第7話 〝ゲーム〟開始までやりたい事
一世一代の告白を終えて〝ゲーム〟への参加を了承し、響輝は冷めたお茶で喉を潤した。
(自分で【魔王】って名乗るのって、こんなに恥ずかしいのか……っ)
その内心では、絶叫していた。
表情は平然としているが、恥しさに持っているカップがカタカタと震えている。
あちらの世界では、わざわざ名乗ることもなかったので気にしたことはなかったのだ。
【七導眼の魔王】や【狂惰の魔王】と名乗り、唖然とする姫巫女――レナたちに気づき、自分が突拍子もないことを言っているのだと分かった。
(あ、あいつ……帰ったら、潰すっ)
「力を示すのなら名乗るのも大事だ」と満面の笑みで言っていた悪友。どうりで傍で聞いていた同類の一人が呆れた顔をしていたはずだ。
ついでにそいつも潰そうと決意して、意識をレナたちに向ける。
レナは落ち着いたもので、焼き菓子に手を伸ばしていた。
(ってか、いきなり【魔王】と名乗ったのにこの反応は……何だ?)
レナは驚きから立ち直ると疑問も少なく、あっさりと納得して「関係ありません」と言うだけだった。
突然、異世界人から【魔王】と名乗られても実感がわかないことや、召喚された時に放った〈魔成陣〉の多さもあると思うが、その反応が不思議でならない。
彼女たちにとって、【魔王】とは忌避する存在のはず。そう思って口にしたが、勘違いだったのだろうか。
ちらり、とレナを見ると、目が合った彼女は小首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「……いや、別に」
カップをソーサーに戻すと、即座にキルエラがお茶を注いだ。
「あ。どうも」
「いえ」
にこり、と笑うキルエラ。
(………調子が狂うな)
下心の見えない善意の笑みは、久しく向けられたことは――【魔王】となってからは、なかったもの。
【魔王】のことを話したのは、これからの話を進めやすくするためだったが、大きな反応を予想していた響輝にとっては誤算だった。
考えていた段取りが狂った。
このまま進めていいものか考えると姉二人の顔が脳裏に浮かぶが、最終ラインは越えていないだろう。
今更、善意の笑みに痛むほどの良心もないし、これは二度とないチャンス。
自由を――異世界という二度と訪れられない場所を、無為には過ごせない。
(……もう、いつも通りでいいか)
【魔王】と名乗った時よりも召喚された場所で魔法陣を発動させた時の方が、彼女たちの動揺が激しかったことに響輝は嬉しいのか悲しいのか分からない。あちらの世界ではなかった反応だった。
ただ、響輝が考えていた以上にあの魔法陣を読み解いて使えることは、こちらの世界の人間にとってよほどのことだったのだと分かった。【魔王】と聞いて、納得してしまうほどに。
目が覚めた次の日。彼女からエカトールでその魔法陣を使えるのが姫巫女だけなのだと教えられた。
候補数百名の中から選ばれたと聞いた時は、それほど倍率は高くないのかと思ったが、話を聞いていくと、候補の候補が数千名いたというので、あちらの世界で言う【魔王】に匹敵した特殊な存在なのだろう。
数日をかけて練った計画――ほとんど昼寝をしていたが――を幾つか調整していると、
「契約は教導院の三院長たちの日程調整を行ってからですので……おそらく三日後になるかと思います」
「ああ。契約って言っても、ややこしいものじゃないんだろ?」
「はい。加護と同様ですね」
「〝真言〟で、か……」
なるほどな、と頷き、響輝はどうやって切り出そうかと悩む。ふと、気になっていたことを口にした。
「……そういえば、何で姫巫女って言うんだ?」
唐突な質問にレナは小首を傾げた。
「何でと尋ねられましても……?」
「教導院は〝学〟や技術を教えるところだろ? ……あー……布教をしているから、それほど変でもないか。部署が分かれているのか?」
「はい。教導院は大きく三つに分かれています。学術や魔法を教える学導院、ギルドを管理する界導院、そしてテスカトリ教を管理する神導院。このうち、私は神導院に所属して魔法陣を管理しています」
「神導院が信仰関係か……俺もそこに属することになるのか?」
「はい、そうなります」
「〝掟〟によると、支部が各国にあるんだったな」
「各国の首都にその国を総括する院があり、あとは都市によって規模は違いますが、各院ともに小さな町でも必ず置かれていますね」
「まとめてか?」
「何かと都合がいいこともあるので」
なるほどな、と響輝は頷き、焼き菓子を口に入れた。
「各国の歴史書と教導院についての本などを用意してあります。あとで部屋の方にお持ちしますね」
「ああ。悪いな」
「いえ、それが私たちの役目ですから。これから忙しくなりますよ?」
にっこり、と笑うレナに、響輝も笑みを返した。
「なら、〝ゲーム〟までどうするか、今後のことを話したいんだけど」
「そうですね。では、さっそく」
響輝の申し出にレナは表情を輝かせ、セリアに目を向けた。
それにセリアが頷いたのを見て、響輝はセリアを制するように手を挙げる。
「ちょっと、待った」
「はい?」
「一つ、提案があるんだ」
パチパチとレナは目を瞬く。
「提案ですか?」
「ああ。今後に関わる提案だ」
「……はい?」
レナはセリアを止めて、響輝に向き直った。
「提案する前に情報を整理しておきたいんだが、〝ゲーム〟は魔界の代表者との対抗試合でいいんだよな?」
「はい。チーム戦もありますが、ヒビキ様は個人戦かと」
「そのためには魔界を知ることと、こちらの他の〝勇者〟たちの実力も知りたいな」
「各国の〝勇者〟様とは、〝ゲーム〟開始まで一年となる頃にお披露目がありますので、そちらで顔合わせを行えるようになっています。魔界のことも、向こうへの視察や外交官との話し合いが出来るように条約が定められておりますので」
「外交でそんなこともしているのか……条約内容も知りたいな」
「分かりました。あとは、エカトールについての講義と魔法、武術の練習などの日程を用意していますので――」
「いや、武術はいいよ。講義も」
レナの言葉を遮り、響輝は言った。
「魔法は実技を見せて欲しいのと、あとは基礎をまとめた本かな。さっき言っていた各国の歴史と院についての本、魔界の条約をまとめたもの……とりあえず、それだけでいい」
その提案にレナは目を大きく開いた。
「え? で、ですが、〝ゲーム〟のためには」
「だから、〝ゲーム〟のためだよ」
「………」
「あと、一年と二ヶ月しかないんだろ。部屋にこもってられるかよっ!」
「ヒビキ様?」
「………」
満面の笑みを見せる響輝にレナだけでなく、セリアやキルエラも呆気に取られた。
「だから、〝ゲーム〟開始まで、世界を旅しようと思うんだ」
「っ!」
レティシアナたちは目を丸くした。
「せっかく異世界に来たんだぜ? 部屋に篭って勉強するより、世界を見て回った方がおも――身になるだろ。魔法に関しては興味は尽きないが、基礎理論を見ればあとは実戦あるのみだ。俺は知識を詰め込むよりも動いて覚えるタイプだからな」
「えっ……あっ」
「とりあえず、ギルドだっけ? そこに登録をしたら依頼とかで各国を転々としようかな。勉強も訪れた教導院ですればいいし……完璧だな」
「ま、待ってくださいっ!」
レナは立ち上がり、テーブルに両手を叩きつけた。
おぉぅっ、と内心で響輝は身を引いた。
「そんっ……あなたには、きちんとした教えを――っ」
「ここにいたら、世界が知れるのか?」
「っ……!」
その言葉に、レナは目を見開いて息を呑んだ。
「この世界の住人が何を思っているのか、どうやって生活をしているのか、知れるのか?」
「……そ、それは」
「大事なのは、知識だけじゃないだろ?」
言葉につまり、顔を俯かせたレナ。
テスカトリ教導院に篭っているばかりではダメだということは、彼女も分かってはいるのだろう。
響輝は〝ゲーム〟の〝勇者〟であり、この世界の知識に乏しいので彼女たちが身を案じることは分かるが、箱入り〝勇者〟などになる気は毛頭なかった。
旅をすることの重要性を分かりながら了承できないレナに止めを刺すため、響輝はもう一つ、あることを提案した。
「なら、試してみるか?」
〈魔眼〉を発動して、レナを見つめる。
「えっ?」
「俺の実力が教えないといけないレベルか、試してみるか?」
レナは目を丸くした。
セリアとキルエラが息を呑むのが分かったが、あえて無視して言葉を続ける。
「俺が勝ったら旅に出るからな? 連絡は必ずつけるようにするから、安心しろ。もし、俺が負けたら大人しくここで授業や訓練を受けるよ。だから――」
そこで、響輝は獰猛な笑みを浮かべ、
「異世界の【魔王】に勝てる奴を連れて来いよ?」




