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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第2章 暇なので旅をしよう
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第11話 休息は町の散策で


 テスカトリ教導院の界導院は、ギルドを窓口として食材や素材を集めて世界市場の調整役を担うだけでなく、日用品や武具、魔法具などの製造・販売で教導院の建設や活動の資金集めも行っていた。

 また、学導院の教授たちの研究成果もいち早く取り扱うため、界導院が扱う品物に対して各国の注目度は高い。

 テスカトリ教導院総本部から南に延びた一本の道の先に界導院本部があり、そこから扇状に白い壁に赤茶色の屋根で統一された町並みが広がっている。町の中心部と東西南北の四箇所にシンボルのように五つの噴水が置かれ、それを街道が繋ぎ、区画分けがされていた。






 キルエラに紹介されたのは、東の噴水に近い喫茶店だった。

 学導院の寮に近いためか、周囲は学生や教員に向けた喫茶店や雑貨屋が多い。

 オープンテラスの一角に腰を下ろし、響輝はパラパラとメニューをめくった。

 響輝たちはフードを下ろして素顔をさらしているが、魔術を使っているので問題はない。レナも当初は緊張した面持ちだったが、注目を浴びないことにほっとしてメニューに目を通している。


(……なんとなく分かるが、チキットって鳥か?)


 微妙に単語が違うので、どれを食べるか悩む。


「あの……ヒビキ様?」

「ん?」


 メニュー越しにレナが恐る恐る尋ねてきた。


「お金はどれぐらい……?」

「ああ。そういえば、そうだったな。……確か、銀貨五枚と半銀貨十枚だ」


 手持ちが分からないと頼むに頼めないだろう。

 メニューの価格は半銀貨一枚から――あちらの世界で言う五百円台からだった。

 エカトールの通貨は、銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨、白金貨、魔金貨の七種類。事前に相場を確認したところ、銅貨が百円、半銀貨が五百円、銀貨が千円、半金貨が五千円、金貨が一万円、白金貨が十万円、そして魔金貨が百万円相当だった。

 白金貨は金の延べ棒だと思うが、百万円の札束と同等の魔金貨は想像もつかなかった。

 この世界にいる間にお目にかかることはないだろうが。


(一万円ってことは、少し町を回って来いってことか……)


 レナは「ありがとうございます」と頷いて、メニューに視線を戻す。

 小腹がすいたので響輝はサンドイッチにケーキが付いたセットを頼み、レナはお任せケーキセットを頼んだ。

 ウェイトレスが下がったところで、コップを手に辺りを見渡した。周りからはただ向かい合って話をしているようにしか見えないので、奇異な目で見られることはない。


「あの、ヒビキ様?」

「何だ?」


 響輝が前に視線を戻すと、レナは少し口ごもり、


「その……お身体のことですが」

「まだ、気にしていたのか……」

「気にします!」


 呆れると予想以上に強い声が返ってきた。とっさに声も聞こえないように魔術を放つ。


「どうして、黙っていらしたんですか?」

「いや、別に言うことでもなぁ」

「確かに気づかなかった私たちにも非はありますが……っ」


 言葉に詰まり、レナは唇を噛みしめた。


「普通は気づかないと思うけどな。………ばぁさんたちも何も言わなかったんだろ?」

「……はい」

「魔力の消耗が激しいといっても、早々にガス欠にはならないさ」


 肩を落とすレナの姿に、響輝は苦笑した。

 【魔王】だと名乗ったはずだが、予想以上に気にされていないようだ。


「俺があの魔法陣を単独で扱えるのは、分かっているだろ?」

「……でも、あれは」

「いや、魔素が込められてなくても発動できる」


 レナから僅かに視線を逸らし、「一応、トップクラスの魔力量だからな」と声には出さずに口の中で呟く。

 姫巫女が召喚の魔法陣を発動させる場合、彼女自身の魔力だけでなく二百二十二年の間に込められた魔素を使うが、響輝にとって魔素の蓄積量(そこ)は関係がなかった。自分の魔力量がなら可能だと分かっているからだ。

 それに魔力量が単独で発動させるには足りず、魔法陣に蓄積された魔素がないとしても魔導師なら(・・・・・)発動できるだろう。

 ただ、世界への影響を考えなければ、の話になるが――。


「え?」


 小首を傾げたレナに響輝は肩をすくめた。


「魔力切れについては、いくつか対策もしてあるから、神格魔法を連発しても命の危険はないぜ?」

「対策……まさか、魔術をご自分の身体にかけているのですか?」

「ああ。……クセでちょっとな」


 誤魔化しかけ、隠すことでもないかと思い直して言葉を続けた。


「あちらの世界では抑える方に〈枷〉をつけていたけど、今は魔力が急激に減ったときに発動するよう施してある。そうだな………だいたい、残りの魔力量が三割をきったら、強制的に眠りにつくか」

「っ?!」

「だから、眠った(その)時は介抱してくれよ?」


 目を見開いたレナにおどけて言うと、彼女は何を思ったのか姿勢を正した。


「……分かりました。その時は全力で介抱させていただきます」


 満面の笑みを浮かべて頷くレナ。

 ボケに真顔で返され、響輝は言葉を失った。


「あー……まぁ、頼むよ」


 レナから目を逸らし、響輝は頬をかいた。

 この世界では、どうも調子が狂う。


「はい!」


 レナのどこか嬉しそうな声に、自分の口元に笑みが浮かんだことに響輝は気づかなかった。


「………」


 小さく息を吐いて、響輝はレナに視線を戻した。

 真剣な眼差しを向ける響輝を見て、レナの顔に緊張が走る。


「それと〝勇者〟となったのは、俺の意思だ。厄介なこととか、いろいろと考えた上で引き受けている。……だから、おたくがそれに関して気に病む必要はない」


 言い切った響輝にレナは息を呑み、唇を噛みしめた。


「……悪いな」


 一瞬、その細い肩を震わせ、レナは「……いえ」と呟いた。何かを吐き出すように大きく息を吐くと、彼女の口元に微笑が浮かぶ。


「ありがとうございます。……ヒビキ様」










 お茶を終えて喫茶店を出ると、響輝とレナは町の北部――ギルドに向かった。出来上がった冒険者の証を受け取るためだ。


「いつの間にそんな話をしたんですか?」

「今朝」

「……セリアですね」

「向こうも忙しいだろ? 今後、利用することも多いし、ついでにそこで転移魔法陣を使って帰ろうかなと思ってな」

「気軽に言わないでください」


 唇を尖らせるレナの声から、心なしか硬さが抜けていた。

 響輝が〝勇者〟を引き受けた時、呼び捨てや敬語でいいと伝えると頷いたはずだったが、彼女から敬称と敬語が取れることはなかった。格式ばった口調ではなくなったものの、一線を引いた硬さが残っていたのだ。

 それは姫巫女として守るべき一線だったのだろう。

 

(……やっとか)


 響輝は内心でため息をついた。

 レナがいつまでもお客様対応のような態度をとるので、さすがに気が滅入っていた。

 魔術の負荷のことを皮切りにして、レナと魔導師のことや精霊(・・)のことを話していくうちに彼女の素が窺えるようになり、ほっとした響輝だった。


「転移魔法陣といえば、常にレナが発動させているわけじゃないだろ? 魔法具か?」

「はい。魔核を使っています。あとは私以外の人が行き来する場合、部屋の鍵を両方とも開かないと発動しないようになっています」

「セリアさんが持っていたアレか……」

「……でも、ヒビキ様は使えますよね?」

「あー……戻るぐらいは出来るな」


 魔法陣の構成は覚えているので、教導院に戻ることも学導院に戻ることも可能だ。

 レナは少し呆れたような目を向けてきた。


「人目がつくところでは使わないでくださいね?」

「使っても、他者から見るとそれだと分からないだろ?」

「使わないでくださいね?」

「……怒ってるのか?」

「怒ってません。どうして、次々と解析するのか、呆れているだけです」


 召喚の魔法陣を発動させた時ほどの動揺はないが、レナの不機嫌さは上がっていく。


「……仕方ないだろ。見えるものは見えるんだからさ」


 くくっ、と笑いを返し、響輝は辺りを見渡した。


「ほら。ちょっと寄り道していこうぜ。せっかく、セリアさんが時間を空けてくれたんだからな」


 目に付いた雑貨屋を指すと、レナはちらりとそちらに視線を向けて、しぶしぶ頷く。

 雑貨屋に近づくと、その周りから僅かに魔素を強く感じ、響輝は片眉を上げた。

 どうやら、魔法具店のようだ。

 

(魔法具を軒先で売るのか……)


 あちらの世界で魔術具といえば、量産型の四種を除けば全てが一品物だった。

 それは魔術具が容易に作れず、作り手もごく僅かしか存在していないからだ。

 ある程度の実力者なら回数制限のある魔術具を作れるが、その専門家ともなると、全ての情報は秘匿され、政府などが保護していた。


(これは……カルチャーショックだな)


 響輝は内心で苦笑し、軒先に並べられた商品に目を向けた。

 身につけるアクセサリーばかりで、それぞれに直径一センチほどの小さな石――魔核(コア)がはめ込まれていた。価格は半銀貨一枚の五百円から。


「……どこでも、こんなに安いのか?」


 あちらの世界では、魔術具は価格がつけられないほどの代物で抗争の火種でしかなく、一つの強力な魔術具を巡って幾つもの魔術師の組織が壊滅することも珍しくなかった。

 さすがにその価格(ワンコイン)で買えることに響輝は頬を引きつらせた。


「この店だからですよ。あそこを見てください」


 レナが指すのは店の看板、その下にある青色の旗だ。

 一対の翼を持つ白い蛇が白銀と青、緑の三つの円を抱き、その周囲を月桂樹のような葉が囲んでいる――テスカトリ教導院の紋章だ。


「あの青い旗は学導院関係の印で、この店は生徒が作った品を売る店なんですよ」

「ようするに実習で作ったものなのか」


 授業の品物なので手ごろ価格なのだろう。よくみれば、客も子どもが多い。


「規定は合格していますから、安心して使えますけどね」


 響輝は一つのネックレスを手に取り、刻まれた魔法陣に目を細める。


「確かに効果は低いが、ちゃんと刻まれているな」

「その意匠も生徒が考えたものですね」

「へぇー……」


 色々と手に取ってみていると、女性店員が現れて「誰かの作品かお目当ての物を探してるの? それとも彼女にプレゼント?」とからかわれ、「え。あ、いえ。違います」と上ずった声で答えるレナを引きずって、そそくさと雑貨屋を後にした。あの手の相手は厄介だ。

 ギルドに向かうまでぶらぶらと店を見て回り、数時間後、少しの荷物を手に響輝たちはギルドにたどり着いた。


      









         ***










 ギルド総本部は、一言で言えば巨大な〝門〟だった。

 周囲よりもひと際大きな建物で、左右から伸びる壁は、ぐるり、とテスカトリ教導院を囲んでいる。その壁は、不可視の結界の基礎でもあり、全体で大きな結界系魔法陣となって外部からのあらゆる魔法の干渉を妨害していた。

 ギルドの入り口は五つ。中央の入り口が他の入り口よりも大きく、城門のような造りをしているのは、テスカトリ教導院総本部に向かう道に繋がっているためだ。

 ただ、他の入り口とはギルド内で繋がっているので、第一印象で受ける尊大さ以外に意味はないように思えた。

 響輝とレナは右から二つ目の入り口――ギルドの受付に近い――をくぐると、そこは広いエントランスホールで、病院の待合室のようにソファが並んで冒険者でごった返していた。

 ざわめきに耳をすませれば、今後の旅の相談や言い合う声、依頼についての相談など、様々な雑談が聞こえてくる。

 正面に七つの窓口があり、左側にはドアが六つ。個室になっているようで、会議を終えた数人の冒険者とギルド職員が出てきた。右側は階段といくつものボードが置かれた広いスペースとなり、冒険者たちが熱心にボードに目を向けている。彼らの頭上は吹き抜けで二階が見え、かぐわしい香りが漂ってきていた。食堂になっているのだろう。

 中に入ると一瞬だけ視線を集めたが、すぐに逸らされた。

 冒険者の中には意匠の違うローブを着た者もいれば、響輝たちと同じローブを着ている者もいるので、ギルドに学生が訪れても気にはならないようだ。

 響輝とレナは、魔術でかけた幻惑(違和感)に気づかれると面倒なので術を解除し、フードを被って素顔を隠していた。ローブを着た冒険者や他の学生も幾人かフードを被っているので、目立ってはいない。

 二人は一番すいている中央の窓口の列に並んだ。


(……なかなか、面白いな)


 響輝はさっと辺りを見渡して、冒険者たちの姿に目を丸くした。

 その服装は軽装の旅装束の者もいれば、軽鎧の者、西洋風の騎士が着るような鎧に身を包む者など様々だ。

 また、背に大槍を担ぐ者、腰に剣を佩いた者、いくつものナイフを身にまとう者などの武装する姿もある。

 そんなギルド内の光景は、響輝をファンタジーな洋画の世界に放り込まれたような気分にさせた。

 レナを見れば、彼女もフードの下でせわしなく辺りを見渡している。


「……初めてなのか?」

「いえ。ただ、数回だけ通りすぎただけなので………あ。あそこが依頼板ですね」

「島なのにけっこうあるなー」

「他国の依頼も載っていますから」

「ふーん……」


 一部を除いてギルドには転移魔法陣が設置され、申請すれば各国のギルドへと簡単に転移が出来るらしい。

 響輝とレナはそちらに目を向け――


『――っ!』


 突然、怒声が響いた。

 甲高い女性の声だ。続いて、男性の謝るような声が響く。

 ギルド内がしんっ、と静まり返ったかと思えば、言い合う男女の声にすぐにざわめきが戻った。

 一階にいるほとんどの冒険者たちは、声が聞こえてくる二階に好奇の視線を向けている。


『何してんのよぉっっ!』


 ひと際高い声と共に、魔力の爆発を感じ、


「――まずいな」

「え?」


 ぽつり、と呟いた響輝にはっとしてレナも二階を見上げた瞬間、轟音と共に落下防止用の柵が破砕し、一つの黒い塊が飛んできた。


「がぁぁぁぁーっ!!」


 野太い悲鳴を上げる黒い塊。

 一階にいた全員がそれを見上げ、落下地点であろう場所から冒険者たちが飛び退いた。


「おい!」

「避けろ!」


 黒い塊を見上げたまま、動かない響輝とレナに声が上がった。数人の冒険者たちが駆け出そうとするが――。



 中位風魔法[微風天衣(ヴェルド・シュラウド)



 響輝の頭上に緑色の魔法陣が展開された。そこに黒い塊が落下して触れた瞬間、風が塊を覆った。ふわり、と弾んで、誰もいない場所に降り立つ。


「ぁぁぁ――……?」


 ガシャン、と音をたてたのは、全身を鎧で包んだ人だ。背は響輝よりも頭一つ分ほど高く、つや消しされた漆黒の鎧からは本人のものではない魔力を感じる。


「危ないですよ」


 じろり、と睨むと「お、おう。すまんかったなぁ」と全身鎧の男性はガチャガチャと後頭部をさする。

 響輝が男性が吹きとばされてきた二階を見上げれば、壊れた柵の近くで目を丸くしている女性がいた。

 三十代半ばの緑色の髪と瞳を持つの女性で、タンクトップの上に軽鎧とホットパンツという服装だ。括れた腰には二本の剣を佩き、左の太ももと右腕にベルトを巻いていた。

 男性から感じる魔力はその女性のものなので、彼女が魔法で男性を吹き飛ばしたのだろう。


「あなたもです。ギルドとはいえ、下には人もいるので気をつけてください」

「あ。……ご、ごめんね」


 女性は緑色の魔素を纏い、二階から軽々と飛び降りて駆け寄ってきた。


「怪我は……してないようね」

「はい。大丈夫です」


 レナが頷くと全身鎧の男性は巨体を縮め、女性は苦笑して頭を下げた。


「すまなかった……」

「仲間がバカをしたから、つい、カッとなっちゃって」


 周りの冒険者たちからは未だにちらちらと視線を感じるが、ギルド内に喧騒が戻り始める。

 頭を上げた女性はさっとローブを見て、小首を傾げた。


「えーと……学生さんよね?」

「はい。学導院の使い(・・)でちょっと」

「そう。……さっきのは中位魔法よね? とっさに放つなんてすごいわ」

「うむ。勢いがほとんど一瞬で消された」

「そうですか? たまたまですよ」


 響輝は苦笑を返して学生を演じた。

 二人の驚きは学生の力量に対してのものだ。男性が落下してきた時、動かない響輝たちを助けようと、周りの冒険者たちが魔法陣を放っていた。

 ただ、一番近くにいたので彼らよりも速く発動したに過ぎない。


「私はエディレンで、こっちがツイドルよ」

「クキです。彼女はレナ」


 響輝は昔のあだ名を名乗り、レナは会釈を返した。

 冒険者として旅をするにあたり、いずれ勇者として知れ渡る九条響輝(本名)は控えて偽名を名乗りたかったが、魔術師にとって偽名は禁じられているため、思いついた名前が本名を弄ったあだ名しかなかったのだ。


「クキくんとレナちゃんね。えーと、お詫びといってはなんだけど、お茶でもおごるわ」

「うむ。そうだな。怖い思いをさせてしまった」


 女性――エディレンの提案に、男性――ツイドルは頷く。


「いえ。せっかくですが、これからとばないと行けなくて――」


 それに、と響輝は横に目を向けた。


「?」


 二人も視線を向けて、にっこりと笑うギルド職員に動きを止める。


「ツイドル様、エディレン様。少々、お話したいことが」

「う、うむ」

「はい……」


 ギルド職員は肩を落とす二人から響輝とレナに目を向けた。


「お二人のことは学導院から連絡が来ています。こちらの者が別室にご案内いたしますので」

「はい。分かりました。……それでは、俺たちはこれで」

「ええ。また縁があったら」

「またの機会にお茶をしよう」


 響輝とレナは二人に会釈をして、その場を後にした。


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