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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第2章 暇なので旅をしよう
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第15話 黒と赤の対談


 響輝は結界に侵入した直後に現れた青年――魔界王子に魔王城の一室へと招き入れられ、彼と向かい合うようにソファに腰を下ろした。

 魔界王子の見た目(・・・)は二十代半ばほど。毛先にいくにつれてオレンジがかった紅色の髪に、紅い瞳は金色の虹彩によって燃え盛る炎のようだった。その口元には不敵な笑みを浮かべ、油断なく響輝に目を向けている。

 あと、部屋にいるのは戦闘に割り込んできた老年の男性だけで、彼はお茶を出すと扉の近くに控えた。

 響輝がそれとなく室内を見渡すと、


「安心しろ。盗聴()されていない」


 にやり、と笑う魔界王子に響輝は肩をすくめ、カップを手に取った。

 ふぅ、と響輝が一息ついたところで、魔界王子は切り出してきた。


「さて。ここに乗り込んで来た理由を話してもらおうか、報告する必要があるからな」

「乗り込むも何も……ただの観光だ。〝爵位〟持ちや――あわよくば〝魔王〟様に謁見できたらいいな、とは思ってたけど」


 〝爵位〟持ちとは、エカトールで言う〝階位〟のことだ。

 魔界はあちらの世界の知識どおりの〝弱肉強食〟で、〝爵位〟持ちは一地域を領地として治めているが、一部の〝爵位〟持ちを除いて当代限りの領地となっていた。血縁ではなく実力によって領主が変わることに混乱はないのかと疑問に思ったが、〝爵位〟持ちは平均年齢が二百歳をこえるので、後任教育も数十年単位で行われていて問題はないらしい。


「あわよくば、な……」

「別に俺は事を荒立てるつもりはなかったんだぜ? 先に手を出して来たのはおたくだ」


 くっ、と魔界王子は言葉に詰まるが、


「いや、そもそも侵入をするな!」

「あー……予想以上の結界だったから、つい」


 「つい?」と引きつった笑みを浮かべる魔界王子。


「わざわざ来なくても会う機会はあるだろ……」

「半年後の顔合わせか。聞いてはいるけど………待てなかったんだよ」


 響輝は苦笑した。

 〝魔を極めた王〟ではなく、〝魔界を治める王〟。

 〝掟〟により〝ゲーム〟への参加を禁じられているほどの実力者(存在)であり、エカトールの宿敵だ。

 だが、レナたちからは〝魔王〟個人に対する畏怖はあっても、憎悪は感じなかった。

 そのことが(・・・・・)、響輝には理解できなかった。


(〝魔界を治める王〟……〝魔を極めた王(七導眼)〟と何が違うんだ?)


 魔族の中でも〝魔〟を極めた者が統治して〝魔界を治める王〟と呼ばれるのではなく、〝キアウェイ(世界)〟の名を持つ一族――〝王の血筋〟から選出されていた。

 だが、選ればれた者が魔界トップの実力を持つことに代わりはない。

 魔界を訪れ、魔王城に赴いたのは〝魔界を治める王〟がどういう人物なのか、〝魔を極めた王〟と何が違うのか、確かめたかったからでもあった。


「どうした?」


 黙り込んだ響輝に、魔界王子は訝しげに眉をひそめた。

 響輝はその声で我に返り、


「いや。……やっぱり、おたく以上に強いんだろうなと思ってさ」


にやり、と嗤いながら答える。

 魔界王子はどこか腑に落ちないようだったが、


「それが魔界を訪れた理由か……」

「あとは……旅に出る前に一度は魔界を見ておきたかったことも理由かな」

「……旅?」


 魔界王子は訝しげに眉をひそめた。


「ああ。エカトールを旅する前にな」

「いや、ちょっと待て。お前は勇者だろ?」

「そうだけど?」

「…っ!!」


 魔界王子は何かを言いかけたものの、口を閉ざして考え込むように俯いた。

 響輝は混乱する魔界王子を見つめ、


(ただ、行けるかどうかは分からなくなったけどな……)


と。内心で付け加えた。

 三院長も〝旅〟の意味は分かっているので、魔界を訪れたことで制約はつく(罰がある)が旅することは大丈夫だろうと思っていた。

 だが、魔界側に訪れたことが知られた以上、旅自体が出来るかどうか分からなくなった。


()ったのは早まったかなー……)


 魔王城の結界への侵入が知られて青年が現れた時、転移で離脱することも可能だったが、彼が纏う三種(・・)の魔素に気づき、そんな考えは吹き飛んだ。

 特殊の闇と五大基礎の〝火〟と〝雷〟――三種の魔素を操る魔族が、魔界でも〝王族〟と呼ばれる特殊な位置にいる存在だということは聞いていたからだ。

 魔界王子との戦闘を思い出しただけで、笑いがこみ上げてくる。


 久しぶりだった。


 〝(レーグル)〟もあり、魔術を控えていたとはいえ、久しぶりに周囲を気にせずに暴れた。

 悪友や口うるさい部下が介入してくることも、同類が横槍を入れてくることもなかった。

 ニヤニヤと笑っていると、魔界王子が真剣な表情でこちらを見つめていることに気づき、


「……悪い」


漏れ出した魔力を抑えた。高揚する気持ちを鎮めるため、大きく息を吐く。


「やっぱり、〝世界〟は広いな。……まさか、最上位魔法が手刀で一刀両断されるとは思わなかった」

「……お前も[魔封ノ手]を魔力だけで解いただろ」

「あー……あの気味の悪い手か」

「一応、上位の拘束系闇魔法だったんだが……」

「最上位のものは使わなかったのか?」

「数秒かかるから止めた」


 なるほど、と響輝は納得してお茶を飲む。


「それで、話を戻すが――」

「……気づいたか」


 ぼそり、と呟くと「聞こえているぞ」と睨まれた。


「勇者のお前が何故、旅をする?」

「面白そうだから」


 悩む必要のない問いだ。即答した瞬間――




「本気で言っているのか?」




 魔界王子の表情が消え、視界を赤と黒、黄色の魔素が覆い尽くした。漏れ出した魔力に肌が炙られ、ずっしりとした圧迫感が襲い掛かってくる。


「………」


 響輝は炎のように揺らめく瞳を正面から見返した。

 威圧を放つ魔界王子の魔力に対して、体内の魔力循環を高めて気圧されることを防ぐ。

 緊張の糸が引き絞られる中、口元に笑みが浮かぶのは止められなかった。

 拳を付き合わせれば相手の気持ちが分かるというが、魔界王子と戦って彼が自分に似ていることには気づいていた。

 だが、似ているよう似ていないのは立場の違いからか、それとも――。


「ああ、この世界は面白い」


 魔界王子の目元に険が混じるが、響輝は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「俺のいた世界は、これほど魔素に溢れてはいなかったからな……」

「お前の世界にも魔素が?」

「魔界はおろか、エカトールの半分もないけどな。……だからこそ、こちらの世界にはこれほど魔素が溢れているのか知りたいし、魔法に対しても興味は尽きない」


 響輝はお茶を一口飲んで、喉を潤す。


「それにエカトールを旅して、俺が〝ゲーム〟に出る意味、その結果が世界に与える影響を知りたいんだ」

「何、だと?」


 魔界王子は目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。


「もちろん、魔界もな」

「エカトールと……魔界(キアウェイ)を? 対戦相手だぞ、知ってどうする?」

「俺はこの世界を知らないからさ」


 訝しげに尋ねてくる魔界王子に響輝は肩をすくめた。


「〝ゲーム〟を行えば勝利者と敗者が生まれるのは必然だろ? 出場するのなら、どの道、どちらかの世界には怨まれる。それを承知の上で引き受けたから、そのことに後悔はない。……けど、〝ゲーム〟の結果が世界に与える影響は数百年以上のものだ。だからこそ、自分の行動の結果が何を招くのか知るべきだろ?」


 脳裏に浮かぶのは、師匠の口癖だった。




――「己の覚悟に責任を持てないのなら、力を求めるな」




 耳にタコが出来るほど言い聞かされ、修行(地獄)で身体に叩き込まれた言葉だ。


「知るために旅をするのか……」


 旅をする理由はそれだけ(・・・・)ではなかったが、全てを話すこともないので響輝は魔界王子に頷きを返す。


「……それが旅をしたい理由か?」

「ああ」

「……そうか」


 魔界王子は眉をひそめたまま、黙り込んだ。


「あ。言うのを忘れていたけど、俺が来たことは教導院は関与していないからな?」

「はっ?」

「一人で来させるわけないだろ?」

「っ?!」


 魔界王子は怒声を堪えるように顔をしかめて口を閉ざし、こめかみの辺りを指でもんだ。


「……偽……いや、あれは……」


 ブツブツと呟いていたかと思えば、じろり、と睨んできた。


「なら、どうやって魔界に来たんだ?」

「……コレで」


 響輝は魔王城に向かう前に服の中にしまっておいた冒険者の証を指で引っ張り出した。

 実際は自力で魔界に転移してきたのだが、話しても信じるとは思えないし、手の内を明かすこともないだろう。


「ギルド経由か。来るためにわざわざ作ったのか? 大騒ぎになっているだろうに、よく悠長に作って――って、まさか」

「もちろん、冒険者として旅をするために作った。これは教導院も認めている」

「勇者を冒険者?………教導院は一体、何を――」


 大きくため息をついて魔界王子は目を伏せると、周囲を威圧していた魔力を収めた。どうやら、魔界を訪れた理由は納得はしてもらえたようだ。

 しばらくの間、黙り込んで何かを考えているようだったが、


「事情はだいたい分かったが……勝手に来たのなら、旅を止めさせられるんじゃないか?」

「旅の意図は分かっているから、完全に止めさせることはないと思っていたけど……微妙になったな」

「………そう言えば、護衛はどうしたんだ? 付いていたはずだろ?」

「それは――」


 響輝がキルエラとの勝負の話をすると、じと目を向けられた。


「お前……最悪だな」

「自覚はあるが、後悔はしてねぇよ」

「開き直るな!……きちんと謝るつもりはあるんだろうな?」

「それは……分かってるよ」


 響輝は魔界王子から目を逸らす。やれやれ、と魔界王子は肩をすくめた。


「考えた上で動くのか、本能のままに動くのか。どちらかにしろ」

「それはよく言われる」


 これは処置できない、と言わんばかりに魔界王子は大きなため息をついた。


「……仕方ない。とりあえず、親父に報告をして事を荒立てずに収められるよう一筆書いてもらうから、待っていろ」

「は?」


 聞き流せない言葉が出てきたので、思わず問い返す響輝に、にやり、と魔界王子は笑った。


「手紙のことだ。手紙」


 唖然と魔界王子を見つめ、


「いや、それは分かるが………何で書いてくれるんだ?」

「いらないのか?」

「……いや、それは」


 口ごもる響輝に、魔界王子は片眉を上げた。


「〝勇者〟といえども、事前連絡もなく来て魔王に会えるわけがないからな?」

「それは――って、書いてくれる理由は何だ? どうしてそうなるんだ?」

「まぁ、落ち着け。……全く。魔力酔いの身体で元気な奴だな」

「!?」


 魔界王子の言葉に、響輝は目を見開いた。


「……気づいていたのか?」

「他の奴らは気づいていないが……俺は最初から見ていたからな」


 魔界王子は肩をすくめ、立ち上がった。


「ちょっと時間がかかるだろうから、ゆっくり待っていろ。この部屋には結界を張っておくが、不安なら自分でかけてもいいぞ」


 ヒラヒラと手を振って、老年の男性と一緒に部屋を出て行った。

 ドアが閉まるとドアノブを中心に黒い魔法陣が浮かび上がり、黒い光の粒子となった。黒い光は壁を伝って、部屋の中を巡った。

 すると、部屋の周囲に感じていた気配の全てが消え失せた。


「何を考えているんだ……?」


 魔界王子の意図が読めず、響輝は眉を寄せてドアを見つめた。

 会話を思い出しても、特に変わったことはなかったはずだ。混乱する頭を切り替えるために大きくため息をつき、響輝は靴を脱いでソファに寝転んだ。

 とたんに頭の芯に鈍痛が走り、船の上にいるような揺れと吐き気がしてきた。目を閉じ、発動状態だった〈魔眼〉を止める。魔術を使ったのは[魔封ノ手]の拘束を解いた時と回避だけだったが、魔界王子の予想以上の実力に、ついタガが外れて〈魔眼〉を使ってしまった。

 結界への侵入から老年の男性の横槍までを思い出し、


(……勇者と分かったら、矛は収めるのか)


ただの賊なら、その場で切り捨てられていただろう。

 だが、〝勇者〟と分かっただけで割り込んできた老年の男性が矛を収め、城内で警戒を高めていた兵士たちは臨戦態勢を解いた。

 例え、魔王城に侵入してきた者だとしても対戦相手には手を出さない――彼らもまた、〝(レーグル)〟を忠実に守っていた。


「一体、何なんだ? この世界は……」


 ぽつり、と声を漏らした。

 魔界とエカトール。

 二つの異なる世界が〝共に在る〟ことが、響輝は不思議だった。


 あちらの世界ではありえない(・・・・・)ことだったからだ。


 響輝にとって――地球人にとって異世界人は侵略者でしかなく、殺すか殺されるかの関係であり、いかに被害を抑えて相手を殲滅するか、それだけを考えて魔術師は技術を磨いてきた。

 だが、エカトールと魔界のあり方は違った。

 〝境界線〟を奪い合い、エカトールの世界情勢は悪化していると聞いたが、魔界を訪れてエカトール大使館のある大都市を回ってみると、そこに殺伐とした空気はなく、どこにでもある活気に満ちた都市だった。陰鬱な空気も険悪な気配もない、ただの町。

 いかに創造主(ケツアルコアトル)が告げた〝(レーグル)〟があるとはいえ、あちらの世界での異世界との在り方と大きく違うことに響輝は困惑した。


(……〝(レーグル)〟なのか?)


 〝ゲーム〟の対戦者と侵略者という違いはあるが、大きく関わっているのは創造主によるお告げ()だ。

 それが〝ゲーム〟で競い合いながらも表面上は共存しているこちらの世界と、ただ、殺し合い続けるあちらの世界の違いなのだろうか。



さすがに対戦者(界)相手では、真面目な対応(?)をする主人公

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