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1.飛び込んで、異世界

この小説はフィクションです。

登場する人物、地名、団体名など、実際に存在はしません。

存在したとしても別物です。

 オレたちの目の前に、大きな廃ビルがある。

 コンクリートむき出しの八階建てで、たくさんのビルが立ち並ぶ町の中に紛れるように、ポツンと佇んでいた。

 パッと見た限り、中に入れそうな場所はない。出入口も窓も、木の板で×字に塞がれている。

 オレたち二人は、そんな廃ビルを正面から見上げていた。


『……みんな、いなくなっちゃったね』

 隣に立つ幼い女の子が、ひとりごとのように呟く。サイドポニーテールを大きなリボンでまとめて、淡い桃色のワンピースを着ている。

 オレは女の子の方を見ずに、それに頷いた。


『ああ……』

『……もう、ここにはこないの?』

『そう、だな…………こない』

『……さびしいね』

『さびしくないよ』

『え?』

『いまは、ここにはこない。だけど、ぜったいにまたくる。――みんながあつまったとき、また』


 廃ビルを見つめながら、オレは力強く言った。

 オレの言葉を聞いた女の子は嬉しげに何度も頷く。


『……うん。うんうんっ。そうだね、ぜったいだねっ』

『ああ、ぜったいだ』


 確信を持って言うオレに、女の子が振り向いてくる。

 まるで頬にキスをしてくるかのようにそっと顔を近づけ、オレの耳にささやいてきた。


『ねぇ、■■ちゃん。……そのときがきたらね、あたし、■■ちゃんの――――』


 そして、オレは目を覚ました。





ハッ Σ@□@;





「――それって“フラグ”じゃん、オレっ!?」


 ガバッと上半身を起こして、ナニカに突っ込みを入れるオレ。

 綺麗に揃えられてピシッと張った指先、直角に固定された肘、スナップをきかせた手首、「おまえアホじゃないの?」と言わんばかりの表情、まさに理想のツッコミの形だろう。


「…………はっ。オレはいったい何を……?」


 数秒後、オレはベッドの上で自分の痴態に気付い――じゃなくて、意識が覚醒した。


 オレの名前は“皆瀬光児(みなせ こうじ)”。

 雨野原(うのはら)第四高校(通称“うのよん”)に通うフォッカフォッカの二年生だ。

 趣味はゲーム。それも剣と魔法のファンタジー物のRPGが特に大好物だ。アクションも好きだけどな。

 まあでも、決してインドアなだけの人間ってわけじゃないんだぜ?

 そこそこに運動はしてるし、体育なんて他の教科より成績が良いし。


 ――はい、そこっ! ただ勉強が苦手なだけだろって言わない!


 いや、実際その通りなんだけど……なんつーか、あるだろ?

 今日日(きょうび)、ファンタジーなんて二次元の中にしかない。そんなことは分かってるんだけど……だけどやっぱり心のどこかでは存在するって、存在してほしいって思ってる。

 だからさ、意味無いって理解してても、普段から“冒険の準備”ってのをしちまうんだ、きっと。

 例えば、カッコ良いサバイバルナイフとかを見つけたりしたとき、それを装備して振り回したりする自分を想像したりするよな? 欲しいって思うよな?

 そんなもの買っても使う機会なんてないってわかってるのに、武器っぽいものや、冒険の道具っぽいものに惹かれる。


 ――そんな経験、ないか?


“冒険”って言葉、いいよな。漢のロマンが詰まってる気がするぜ。

 将来の夢は冒険家! なーんて言うつもりはないけどさ、やっぱりそういうのに憧れるのは男として当然だろ。

 いつか、誰もしたことのない大冒険ってやつを、オレもしてみたいねぇ。


「いってきまァ――――す!!!」


 オレは“入念”に支度をして、未だグースカ寝てるだろう姉ちゃんに嫌がらせをするが如き大声と共に家を出た。





アバヨー @▽@ノシシ=3





「はよー」


 自分のクラスに入りながら挨拶する。

 ここで可愛い女の子から挨拶を返されれば一日ハッピーになるのは間違いないんだが……。


「おはよー」

「おっす」

「お早う御座います」

「ぶひっ、ぶぅぅ! ぶひぶー……ひでぶ?」


 残念ながら、むさい男衆にしか挨拶されないオレ。

 改めて事実を確認するとマジで泣きたくなるな、これ。


「あ、おはよっ。皆瀬くん」


 と思ったら天使様降臨っ!

 我らがクラス委員長、玖条綾芽(くじょう あやめ)

 栗色のロングストレートの髪をなびかせて、いつもニコニコ笑顔を忘れない!

 背は高い方ではないのだが、その溢れ出るボーンッ、キュッ、ボンッなスタイルは男子諸君の視線を釘づけ!

 夏服である半袖とプリーツなミニスカートという露出多めな感じがなんとも悩ましい!

 成績優秀にして才色兼備。誰にでも優しく、かつ少し天然が入った性格で男女問わず人気者!

 運動が苦手というのも、もはや彼女のチャームポイントのひとつでしかない!


「う、うっす。委員ちょ……」

「あ、みーちゃん。おはよー」


 と、挨拶を返してみたものの、すぐに他のクラスメイトに挨拶している委員長。

 まあ、所詮オレも数居るクラスメイトのひとりに過ぎないのだ。……ふっ。


「ん、光児か。うす」

「おいーす。悠大」


 オレの席の後ろに座ってる奴に挨拶を返す。

 ツンツンに逆立った黒髪で、筋肉質な長身に俺と同じ半袖Yシャツと紺のズボンをはいている男、“沖原悠大(おきはら ゆうだい)”。

 一年生の頃からの同じクラスで、学期ごとにくじ引きで決める席順なのに何故かいつも近くの席ということもあって、まだ知り合って二年もしてないのに既に腐れ縁のダチみたいな関係だ。パッと見だとこいつはスポーツマンに見える爽やかな青年風だが、運動部には入っていないし、ガタイの良い体と端整な顔にくっついた三白眼のせいで、ちと不良っぽく感じてしまう。


 ――実際は少し天然入った突っ込み職人なんだけどなっ。


「悠大おまえ、寝ぐせが牛魔王みたいだぞ」

「どんなだ!? 逆に見てみたいわっ!」


 ほらな。

 悠大とは友達だとオレは思ってる。傍からは親友と見られるかもしれないが、どっちかって言うと悪友のほうが正しい気がする。

 放課後はよくつるんで遊ぶし、互いの家にもしょっちゅう行く。

 話も合うし趣味もそこそこ。部屋で二人漫画読んでだべってるだけの休日も少なくない。


 ――だけど、親友じゃあない。


 オレの“親友の定義”には、ちょっと当てはまらない。

 それをオレは、少し寂しいとも思うんだけどな……。


「なあなあ、悠大ェ」

「むぐ?」


 昼休み。オレは購買で買ったメロンパンをかじりながら後ろの席の悠大に声をかける。


「今日の放課後ヒマ?」

「……まあ、ヒマだけど」


 ピッとした姿勢で行儀良く箸でおかずを口に運ぶ悠大。

 悠大は弁当派だ。親に作ってもらってんのか自分で作ってんのかは知らないが、色とりどりの弁当は栄養バランスをちゃんと考えられてる気がする。

 オレのいきなりな質問に、悠大は眉をひそめた。


「なんかあるのか?」

「ふっふっふっ……それを訊いてしまうかい。訊いてしまうのかいっ!?」

「…………あー、今日も空が青いなー」

「そんなテンプレなスルーしないでっ!?」

「……」


 悠大は窓の外に向けていた視線をこちらに向ける。

 その眼はいかにも「またなんかコイツは疲れること言いだす気だな」と語っていた。


「ハァ……。で? なんだってんだ?」


 小さく溜め息を吐く悠大。

 だがそれもいつものことなのでオレは気にせず言った。


「へへっ。実はさ、行きたいところがあるんだ」





ヤレヤレ ▽へ▽;





 オレたちの住む町、雨野原うのはら)

 山があり、海もあり、田んぼあり畑あり、住宅街も商店街もあれば小さいけどビル街もある。すごく都会でもなけりゃ、すごく田舎でもない、そんな中途半端な町だ。電車で一時間半も行けば陽野宮(ひのみや)という大きな街があるということもあり、半ばベッドタウンになっている感は否めない。

 都会のように何でもあるわけじゃないし、田舎のように緑に覆われた大自然ばかりのわけでもなし。本当に中途半端という言葉がよく似合う町なのである。就職先もアルバイトも陽野宮の方が待遇が良いから、雨野原では経営難の会社が多い。

 今考えてみると、そのせいかもなって思う。

 この廃ビルが出来た理由(わけ)ってのも。


「――ここが、何なんだ?」

「ああ、ここはな……」


 放課後。オレと悠大はとある廃ビルの前に居た。

 この廃ビルは、オレがまだ小学生のガキだった頃に遊び場にしていた場所だ。

 広くて物陰が多かったので、友達と駆けまわるのには最適だった。

 鬼ごっこ、かくれんぼ、ヒーローごっこなど。なんでもできたし、雨の日でも友達みんなと集まれる場所というのは子供ながらに重宝した。

 この廃ビルは、オレたちの“秘密基地”のようなものだったんだ。


 ――だけど。


 その廃ビルの一階から屋上までの至る所を駆け廻っていたオレたちだけど、中学にあがって友達みんながバラバラになって、この廃ビルで遊ばなくなるときまで、ついに一度も足を踏み入れたことの無い場所があった。


「それが、この――“開かずの扉”だっ!」

「……へー」

「へー、って……おいおい、反応わるいぞー?」

「いきなりなんの説明もなしにこんな廃ビル連れてこられりゃ、反応も悪くなるっつーの!!」


 ここは、今朝オレの夢の中に出てきた場所だ。

 今の今まで忘れてたんだが、あの夢で思い出し、ふと来てみようと思った。

 夢ではあんなカッコ良いこと言ってたオレだが、――時間は人を変える。

 オレも、そして夢に出てきたあの女の子も、変わってしまった。あの約束もきっと忘れ去られてることだろう。それでなくても、この廃ビルがいつ取り壊されるのかもわからないんだ。ここが無くなる前にオレだけでも、子供の頃からの疑問だった“開かずの扉”の謎を知っておけば、もし、また“あいつら”と集まることが出来たときに、言ってやることが出来る。


『お前らがなかなか集まらないから、オレがあの扉の謎を解いちまったぞ』


 ってな。

 取り壊される前に集まることができれば万々歳。集まることができなくても、最低限、思い出話にできるような“なにか”を見つけられれば。

 そう考えたオレは、ヒマそうな友人を引き連れ(ひとりじゃ寂しいんだもん!)、この廃ビルにやってきたってワケだ。


「で。これがその扉ねぇ」


 悠大は“開かずの扉”に近づいた。


「見た目は普通のドアだな」


 コンコン、とノックをしながら扉を調べる悠大。

 悠大の言うとおり、見た目に関して言えば普通のどこにでもある金属製の片開きのドアだ。端にちょこんとステンレスっぽいドアノブがあり、そこに縦長の鍵穴が付いている。全体的に錆付いていてボロい感じなのは他の場所にあるドアと変わりない。

 このドアは廃ビルの一階の片隅にある。構造的に、ドアの向こう側は一教室分くらいの広さはありそうか?

 何十とドアや部屋があるこの廃ビルで、このドアだけが鍵がかかっている。それが殊更(ことさら)神秘性というか、幼かったオレたちには冒険心をくすぐられたものだ。


「カギかかってるし、かなり頑丈そうだ。――――結論。ムリ」

「こらこら、マテマテ、帰るなよ。諦めんの早ぇよオイ。こんなこともあろ~かと~……じゃじゃんっ! ピッキングツールぅ~♪」

「どこで手に入れたんだ、ンなもん」

「フッフッフ……。ボーイにその情報はまだ早いさ」

「うわー、なぐりてぇー」


 さっそくオレは、ピンセットのような細長い二股になっているピッキングツールの先端を鍵穴に差し込んだ。


 カチャ カチャカチャ チャッカチャカマ~ン


「……あれま? うーん、おっかしいなー。これで開くと思ったんだけど」

「やっぱムリなんじゃね。そんなモン持ってたって素人に開けられるわけが……」

「悠大の家の鍵は開いたんだけどなぁ」

「ひとんちで何やってんだテメェー!!」


 むう、まいった。これで開くと思っていただけに次の手を用意してないぞ。


「くそっ、仕方ねぇ。こうなったら最終手段だっ」

「最終手段、出すの早ぇよ」


 古今東西、最終的に物事の決め手になってきたのは、勿論“アレ”にございます。


「いっくぞー悠大! 体・当・た・り・だ!」

「けっきょく“力技”かよっ!?」


 物理攻撃サイコー! 魔法ばっか使ってるエライ人たちにはそれがわからんのです!

 オレと悠大は並んでドアの前に立つ。廊下な場所なので、ドアの正面だと助走の距離は短い。


「――んじゃ行くぜ。三……二……一……」


 身をかがめてショルダータックルのポーズ。

 カウントダウンに合わせて膝を曲げていき……


「ゼロ!」


 その言葉と同時に思いっきり飛び出した!

 そして二人の息の合った突進アタックをドアに叩きつける!


「うおおおおおお!!」


 直後訪れる凄まじい衝撃が――――……と思ったが。


 ドゴッ! (←オレたちの体当たりの音)

 バキッ! (←たぶん鍵が壊れた音)

 パカーッ! (←ドアが勢いよく開いた音)


「ぬおーっ!?」

「なにーっ!?」


 想像よりも簡単に開いたドアに、オレたちは突っ込んだ勢いのまま、ドアの中にヘッドスライディングをかましてしまった。





ε=\_○ノ ステーン





「いっつ、つぅ……鼻削っちまったよぉ」

「おぉぉ、いてぇ……なあこれ、俺いらなかったんじゃね? 明らかにオーバーキルな体当たりだったぞ……」


 顔面ダイブを決めてしまったオレと悠大。

 俯けに倒れた状態から、涙目になりつつ立ち上がる。


「そ、そんなことないって悠大クン! オレと悠大クンの友情パぅワーがベラボーに強すぎただけだよ!」

「あー、うっとぉしい! 分かったから引っ付いてくんなっ!」


 そんな軽口を言い合うオレたち。お互いに大して怪我はしてないようだ。


 ――さて。


 少し想定外なこともあったが、よくやくオレは“開かずの扉”の中に入ることが出来た。ガキの頃から、というのを考えれば、実に五年越しの念願達成だ。

 オレは部屋の中を見回して……


「――って、おいィィィ!!」


 思わずツッコミを入れてしまった。





ビシッ Σヽ>Д<;





 正直に言って、オレだってそんなには期待していなかったんだ。

 現代日本で、こんな廃ビルで、いったい何を期待できるというんだ。

 埋蔵金みたいなお宝がこんなところにあるわけないし、せいぜいあってもエロ本くらいだろう。どうせ大したものなんて見つかるわけない。


 ――それでもいいんだ。


 何があるんだろう、何かがありそう、そう考えるのが楽しいんであって、別に具体的ななにかを欲していたわけじゃない。

 今回だって、ドアをなんとか開けて、でも何も無くて、「まあ、こんなもんだよな」って笑いあって終わり。そんな、ちょっとしたドキドキを感じるためだけの行為。そう、思っていた。

 ……なのに、なのにっ。


「な……なんだよ、なんなんだよ此処!」

「お、おおお、おおおおおお……!」


 目の前の光景に、オレはただただ歓喜した!


 ――なんだこれは? なんだこれはっ!


 “開かずの扉”の中、オレたちが今居る場所。

 そこは廃ビルの他の部屋のように、コンクリートむき出しの何もない部屋じゃなかった。

 そもそも部屋の中ですらない。

 上空に見えるは紫色の雲に覆われた暗い空。辺り一面には木、木、木……森だ。しかもかなり深い。


 ――ありえない……!


 確かに少し街からはずれれば、山と森があるにはある。しかし、廃ビル(ここ)があるのはビル街のほぼド真ん中なのだ。広大な森も、建物にも電線にも遮られていない空も、こんなところにあるわけがない!

 今居る場所は、常識的に考えてあり得ない場所。つまり”開かずの扉”は――“異世界”に通じてたってことなのか!?

 わけもわからない状況なのに、それでもオレがこのとき感じていたのは“歓喜”だった。

 だってそうだろ? 


『廃ビルのドアを開けたら、そこは異世界だった』


 そんな、物語としては在り来たりな、でも現実では絶対にありえないことが起きたんだ!

 オレは目の前の光景に唖然と立ち尽くしながら思った。

 きっと、今までオレがしてきた“冒険の準備”ってのは、このときのためだったんだ。


 ――ってな。

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