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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第2章 暇なので旅をしよう
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第13話 突撃訪問、その行き先は


―――「私の仕事は貴方様のサポートです。旅にお供しないとでも?」




 キルエラが当たり前のように告げたのは、響輝としては予定外のことだった。

 思わず「却下」と即答したが、ここ二週間ほどの彼女の仕事ぶりを思い返すと当たり前かと納得した。

 旅支度をしていた時、レナたちが同行者については触れなかったのは、直前に知らせて押し切るつもりだったのだろう。おそらく、界導院長(ラフィン)の入れ知恵だ。

 キルエラの同行を拒否しても早々に引き下がるタイプには思えないので、どうするか――そう、悩んだのは数秒。


(いや。これは……使えるか?)


 響輝はあることを閃いた。

 〝勇者〟を引き受けてから、常々考えていたことを実行できるチャンスに内心でほくそ笑む。

 それ(・・)をレナたちが了承するとは思えず、勝手に実行するにしてもテスカトリ教導院内には近衛騎士団(表向き)の警備だけでなく、人目を避けた影(裏向き)の警備もある。

 双方の目を撒くには強行突破するしかないが、今後()のことを考えて諦めていたのだ。

 キルエラからの同行話は、まさに渡りに船だった。

 キルエラに〝旅の同行〟を賭けた勝負を提案したものの、レナとの(旅をかけた)勝負で油断した相手に力押しで勝ったこともあって断わられると思っていた。あっさりと了承された時は、裏があるのではないかと勘ぐったが何もなかった。

 ただ、警備を院内から完全に退去させることは出来ず、開始十分前から開始までの間だけは教導院の一角に集まることになった。


 十分間。


 少し厳しいが、()に入れば問題はないだろう。

 キルエラとの勝負が始まる十分前。

 彼らの気配が一点に集まった瞬間、響輝は魔術の痕跡を消しながら転移してある場所へ向かった。その扉を封印する魔法は〈魔眼〉で解析し、難なく部屋への侵入に成功。目的地に繋がる転移魔法陣を確認して自力で転移を行い、着いた建物を脱出して空へと逃げた。魔術を使う前に【承認(名を告げること)】は忘れない。

 キルエラとの勝負が開始された頃には、響輝はテスカトリ教導院から姿を消していた。











 空は青みがかった淡い翠緑色。

 ぷかり、と浮かぶ二つの月はエカトールと変わらない薄青色で、様々な色に煌く魔素もある一点を除けば特に変化はない。

 眼下には大都市が広がり、都市を囲う壁の向こうには地平線まで豊かな自然が続き、南側は東から西へと山脈が横断していた。


「……これは」


 響輝は、エカトールと比較にもならないほどの高濃度の魔素に目を大きく見開いた。

 あちらの世界とエカトールでは、エカトールが数倍近い空気中の魔素含有量だったが、この世界では桁が違った(・・・・・)

 チリのような極小ではなく、小指の先ほどの大きさはある魔素。


「―――っ!」


 視界の端から白い染みが侵蝕し、響輝を眩暈が襲った。

 魔力素酔いだ。

 目元を手の平で覆って魔力感知を止め、魔術で見る力を封じる(抑える)


「……想定外だな」


 気持ち悪さが収まったところで、響輝は目元から手を退けた。目を瞬いて調子を確かめ、問題がないことに息を吐く。

 眼下にある大都市――飛び出してきたギルドに目を向け、騒ぎが起こっていないことに片眉を上げる。

 その警備体制に肩をすくめて、再び、空を見上げた。


「ここが魔界か……」


 魔界(キアウェイ)の空で、響輝は笑った。











「別に〝教導院で行う〟とは、場所指定していないしな……」


 誰に向けるわけでもなく、響輝は屁理屈(言い訳)を呟く。

 

「……どの道、旅には一緒に行くしかないな」


 勝負を放棄したので、キルエラの同行は呑むしかないだろう。

 だが、旅の監視者(同行者)と魔界への単独訪問を天秤にかけ、悩む必要はなかった。


「とりあえず……メシでも食べるか」


 自力で魔界へ転移したことで魔力と体力共に消耗が大きい上、高密度の魔素に慣れていない身体では、再び魔力酔いになりかねないので、少し時間が必要だ。

 響輝はこみ上げるあくびをかみ殺し、軽食をとるために眼下の都市に降り立った。所持金は先日、セリアに借りたものを持ってきた。魔界とはいえ、エカトールの大使館がある都市(ココ)では、問題なく通貨が使えることは確認済みだ。

 人けのない路地に降り、イヤリングを確認する。耳のふちに付けられたソレは魔術具――昨日作った物だ。問題なく発動しているので、他人から見ると響輝の髪と目は茶色に染まっているだろう。

 こちらの世界では、適合率の高い魔法属性の色に髪や目が染まるようで、闇属性()の髪と目を持つ魔法師は希少だと言う。


(黒髪で無属性ってことは、異世界人が関係してるんだろうな……)


 服装はジャケットにズボンと、あちらの世界の制服を模したデザインのもので右腰に魔術具のケースをさげ、首にはギルドの冒険者の証である白銀のプレートがついたネックレスをかけていた。

 薄い長方形のプレート(冒険者証)の表面にはテスカトリ教導院の紋章が刻まれているが、見かける旗とは違って翡翠色の魔核(コア)を抱いていた。そこに魔力を通すと、宝石の色が適性の高い魔法属性の色に変わり、名前やランクが表示された。

 響輝は路地から通りに出て、さりげなく行きかう人々を見る。

 誰がエカトール人で誰が魔族――魔界の住民――か、一目では分からなかった。


(……〝ゲーム〟の勝敗でギスギスしているかと思ったけど、意外と普通だな)


 しばらく通りを歩き、響輝は目に付いた宿屋兼食堂らしき建物に入った。

 客はまばらで、空いているカウンター席に座った。注文を取りにきた店員に適当に頼んで、背後に意識を向ける。

 魔力を探って分かるのは、客でエカトール人と魔族の割合は七対三ほど。エカトール人で魔力が高いだけかもしれないが、僅かに魔力の質が違うのでほぼ間違いはないだろう。

 会話の内容は雑談や依頼などの話で、冒険者がほとんどのようだ。

 響輝は後ろの会話に耳を傾けながら出された料理を食べていると、


「坊主。一人か?」


野太い声が背中にかかり、振り返ると立っていたのは四十代ぐらいの金髪の男だった。肌は日に焼けていて、左目の横にある二本の傷跡が白く際立っていた。

 近衛騎士団長よりは体格は細いが、無駄なく鍛えられた身体が放つ存在感は引けを取らない。茶色の瞳は穏やかに向けられているが、金色に輝いている虹彩に魔族だと分かった。

 僅かに店内の空気が変わったことに気づきながら、響輝は訝しげに男を見た。


「そうですが……?」

「隣いいか?」


 空席は他にもある。周囲に目を向けてから(・・・・・・・・・・)頷いた。


「そう警戒するな。俺はディバン、冒険者だ」

「……クキです。俺も冒険者です」


 そうか、と男――ディバンは笑い、腰の二本の剣をカウンターにたてかけて座った。「いつものを頼む」と店員に声をかけることを見ると、常連客のようだ。


「……魔界の方、ですよね? 俺に何か?」

「いや。見慣れない顔があったものだからな。つい、声をかけただけだ」

「……はあ」

「冒険者にしては、荷物が少ないな?」

「まだ駆け出しで。……貯金をはたいて来ただけなので、すぐに戻らないと」


 エカトールと魔界を行き来(転移)するには、それなりの金額が必要になる。

 上位の冒険者となると割引か免除されるが、第八階位では代わらない。


「なら、十階位か?」

「……いえ。八階位です」

「む? ……院卒か」

「まぁ、研究が取り柄で……」


 ディバンに苦笑を返して、響輝は食事を再開した。


「初めての魔界(キアウェイ)はどうだ?」

「そうですね………空が緑色ですね」


 どうと聞かれても、到着して一時間も経っていないので返答に困った。

 とりあえず、空を見た感想を答えると、ディバンは一瞬目を丸くして、


「――っはっはっは」


大声で笑い出した。

 その声に、店内の全員の視線が響輝とディバンに集まった。


「ちょっ――何で、笑うんですか?!」

「ははっ……あー、悪い。くくっ……まさか、空の感想を言われるとはなっ」


 ディバンは声は抑えるが、その肩は震えている。

 響輝はじと目を送り、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。


「おいおい。あまり、苛めないでくれよ」


 店員が顔をしかめながら料理を並べ、「ああ。分かってるよ」と答えた彼から笑みが消えた。




―――ガギィッ、




と。金属が軋む音がした。


「おい!」


 店員の制止の声を無視して、響輝とディバンの間で二つのフォークがかみ合っていた。


「なかなかの動きだな。坊主」


 ディバンが突き出したフォークを右手のフォークで受け止めながら、響輝は胡乱げな目を向けた。


「何のつもりだよ、おっさん」


 演技を捨てた声に、ディバンは嗤う。


「いや。似た気配がした(・・・・・・・)もんでな」

「はあ? 言っとくが、俺はこの世界の人間じゃないぞ?」

「ああ。それは分かってるよ」


 とんとん、と空いた手で自分の目元を叩くディバン。

 それは髪と目の色ではなく、目にかけた魔術を指していた。


「へぇ……?」


 響輝は手首を回してフォークを弾き、料理に刺した。

 ディバンは店内の客に目を向けて視線を外させるが、彼らが聞き耳を立てているのは分かった。


「八階位にしては腕がいいな(・・・・・)


 魔術のことだろう。響輝は肩をすくめ、


「……師匠(・・)のおかげさ、色々と狂っていてな。こっちとしては、いい迷惑だけど」

「いい先生じゃないか」


 ニヤニヤと笑ってくるので、響輝は肩をすくめた。


「空の色が違う、って言っただけで、そんなに笑うことないだろ。……おっさんはエカトールに来たことはないのか?」

「いや、何度か行っているぞ」

「なら、分かるだろ(・・・・・)?」

「確かに違和感があるが………空の青と緑の違いよりも別のことに目が行くぞ?」

「………そりゃ、魔素の含有量は桁違いだけどな」


 ふんっ、と鼻を鳴らすと、ディバンは「悪い悪い」と肩を叩いてきた。











 その後、ディバンと世間話――魔界について聞き、別れた。「ちょっかいを出したお詫びだ」と、食事をおごってもらったので、ほくほく顔で店を出る。

 そして、響輝は再び姿を消して町の上空数百メートルの位置に立った。魔法陣ではなく魔術で身体を支える。まだ少し違和感があるが、この程度なら問題はないだろう。


「さて。魔王城はどっちだ?」


 エカトールで行った時のように、左手の指を弾いて目を閉じた。

 空気中の魔素に響輝の魔力が落ち、触れた魔素が動いてさらに周囲の魔素へと当たり、感知の波紋が広がっていく。

 空気中の魔素含有量が多いためか、感覚の広がりが早い。

 魔力感知範囲の急激な拡大に眉が寄った。魔力酔いが起こらないように精度を調整しながら感覚を広げていくことに頭痛がしてきた。

 地平線の彼方まで広げた感覚(指先)に、バチリッ、と何かを感じて響輝は目を開いた。


「―――ここか」


 一瞬だけ感じたモノ。

 手元に虹色の〈魔成陣〉を浮かび上がらせ、そこに虹色の拳大の〝球〟――転移魔法陣を投げた。

 〝球〟は〈魔成陣〉を巻き込むようにして消え、


「――【乞う(エスペレ)】」


転移させた(・・・・・)魔力の残滓で(・・・・・・)(転移魔法)〟を発動させた。

 本来、転移魔法の出入り口は転移魔法陣同士か特定の魔力を持つ者を指定しなければならないが、響輝が行きたい場所には出入り口(それ)がなく、転移魔術も同様だ。

 ただ、〝龍脈〟を使用して転移する方法もあるが、その方法はこちらの世界では使用できない。


 なら、転移魔法陣を魔術で適当に(・・・・・・)転移させ(・・・・)出入り口を作るまでだ。


 足元に転移魔法陣が浮かび上がり、難なく転移した響輝の目にその姿が飛び込んできた。






 テスカトリ教導院の数倍はある巨大な灰色の城。

 一キロほどの広大な敷地は三つの城壁()によって区画分けがされ、中央にいくにつれて階段のように上へと盛り上がっている。よく見ると、城全体が巨大な魔法陣となって結界が張られていた。それは、こちらの世界に来てから今までに見たことがないほど強力なもの。




 魔王城。




 一目見て、そう確信した。

 響輝は口の端を上げて笑い、〈魔眼〉で結界を解析。緻密に張り巡らされた穴を僅かに広げて、中に入り込んだ。




―――ぞくりっ




と。城の中にいる存在に背筋が震える。

 久しぶりの感覚(・・・・・・・)に、響輝は目を丸くした。

 魔導師となって、久しく感じなかったものだ。

 圧倒的な力を持つ強者――未知の存在に気分が高揚し、くくっ、と肩を震わせて嗤う。

 高まった魔力に魔術具が耐え切れず、砂となって崩れ落ちた。

 髪と目が黒色に戻るが、気にしている暇はなかった。


「………」


 狂気の色を瞳に宿し、響輝はそれ(・・)に目を向けた。

 眼下、一本の尖塔の上に一つの影があった。侵入者(響輝)を排除しに来たのだろう。

 たった一人の相手(警備)に違和感を覚え――それ(・・)の潜在魔力量に疑問は吹き飛んだ。


「お前は――何者だ?」


 赤い影は油断なく響輝を睨みつけ、そう尋ねてきた。



5/7 魔術の転移について訂正

〝龍脈〟を使用するため、こちらの世界では使用できない

 →(魔術と)転移魔術も同様だ。ただ、〝龍脈〟を使用して転移する方法もあるが、その方法はこちらの世界では使用できない。

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