に集まった。三導護衛騎士団長のニカイヤ・フィーフルゴは、四十代半ばの若草色の髪と目をつ優男で、近衛騎士団長のカルマンとは違って細身で常に柔和な笑みを浮かべていた。それは緊急召集をかけられた今も変わることはなく、感情を消したカルマンと一緒にレティシアナの両脇に控えていた。
「………また、やったか」
ヒビキの伝言が再生され、目元を右手の親指と人さし指でもみながらジェルガ学導院長が呟いた。
「あの小僧なら、やりかねないとは思っていたよ」
「ラフィン殿っ、笑い事ではありませんよ!」
くくっ、と笑うラフィン界導院長に、神導院長のマロルド・ベルナガートが声を荒げた。
五十代半ばのマロルドは三院長の中では最も若いが、副院長として多くの実績を挙げて教導院総本部の神導院長に抜擢され、就任してからすでに十年以上が経っていた。
マロルドは、じろり、と赤い目でラフィンを睨むと、ラフィンは笑いを引っ込めた。
「分かっているよ。……幸か不幸か、まだ魔界側から何も連絡はない」
「転移先のギルドは何も気づかなかったのか?」
目元から手を離し、ジェルガが尋ねた。
「何の異常も報告されてないよ。……どうやら、上手くすり抜けたようだ」
「っ!」
淡々と答えるラフィンに怒りが頂点を越えたのか、マロルドはパクパクと口を動かすだけで声を出さない。その様子にやれやれとラフィンは息を吐いた。
「落ち着きな。〝契約〟を破るような馬鹿はしないさ」
「……悪ガキではあるがな」
ジェルガは苦い顔でテーブルに座る面々を見渡した。
「ひとまず、情報を再確認しよう。クジョウが魔界に転移したことは間違いがないが……転移魔法陣は使われていないと?」
視線を向けられ、「はい……」とレティシアナは頷いた。
「扉の封印も解除はされていませんでした」
「すると……自力か」
「アレを発動させた時点で、考えられることだよ。問題は魔界の何処に向かったのか……」
「それは決まっているだろ」
「そうだね」
どこか諦めたような視線を交わすジェルガとラフィン。
どんっ、とマロルドはテーブルを叩いた。
「ならば、今後について話し合いましょう」
そう告げて、全員の顔を見渡すマロルドにラフィンは目を伏せた。
「確かに勝手に魔界に行ったことについては、何か罰則を与えるべきことだが………旅をすることは止められないよ?」
「それは……分かっていますが、このままにしておくわけにもいきません。魔界への対応と、世界へのお披露目までに彼にこちらの常識を叩き込まなければっ」
「常識を叩き込むといっても……披露するまでに一度はエカトールを見せることの重要性は分かっているだろ?」
〝ゲーム〟開始一年前に行われる〝勇者〟のお披露目まで、一ヶ月半もない。
それまでにエカトールを旅できるように調整していたのは、ヒビキに少しでもエカトールを知ってもらい〝ゲーム〟に参加することの意識がいい方向へ変わるキッカケになればと考えていたからだ。
ヒビキの破天荒ぶりを見ていて、このままお披露目に出席させる度胸は教導院にはなく、今回の一件でさらにその重要性が高まっていた。
「分かっていますが、こちらの立場もあります。彼が旅に出たいと願ったもう一つの理由も聞きましたが……このようなことを引き起こすのならば〝ゲーム〟への参加を引き受けたことで生じる義務を分かっているとは――」
「そんなことはありません!」
マロルドの疑念にレティシアナは声を挙げた。
室内の全員が驚いたようにレティシアナに視線を向けた。
だが、レティシアナは隣に座るマロルドから視線を逸らさず、言葉を続けた。
「あの方は引き受けることによる責任については、承知していると思います」
「何故、勝手に魔界に向かったのか、その理由を貴女はご存知なのですか?」
「それは……私も存じませんが、皆様方が思うような理由だけではないと思っています」
「……」
「あの方は私たちに〝魔界へも行きたい〟と伝えながら、キルエラとの勝負を隠れ蓑にして魔界に行きました。〝旅〟をすることがあの方の願いなら、何故それが困難になるような行動をとったのか疑問には思いませんか?」
「魔界行きを強行した理由か……」
ふむ、と頷いたラフィンをマロルドは一瞥し、またレティシアナに目を戻した。
「キルエラとの勝負は成り行きによるものです。これが〝ただ会いに行っただけ〟と言う理由ならどうします? さらに状況は悪くなりますよ?」
その言葉にレティシアナは一瞬言葉に詰まったが、
「それは分かっています。……ですが、あの方にも何か考えがあっての行動だと思います」
「……ただの気まぐれではない、と?」
「はい」
普段は飄々として何を考えているのか分からず、近衛騎士団副団長との戦闘では狂気を見せたヒビキ。
それだけの情報で考えると、魔界の訪問は不純な動機だと思う。
ただ、喫茶店での会話と旅をしたいもう一つの理由を告げた時の彼の顔が、それだけではないとレティシアナに告げていた。
姫巫女としてだけでなくレティシアナとして、真摯な目で告げたヒビキを信用していた。
強く頷いたレティシアナにマロルドは少し目を細め、
「……分かりました。召喚したのは貴女であり、旅に出るにあたって彼の行動の責任の一端も貴女は背負うと仰いました。幾つかの段階に分けた処罰を決めて、話を聞いてから最終判断をしましょう」
「はい。ありがとうございます」
ほっとして、レティシアナは小さく息を吐いた。
ジェルガは咳払いをして、全員の目を集めると、
「では、先に魔界に対しての対応を検討しよう」
魔界にヒビキの渡界が知れた時や最悪の事態などを想定していくつかの対応を決めた。
休憩を入れて、ヒビキの独断専行に対しての処罰を話し合っている時、レティシアナはそれを感じた。
「!」
朝にも感じた〝揺らぎ〟だ。レティシアナはイスから勢い良く立ち上がった。
「レティシアナ?」
「帰ってきました!」
「!」
レティシアナは扉へ向かおうとして、突然、扉の下から大きく影が伸びたのを見て、足を止めた。
カルマンがレティシアナを守るように立ち、「お下がり下さい」とニカイヤがさらに前に出る。
広がった影から〝何か〟が飛び出してきた。
「ここだったか。ただいま」
よっ、と気軽に手を挙げたのは、一人の青年だった。
「ヒビキ様っ」
「クジョウ!」
安堵の声を挙げるレティシアナとは違って、三院長たちは声を荒げた。
「今まで魔界の何処に行っていたのですっ?!」
ヒビキを前に怒りが再燃したのか、唾を飛ばしながらマロルドが叫んだ。
「ちょっと、魔王城まで」
「なっ?!」
さらり、と告げるヒビキに、マロルドは言葉に詰まった。
ヒビキは神導院所属だが、勇者が決定したことを各国に周知し、今後の予定調整のために多忙だったマロルドは、他の院長よりもヒビキと顔を合せることが少なかった。そのため、ヒビキの破天荒ぶりに対しての免疫がない。
それは三導護衛騎士団のニカイヤも同じだが、彼は笑みを引っ込めて細い目をパチパチと瞬くだけで、それほど驚いているようには見えなかった。
ヒビキの破天荒ぶりを知るジェルガやラフィン、カルマンは呆れた表情だ。
ふと、何かに気づいたジェルガとラフィンが眉を寄せて口を開いた。
「いや、待て。魔王城まではどうやって行った?」
「魔王城近隣への[界門]はないはずだよ?」
「魔術で適当に出入り口を転移させて行った。魔界の空気中の魔素量だからこそ出来たけど、エカトールだと無駄に魔力を使ったりして無理だろうな」
気軽に〝魔法陣を転移させた〟と、とんでもないことを告げるヒビキにジェルガとラフィンは揃ってため息をつく。
「ま、まさか、何か事を起こしては……っ?!」
半ば悲鳴に近い声を上げるマロルドは、目を逸らしたヒビキに言葉を詰まらせた。
「小僧?」
「クジョウ……っ!」
「あー……まぁ、コレ」
ヒビキは一通の封書を懐から取り出し、指で弾いた。
封書は床に落ちることなく風に流されるように空中を舞い、テーブルの上に乗った。
マロルドは慌てて封書を手に取り、ひっくり返した。封ろうの紋章を確認して、
「魔王の、紋章……」
茫然と呟いた。
その言葉にマロルド以外の視線がヒビキに集まった。
「魔界の王子に見つかって……ちょっと、雑談をな」
「……ギルミリオ殿下と、ですか?」
「ああ。近くに転移したのがバレて見つかったんだ。……で、今回の一件は一任されたとかで、何もお咎めはなかったよ」
そう言いながらも、僅かに顔をしかめたヒビキにレティシアナは小首を傾げた。
「今回のことはマズイとは自覚しているから、部屋で謹慎しているよ。キルエラにも話すこともあるし」
そう告げると、ヒビキは踵を返した。
「待ってください。一つだけ、お聞きしたいことが」
レティシアナは慌ててヒビキに駆け寄り、その腕を取った。
「何だ?」
「魔界へ強行した理由を教えてください」
ヒビキは、ちらり、とレティシアナの後ろに目を向けてから、
「引き受けた時とかにも言ったけど、異世界に興味があるって言っただろ? とりあえず、魔界を何の先入観もない状態で見たかっただけだ」
当初、ヒビキは「異世界に興味があるから」と言って〝勇者〟を引き受けたが、副団長との模擬戦の後、旅をする理由はただの興味だけでなく「異世界を見ることで〝ゲーム〟に出場する意味を知るためだ」とも言っていた。
「それは承知していますが……」
せめて一言、欲しかった。
レティシアナが言葉に詰まると、ふぅ、と息を吐き、ヒビキは目を伏せた。
再び目を開いた時には、彼の中で何かが変わっていた。何の感情も浮かんでいない、凪いだ湖のように透き通った黒い瞳が真っ直ぐにレティシアナの瞳を覗き込んだ。
「やっぱり、ここは異世界だよ」
「え?」
じっと、ヒビキはレティシアナを見つめたまま、言葉を続けた。
「魔界に行って改めて実感した。……俺にとってはエカトールと魔界の関係は異常だ」
「っ?!」
「異なる種族、異なる思想、異なる成り立ち――一つのモノを奪い合いながら、どうしてこの状態を保っていられるんだ?」
「えっ……あ、の……」
大きく見開かれた彼の黒い瞳にレティシアナの意思が呑み込まれ、深く沈んでいく。身を引こうとしても足が床に縫い付けられたように動かず、上半身はふわふわと漂っているかのように揺れた。
「原因は〝掟〟なのか? それが――」
彼の瞳の奥に、僅かに金色の光が見え――
「――お兄ちゃん」
子どもの声が聞こえて、ヒビキの身体が何かに当たったように揺れた。
「……っ」
レティシアナは、はっ、と我に返って目を瞬いた。
「ん?」
前につんのめったヒビキから感情のある声が聞こえてほっとした。
ヒビキは眉を寄せ、後ろ――腰の辺りに振り返った。
「突然、出てくるなよ。少年」
僅かに親しげな声に気づき、レティシアナは相手が誰なのかと慌てて視線を向け、
「っ?!」
ヒビキの腰にしがみついた子どもの姿を見て、息を呑んだ。
年は十代前半ぐらいの子どもで蒼い髪に碧眼を持ち、教導院の制服に身を包んでいるが、その服も蒼かった。院によって制服のデザインや色は違うが、ある例外を除いて蒼く染まった制服を着る者はない。
思わず、〝蒼い少年〟からレティシアナは身を引いた。
背後でも息を呑む音がして、誰もが言葉を失った。
「――ってか、くっつくな」
ヒビキは子どもを引き剥がした。
「魔力、出てた」
「は?」
「まだ、ダメ。酔ってる」
「何で……」
目を見開くヒビキに、子どもは後ろから抱きついた。
「ヒビキ様。……その方は」
ごくり、と生唾を呑み込んで、レティシアナがかすれた声をかけると、再び子どもを引き剥がそうとしていたヒビキは動きを止めた。
「精霊だろ? ……まさか、手荒に扱うことはダメなのか?」
「い、いえ。えっと……お知り合い、なのですか?」
「ああ。初めて目が覚めた時に外にいたんだ。それからはちょくちょく顔を出してきたな。……副団長との時も[水竜]が出せたのはコイツのおかげか」
ふと、何かに気づいたように言うと、ヒビキは少し乱暴気味に子ども――星霊の頭を撫でた。
星霊は無表情でそれを受け入れ、ゆっくりとヒビキから手を離した。
(星霊様が………えっ?)
創造主より命を受け、この世界を管理する星霊。
めったに人前には姿を現さないが、その姿は変幻自在で〝蒼〟で統一されていることが分かっているだけで、どれだけの星霊の手によって管理されているのかは定かではなかった。
ただ、五カ国にそれぞれ一柱とテスカトリ教導院総本部に一柱、合せて六柱の異なる姿を持つ星霊が確認されている。
そして、テスカトリ教導院を守護する星霊は〝幼い少年〟の姿をとることで知られていた。
レティシアナは姫巫女となる直前に一度だけ蒼い少年を見かけ、姫巫女となってからは数回だけ会ったことはあるが、とても気安く言葉を交わせる相手ではなかった。
三院長や騎士団長たちも立場上は見かけたことはあるが、言葉を交わすことなど幾度もなかっただろう。
唖然とするレティシアナたちを他所に、ヒビキと星霊は友達のように話していた。
「そういえば、魔界に行く時は止めに来なかったな?」
「行きたそうだったから。……でも、あのお姉さんは」
「キルエラのことか?……怒っていたか?」
星霊は小さく首を横に振った。
「ん? どういうことだ?」
返事がないのでヒビキは眉を寄せたが、「おっと」と呟いてレティシアナに視線を戻した。
「悪い。話の途中だったな」
「い、いえ……」
星霊の出現にレティシアナは言葉が続かなかった。
ジェルガが気を取り直すように咳払いをして、
「ひとまず、理由は分かった。……また、詳しく話を聞くが部屋に戻っていろ」
わかった、と素直に頷くヒビキ。
ラフィンはつと目を細め、鎌をかけた。
「……まさか、魔力酔いをするほど力を使ったのか?」
「あー……かなり強力な結界だったから、つい手が――」
そこまで答えて、ヒビキは口を閉ざした。
じろり、とラフィンはヒビキを睨み、
「それで魔界の王子に見つかった、と」
「あー……まぁ、な」
「……戦りあってはいないだろうね?」
「いや。それはねぇよ」
ヒビキはヒラヒラと顔の前で手を振るう。
ラフィンは訝しげにヒビキを見たが、それ以上は追求しなかった。
「処罰は甘んじて受けるよ。決まるまで部屋で大人しくしているから」
そそくさと扉に向かうヒビキの後ろを星霊が付いていく。ヒビキは顔だけを振り返り、
「来るのか? 当分は屋根の上にも行かないぞ?」
「うん」
「いても楽しくないと思うけどな?」
「ううん」
「……物好きな」
呆れた声で呟いて、ヒビキと星霊は扉の向こうへと消えた。
レティシアナは茫然とその背を見送り、
「会議に戻ろう」
ジェルガの声で我に返ると、テーブルに振り返った。
全員の視線が魔界からの封書に集まり、それぞれが席につく。
マロルドは封書をジェルガに渡し、ジェルガが代表して封を開けた。
「〝真言〟があるな……」
公用ではないが、正式な文書のようだ。文章を追っていくにしたがって、ジェルガの眉が寄せられていく。最後まで読みきったところで、大きく顔をしかめた。
「魔界側は何と?」
その表情にマロルドは恐る恐る尋ねた。
「突然の訪問には驚いたがその理由を聞き、対応の全権はギルミリオ殿下に預けたようだ」
「〝異世界を知り〝ゲーム〟に挑みたい〟ことを話したのですか?」
「そのようだ。さすがに誤魔化すことはしないだろう。……だが、問題は〝旅〟についてだな」
「魔界を旅することが不可能だと言うことですか?」
「いや、〝異世界人として招待したい〟とある。その思惑は色々あるだろうが……そこでもないな」
ジェルガは小さく頭を振るい、便箋をラフィンに渡した。
ラフィンもその内容を読むと、僅かに顔をしかめた。
「他に何か条件が?」
「……なんとも判断しがたいことがね」
ラフィンから便箋を受け取り、マロルドはさっと目を通した。
「なっ――これは?!」
ジェルガは頭痛を覚えたのか、こめかみの辺りをもんだ。
「〝契約〟か……考えることは同じだな」
「こんなこと、受けられるわけが……っ」
「だが、〝掟〟に定められている以上、クジョウの願いについては最善を尽くす必要がある」
「それは、そうですが……」
「拒否は無理だろうね。〝勇者〟を〝異世界人〟として魔界に呼ぶんだ。そう返ってきても不思議じゃない」
言葉に詰まるマロルドにラフィンは言った。
「神導院長様?」
内容を読んでいないレティシアナは、慌てふためくマロルドや難しい顔をするジェルガ、どこか楽しげなラフィンに戸惑った。
三院長の様子に騎士団長たちも視線を交わすが、口は挟まない。
「………」
マロルドは無言でレティシアナに便箋を渡した。
手紙の内容は、彼の行動の浅はかさに苦言はあるものの、彼の考えには魔界側としても考えさせられるものがあり、いくつかの条件の下なら了承する旨が書かれていた。
提示された条件は三院長との会議にて考えていたものとほぼ同じものだったので問題はないが、ある一文を読んでレティシアナは目を見開いた。
――〝我が愚息も同様の条件の下、彼の者と旅を共にしたい〟
魔王の愚息。今代の魔王には二人の子どもがいるだけだ。それはつまり――。
「……これ、は」
ごくり、とレティシアナは生唾を呑み込んだ。
ジェルガは神妙な顔をして頷いた。
「魔界を旅させる条件は――クジョウの旅に次期魔王が同行することだ」
「っ?!」
レティシアナの左右で、騎士団長たちがはっと息を呑んだ。
「小僧の言葉など戯言だと切り捨てることも可能なのに、締めの言葉……一体、何を考えているのか」
ラフィンがため息交じりに告げた言葉に〝締めの言葉〟を読んだレティシアナたちは何も言えなかった。
困惑に満ちた沈黙が落ちたが、少ししてジェルガが口を開いた。
「魔界の王族が同行するとなれば、各国の上層部にも周知して説得する必要があるか……」
「! この条件でクジョウに魔界を旅させるおつもりですか?」
「罰則としていくつか制限をつけるが、クジョウが世界を見ることに意味はあると分かった。……魔界に行って、何かを感じたようだったしな」
エカトールと魔界の在り方が〝異常〟だと言ったヒビキ。
魔界で何を見て彼がそう思ったのかは分からないが、真剣な表情に誰もが言葉を失った。
マロルドもそれを思い出すと、しぶしぶ頷いた。
「ただ、一つ気になるのは星霊様のことだ」
「小僧の口ぶりでは、召喚して目が覚めた直後から接触はあったようだね」
「クジョウが魔界に行くことは分かっていて止めなかったようですが……何を考えておられるのか」
マロルドは疲れたように首を横に振った。
「あるいは〝掟〟に従ったのかもしれない。その件については、クジョウに詳しく聞くしかないな。……三日後に訪れる魔界からの使者には、しばし猶予をもらえるよう交渉しよう」
ジェルガにマロルドとラフィンは頷いた。
星霊の出現やヒビキの旅の思わぬ同行者に三院長が議論を交わすのを聞きながら、レティシアナは手紙の最後の一文――レティシアナと三院長を困惑させた一文に視線を落とした。
――〝これが双方にとってよき変革とならんことを切に願う〟
そう締めくくった魔王の真意を推し量ることが出来ず、レティシアナは目を伏せた。




