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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第2章 暇なので旅をしよう
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第14話 黒と赤の邂逅

※ 主人公視点ではありません。



 それ(・・)に気がついたのは、暇つぶしに本を読みふけっていた時だった。

 一瞬、世界を駆け巡った魔力。

 希薄でありながら世界を巡り、背後に立つ得たいの知れない〝何か〟が嗤ったような不気味な気配を残した。

 発生源は、エカトールの大使館がある都市の方向だ。


(エカトール人か? だが、この時期――っ?!)


 発生源(それ)が数秒で上空に出現したのを感じて、身を跳ね起こした。僅かに魔素が動いたが、わいて出たような出現。その上、あっさりと両親が施した結界をすり抜けて侵入してきた。

 侵入者に対して警報は鳴らず、城内にいる警備兵や〝爵位〟持ちも動く気配がない。自分以外は誰も気づいていなようだ。父親は気づいていると思うが、会議中でトップが動くわけにもいかない。母親と妹は出掛けていて問題外となると――

 

『――俺が行く』


 父親にそう〝声〟を届けてから、足元に黒い魔法陣を展開した。身体が魔法陣に呑み込まれ、瞬時に外へと移動した。

 降り立ったのは尖塔の一つ。その屋根の上から空を見上げると、上空数十メル(メートル)ほどの位置に一つの人影があった。



 黒い髪に黒い瞳を持つ子どもだ。



 青みがかった淡い灰色のジャケットにズボン姿で、腰にはケースを提げていた。武装はしておらず、荷物も見当たらなかった。

 珍しい黒髪黒目に闇属性特化かと思ったが、薄っすらと纏っている魔力の色は虹色――無属性の魔法師だった。

 黒髪黒目の無属性の魔法師は、知る限りでは魔族にはいない。


「お前は――何者だ?」

「………」


 問いかけに子どもは狂気の色が浮かぶ目を細め――その身体から魔力が放たれた。


(っ?!)


 とっさに魔力を解放して屈しそうになる足を支えたが、魔力の放出は一瞬で消え失せた。肩透かしに眉をひそめて左側に顔を向けると、すぐ近くの尖塔の上に子どもの姿があった。

 一瞬の移動。

 意識を逸らされたとはいえ、魔法陣は見えなかった。

 自然体で子どもに向き直りつつ、体内で魔力を高めていく。

 それに気づいてか、子どもは好戦的な笑みを浮かべて言った。


「通りすがりの冒険者だ」

「……バカか?」

「おいおい。初対面でヒドイ言い様だな。爺さん(・・・)


 ぴくり、と無意識に眉が動く。


「ただ、魔王城が見たかっただけさ。観光はダメなのか?」

「……観光客は不法侵入をしない」

「そりゃそうだ」


 ははっ、と子どもは声を上げて笑った。


「手っ取り早く〝爵位〟持ちに会ってみたかったんだ」

「何のために?」

「会うだけだよ」

「……嘘だろ」

「いや、ホントだぜ? 見たところ……爺さんは〝爵位〟持ちっぽいな?」


 目を細める子どもの気配が変わった。

 明らかに臨戦態勢をとる姿に引きつった笑みを返し、


「爺って言うな、クソガキがっ!」


右手を左から右へと振り払う。その手を追うように一メルほどの黄色の魔法が五つ、その端々からバチバチと紫電を放ちながら出現した。



 上位雷魔法[穿刺雷槍(ジョーヌ・ヘッジハグ)



 魔法陣全体が強く輝き、収束。バチンッとひと際大きな音を立てて弾け、紫電で形作られた一メルほどの長さのある[雷槍]が、その矛先を子どもに向けて広がった。

 一つの魔法陣につき五つ。総計十五本の[雷槍]は、一斉に貫こうとするのではなく、一つ一つが僅かに時間差をつけて互いに補うように子どもに襲い掛かった。


「――っと」


 軽い声を上げ、数本の[雷槍]を避けた子どもの姿が掻き消えた。

 目標を失い、空を切った残りの[雷槍]は互いに激突。爆発の衝撃で、尖塔の上部が吹き飛んだ。

 別の尖塔近くに子どもの魔力が出現したのを感じ、振り返りざまに[雷槍]の魔法陣を展開――


「っ?!」 


子どもの足元に見慣れた黒い魔法陣を見つけ、息を呑んだ。

 僅かに照準が狂った[雷槍]は、あっさりと子どもに避けられる。


(最上位の……闇魔法だと?)


 最上位闇魔法[影渡りヌワール・ブリーズウェイ]――影を使った闇魔法の移動手段。

 〝エカトール〟の姫巫女が持つ固有魔法よりも発動に必要な魔力量は低いが、移動できる距離が術者の消費魔力に左右される上に影と影の間しか移動できないのが欠点だ。

 ただ、無属性の魔法師の子どもが最上位闇魔法(それ)を易々と使ったことに目を疑った。


 無属性の特徴は、他の属性の魔素も操れること。


 それは他属性の魔法も扱えることと同義だったが、あくまでも副産物的なもので、各属性に適した魔力を持つ魔法師と比べると威力は劣るうえに上位魔法以上は扱えない――はずだった。

 だが、子どもは気軽に――それも魔法陣が展開したことにも気づかせずに発動させていた。

 無属性の魔法師が他属性の最上位魔法を扱えるなど、聞いたことがない。

 知らずと目を細めて子どもを見るが、その視線に気づくことなく子どもは上部が消えた尖塔へ目を向けていた。


「おいおい。物を壊すなよ、俺のせいになるだろ」

「なら、避けなきゃいいだろ」

「……過激な爺さんだな」

「爺さんじゃねぇよっ!」


 右手を子どもに向け、手の平を握り締める。

 何かを感じたのか反射的に子どもは跳び退くが、その足元に出現した魔法陣から生まれた無数の黒い手がその身体を捉えた。



 上位闇魔法[魔封ノ手(ヌワール・タイダウン)



 魔法で生み出された漆黒の手は、周囲の魔素、魔力を吸収してその力を糧に拘束力を高めて相手を束縛する。


「お?」


 足首、脹脛、腰、胸と次々と巻きつかれていくことに目を丸くし――子どもは、にやり、と笑った。

 ぞわりっ、と両腕に鳥肌が立ち、[影渡り]でその場を離れた瞬間――




 虹色の光の柱が子どもを呑みこみ、天へと迸った。




「なっ?!」


 とっさに魔力だけで障壁を展開するも荒れ狂う魔力に大気が震え、その衝撃に一瞬で粉砕された。

 魔法陣のない、濃密な魔力を放っただけの攻撃。

 それに対して本能が警告し、小手調べ(・・・・)を止めた。魔力だけの障壁を張ったことの反動で倦怠感が身体を襲うが、奥歯を噛みしめて魔法陣を展開する。



 上位二種融合魔法[滅炎ルジュヌワール・アシュダスト



 眼前で闇が爆発した。

 放たれたのは光のない――漆黒に染まった炎。熱風を辺りに撒き散らし、尖塔に立つ子どもを灰燼にきそうと襲い掛かった。

 迫り来る灼熱の炎に対して、子どもは笑みを浮かべたまま、水色の魔法陣を掲げた。



 最上位水魔法[玲瓏碧水竜ブル・シーフェスセリンドラゴン



『―――ッ!』


 激流のような咆哮が轟き、[水竜]は鼻先に迫った漆黒の炎を紙一重で避け、その身を巻きつかせた。身をくねらせて炎を押し潰し、全身から煙を放ちながらこちらに迫って――爆発。

 [滅炎]を放った直後に背後に飛び退いていたが、爆発の衝撃によって吹き飛ばされた。



 上位闇魔法[黒盤(ヌワール・ノート)



 足元に黒い円盤を作って着地。[黒盤]は空を漂い、その足元を支えた。

 視界を覆う霧に目を細めて前方に意識を向けると、霧から[水竜]が飛び出してきた。

 二匹目だ。


「――はっ!」


 口の端が上がり、呼気のような嗤いが漏れる。

 回避は間に合うが――面白い(・・・)

 右腕を振り上げ、高密度の魔力を収縮。煌々と輝く炎が全身を覆い、右腕が白く輝く炎を纏った。

 そして、それを無造作に上から下へと振るう。




―――ズバンッ、




と。[水竜]が縦に両断され、左右を分かれて通り過ぎていく。

 右腕を軽く振って白い炎を散らし、子どもに目を向けた。


「………」


 さすがに[水竜]を正面から受けて無傷だとは思わなかったのか、動きを止めて目を瞬いている。


「どうした? クソガキ」


 魔力を放出したまま――炎を纏ったまま獰猛な笑みを向ける。

 凍りついたように動きを止めた子どもに「臆したか」と思ったが、


「―――ははっ」


楽しげな笑い声が聞こえたので、すぐに違うと分かった。

 爛々と輝く狂気を宿した瞳を大きく見開き、口元には歪んだ笑みが張り付いた。


「最高だ……」


 子どもから強大な魔力が放たれた。それは周囲の魔素へ干渉して取り込み、空を覆うように大きく広がっていく。


(―――な、に?)


 放たれる魔力は上昇を続け、〝爵位〟持ちクラスを超えてもなお、(とど)まることはない。




「最高だよっ、爺さん!」




 叫び声と共に、子どもの魔力が爆発した。


(っ!!?)


 とっさに纏う炎を(魔力を)強化し(放出し)、その衝撃を打ち消す。

 魔力の爆発にビリビリと大気が震え、結界内の魔素が蠢くのを感じ――そして、目を見開いた。



 金色の瞳。



 黒髪黒目だった子どもの瞳が、金色に輝いていた。


(コ、イツ――っ!)


 子どもの中で〝何か〟が切り替わったのだと悟る。

 暴走といえる魔力の放出。それは彼にとっては通常(・・)なのだ。


「ははははは―――っ!!」


 狂ったように嗤う子どもの姿を見て、「ああ……」と納得した。



 魔に魅せられ、

 己の欲望を満たそうと、

 強者を求め、

 戦に狂るう。


 

(俺と同じ……戦闘狂か)


 立場上、日ごろは抑えているが、こういうバカを見ていると――。


「………」


 口の端を上げて目を閉じ、抑えていた魔力を解放した。

 子どもの魔力が周囲の魔素を取り込んで(侵蝕して)いくことと同じように、魔力で取り込む(侵蝕する)ことで防ぐ。



 煌々とした強い光を放ちだす虹色の光と、

 端々に闇を纏って紫電を奔らせる紅蓮の炎。



 互いに口元に歪んだ笑みを浮かべ、


「………」

「………」


視線が交差した瞬間、邪魔な(・・・)結界の外に出た。




 虹色の光が次々と魔法陣を生み出し、

 紅蓮の炎が赤と黒、黄の三種の魔法陣となる。


 


 二人の戦闘狂による、魔法の応酬が始まった。











         ***











 どれだけの魔法を駆使したのか、その時間経過も分からない。

 ただ、互いに互いの魔法陣を解析して相手の上へ上へと、次々と新たな魔法陣を展開し続けた。遠距離での魔法の打ち合いだけでなく、接近して魔力で形成した武器による攻防も行ったが、互いに確実な一発を当てられずにいた。

 子どもが放った魔法攻撃を[黒い球体]が呑み込み、ギュルッ、と音を立てて空間に吸い込まれるようにして消えた。


「はっ……はぁ」


 荒くなり出した呼吸は、魔力の消費から来る疲労だ。使った魔法は全てが上位か最上位にも関わらず、互いにケガらしいケガはなく全てがかすり傷程度。

 子どもも僅かに肩で息をして少し顔色が悪いが、相変わらず、魔力の放出は止まらない。

 それはこちらも同じだったが。


「ふぅー………なかなか、やるじゃないか。クソガキ」


 大きく息を吐き、体内の魔力を循環させる。


「そっちもな」


 楽しくて仕方がないのか、その声は弾んでいた。

 ふんっ、と鼻を鳴らすが、口元が緩むのは止められない。

 互いに嗤い合って新たに魔法陣を展開し――




「お待ちくださいませ」




 突然、向かい合った子どもとの間に、風を纏った男性が現れた。

 綺麗に腰を折り、子どもとこちらに礼をするのは老年の男性。見慣れた黒ずくめの服装に整えられた灰色の髪と油断なく辺りを見渡す緑色の目。口元は整えられた髭で隠れていた。


「これ以上の衝撃を与えられますと、こちらとしては黙っていることはできません」

「ガイアス……」


 厄介なのが来た。思わず、額に手を当てた。

 眼下に目を向けると、いつの間にか警備兵や〝爵位〟持ちが待機していた。上空であれだけ魔法の応酬をやれば、嫌でも気づくだろう。そもそも抑える(隠す)気もなかった。


「ご自重くださいませ」


 じろり、と緑色の瞳に睨まれ、目を逸らす。

 老年の男性――ガイアスは子どもへと向き直り、


「どなたかは存じませぬが、ここは魔界を治める王の住居。我が主はご寛大な心をお持ちの方ゆえ、多少の事は目をつぶりますが、これ以上の暴挙をなさるとおっしゃられるのでしたら、それ相応の対処をさせていただくこととなります」


 淡々と、それでいて有無を言わせない響きの声を受け、子どもは大きく顔をしかめた。


「あ゛?」


 一言。

 声と共に広がっていた魔力が周囲の魔素をも巻き込んで収縮し、強く輝く虹色の光を身に纏う。

 その瞳から狂気が消え、代わりに浮かんだのは敵意。戦闘に水を差したガイアスへ向けられた怒気だ。

 つと、金色の瞳を細め、


「おたくには用はねぇよ」


子どもの正面に四つ、十字を描くように魔法陣が現れた。


「仕方ありませんな……」


 僅かに声が低くなったガイアスに、


「下がれ、ガイアス」

「これ以上、お手を煩わせることはいたしません。ここは私めが」


 ガイアスの魔力が高まり、その周囲で轟っ、と風が唸りを上げた。


「下がれと言っているだろう! クソガキも止めろっ」


 二人の間に飛び込み、それぞれに手の平を向ける。


「お退き下さいっ」

「手を下ろせ、命令だっ」


 叫び返すとガイアスは一瞬だけ目を見張り、渦巻く風を霧散させたが、子どもの一挙一動を見逃すまいと視線は逸らさない。


「お前も止めろ。これ以上は互いに(・・・)マズイ」

「……おいおい、あれでお預けか?」


 子どもは顔をしかめつつも魔法陣を消し、魔力を収めていく。虹色の光が消えると、ふてくされたように鼻を鳴らした。

 その様子に呆れた目を向け、気持ちを切り替えてから改めて声をかけた。


「……お前、こっちの世界の人間じゃないな?」

「……」


 問いに子どもは片眉を上げ、背後にいるガイアスの気配が僅かに揺れる。


「[魔封ノ手]……あれを破ったのは〝魔法〟とは違った」


 子どもに対して最初に違和感を覚えたのが、その時だった。魔力を爆発させただけの力技だと思っていたが、数度だけ魔法陣を展開していないにも関わらず、魔法を――魔法に似た〝何か〟を操っていた。

 にやり、と子どもは笑い、


「ああ。こちらの世界(・・・・・・・)の人間じゃねぇよ」


 背後でガイアスが息を呑んだ。


「お前……テスカトリ教導院の〝勇者〟か?」


 異世界から呼ばれる、〝勇者〟の一人。

 〝ゲーム〟の対戦相手が何故一人でここにいるのか、何が目的なのか――次々と疑問が頭を過ぎたが、大きく息を吐いてそれらを脇に置いた。

 ひとまず、やらなければならないことは――


「俺は魔界を治める魔王の第一子、ギルミリオ・トゥルカ・キアウェイだ」


 ある程度は予想していたのか、エカトールの〝勇者〟の顔に驚きはなかった。

 「やっぱりな」と納得した表情だ。


「俺はテスカトリ教導院の勇者、ヒビキ・クジョウだ」


 エカトールの〝勇者〟――ヒビキ・クジョウはそう言って嗤った。









 それが魔界王子(ギルミリオ)異世界人の勇者(ヒビキ)の出会いだった。



じゃれ合って終了。

魔術を知らない人から見た主人公でした。


無属性の魔法師については教導院も同じ認識ですが、魔術を知っているので、半強制的にそういうものだと納得させられています。


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