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母が王女に転生したそうです  作者: 海野はな


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電子書籍記念SS おまつり

「さて問題です。数日後、何があるでしょうか?」


 ルシエンテス伯爵家に新しく作られたナタリアの執務室の扉は、普段から開け放たれていることが多い。その扉から入ってきた可憐な少女は、室中の忙しない様子を気にすることもなく、いきなりそんな問題を出した。


 セシリオと並んで仕事をしていたナタリアは、あまりに抽象的な質問に目を瞬かせる。数日後がいつなのかわからないし、何があるでしょうかって、仕事の予定ならば毎日なにかしらある。セシリオも同じように思ったらしく、小さく首を傾げたのが見えた。


「フラン、それじゃわからないよ」

「じゃあ、ヒント」


 フランシスカはそう言うと、丸いオレンジ色の棒付き飴を持ち上げた。光が当たり、半分透き通って綺麗に見える。それを見て、ナタリアはひらめいた。


「もしかして、お祭りですか?」

「正解!」


 暑い夏が過ぎ、木々の葉が色づきを見せるようになった今頃の季節に、全国的に催されるお祭りがある。収穫祭である。領によって日程にばらつきはあるが、ルシエンテス伯爵領ではたしかに数日後に開催される予定だと報告は聞いていた。


 オレンジの飴とその祭りには特に関連がないけれど、飾りにオレンジ色や黒を使う習慣があるから、フランシスカはその飴をヒントとして出したのだろう。毎年この時期になると、多くの家や街中でそんな飾りが見られるようになる。

 そういえば、ルシエンテス邸の中にも控えめながら飾りがあったな、とナタリアは思い出した。


 そしてそのお祭りにはもう一つ特徴がある。多くの人が仮装するのだ。

 祭りの本来の趣旨は収穫を祝い感謝を捧げると共に来年の豊穣を祈るものだが、いつ頃からなのか、それに悪霊を退散させるとか厄除けといった意義が加わったらしい。悪が逃げ出すように、恐ろしい恰好をするのだとか。

 今では怖い恰好に留まらず、仮装を楽しむ祭りとしても定着している。


「フラン、それがどうかしたのか?」

「どうかしたのかって、行くのよ。お祭りに!」

「は?」


 そのお祭りは領主主導ではないため、行くつもりはなかった。興味がなかったわけではないけれど、今は仕事を優先させようとセシリオと先日話したのだった。


「いやいや、ちょっと待って。衣装とか、その日の仕事とか、護衛とかどうするんだ?」

「そんなのどうにでもするわよ」


 どうにでも「なる」、ではなく「する」というのがフランシスカらしい。行くと決めたら本当になんとかしそうな勢いで彼女は言い切る。

 セシリオがなだめるように、静かにフランシスカに話しかけた。


「フラン、今年は行かないけど、そのうち行こうって、ナタリアと話したんだよ」

「そのうちっていつ? その日にわたくしがここにいるかわからないじゃない。それに、そのうちが永遠にこないことだってあるのよ。行けるときに行かなくちゃ」


 それを聞いて、それはそうだ、とハッとする。

 一度亡くなった記憶を持つフランシスカの言葉には重みがあったし、幼い日に母と話していたはずの「今度行きましょうね」とか「そのうち教えるわ」は実現しなかった。

 ……それらは時を超え、そして人まで超えて、今叶えられているのだけれど。


 やっぱり、行きたい。


 もう何年前だろう、母が元気だったころに連れていってくれたお祭り。祖父母も健在だった頃のことだから、ナタリアは5歳か6歳くらいだったと思う。細かい部分はあまり覚えていないけれど、たくさんのお店が出ていて、賑やかで、とにかく楽しかったという記憶がある。


 セシリオとちゃんと話して、落ち着いたら祭りでも旅行でもなんでも行こうねと、そう決めていたのに、早速決心が揺らいでいる。落ち着いたら、なんて、いつそうなるのかわからない。


 ナタリアは遠慮がちに、伺うようにセシリオを覗き込む。


「セシー、あの、わたしも仕事頑張るから、少しでもいいから……行きたい、な……」

「よし行こう」


 セシリオが即答すると、フランシスカが「ナタリアが言うと一瞬……」と目を丸くしていた。




 そして迎えた当日。


 ナタリアは使用人たちによって魔女姿にされた。

 黒を基調にした服に黒いマントをつけ、とんがった帽子を頭に乗せる。


 フランシスカもほとんど同じ姿だ。違うところといえば、服の一部の差し色がフランシスカは紫でナタリアは深い緑なこと。あと、フランシスカだけ背丈サイズのほうきを持っている。


「いつ用意したのでしょう?」


 急遽行くと決まったので仕立てる時間はなかったはずなのに、フランシスカに「任せて」と言われたのでそうしている間に衣装が整っていた。


「ナタリアを着飾らせたい使用人がいっぱいいるのよ。エマに相談したら、速攻で作ってくれたわ」


 ルシエンテス伯爵家の実権がナタリアに移ってからというもの、ナタリアは元々味方であった使用人たちから悩むほどに甘やかされている。今回も「ナタリアの衣装」と言った瞬間に飛びつくようにみんなで作ってくれたらしい。さすがにあったもので何とか作ったようでプロの仕立てとは違うけれど、祭りを楽しむには充分すぎるクオリティだ。


 来年はもっとすごいのを作りますから、と言う使用人たちにお礼を述べて、フランシスカと共に部屋を出る。

 玄関ホールに降りると、先に待っていたセシリオが一瞬目を丸くして、片手で顔を覆った。


「お兄様、どう? 可愛いすぎて困っちゃったでしょう?」


 フランシスカが黒いスカートの裾を持ち上げて首を軽く横に倒す。

 可愛い。魔女姿のフランシスカは可愛すぎて本当に困っちゃう、とナタリアが口を押さえると、フランシスカの従者たちもみんな同じような顔をしていた。

 セシリオはそんな様子のナタリアを見て頷く。


「……そう、だな」

「今どっちに向かって言ったのかしら?」

「ナタ…………どちらもです! 二人とも可愛いです!」

「許す」


 何を許したのかよくわからないけれど、とりあえず出発の時間らしい。三人で馬車に乗った。



 今日は街の中心までは馬車が入れないので、少し離れたところで馬車から降りた。その場所もすでに人が多く行き交っていて、賑わいを見せている。

 通りを三人で歩きながら、広場を目指す。そこに出店が集まっているはずだ。


「セシーもその衣装、とても似合ってる。向こうではよく着ていたの?」


 セシリオは隣国オグバーンの装いだ。白いシャツの上に深緑の膝まである長いジャケットを着ている。その衣装なのは、血筋にあたるオグバーンを主張したいわけではなく、新しく衣装を用意する時間がなかったので持っていた中から選んだだけらしい。


「よく着たというほどではないけど、儀式のときに必要だったから仕立ててもらったんだ。ここで着るとは思わなかったよ。従者がこれも仮装に見えるから大丈夫だって言ってたけど、本当だろうか」

「大丈夫よ。ほら、見て」


 少し弱気なセシリオに、フランシスカが目線で前方を示す。そこには貴族服姿の男性とドレス姿の女性が腕を組んで歩いていた。よく見るとそれらは質の高い服とは言えないし、所作からしても実際に貴族ではないことはわかる。だけど今日はそれでもいいのだ。

 一年に一度の仮装を楽しむ日。今日ばかりはマナーさえ守ればどんな服装でも許される。


 ちなみに一部の護衛たちはそのまま騎士の格好である。彼らもまた今日に限っては街に溶け込んでいる。セシリオが仮装ではなく本物の貴族で、それを守る騎士も本物だと気がつく人はどのくらいいるだろう。そう考えるとなんだか自然と頬が緩んだ。


「フランとナタリアは、そうしていると……親子みたいに見えるね」


 少し間があったのは、たぶん姉妹と言おうとしたんだろう。年齢差だけでみると親子には見えない。だけどフランシスカは嬉しそうに「羨ましいでしょう」と言ったので正解だ。


 そんな話をしているうちに、メイン会場の広場についた。

 時刻はまだ夕刻には早いので、日が落ちる気配はない。祭りの本番は夕方から暗くなる頃と聞いているけれど、まだ明るいにも関わらず、すでに大変な賑わいを見せていた。


「懐かしい。わたくし、安心したわ」


 フランシスカが囁く。何に、とは言わなかったけれど、ナタリアには伝わった。


 ディエゴたちが伯爵家を牛耳っていた数年間。

 彼らは伯爵家に悪い影響しか及ぼさなかった。

 だけどルシエンテスは由緒ある伯爵家で、簡単に潰れるような規模の領ではなかった。領の財政は悪化したものの、幸いなことに領民が生活できなくなるほどまではいかなかったのだ。

 彼らは愛娘のパウラに継がせるつもりでいたから、伯爵家を使いつぶすつもりはなかったのだろうと思う。それから彼らが領政を執らず、全部ではないものの、ナタリアに投げられていたのがよかったのかもしれない。


 どのような要因があったにせよ、こうして街は賑わいを見せている。それにナタリアもホッとしたし、これが続くようにしなければと気を引き締められる思いもした。


 広場にはたくさんの出店が並び、肉が焼けるようないい匂いが漂ってくる。

 ナタリアたちはパンに肉を挟んだものを買って食べ、なんの果実なのかよくわからないミックスジュースを飲んだ。いつの間にかフランシスカはこぶし大のリンゴ飴を手に持っていて、セシリオは綿あめを持っていた。


 楽しいな。そう思って店を眺めながら足を進めていると、前方に小さなお姫様の姿が見えた。5歳くらいだろうか、その女の子は水色のふわっとしたドレスを着て、頭にティアラをつけている。母と思われる女性と手をつなぎ、その女性と話しながら嬉しそうに大きな笑顔を見せた。何を話しているかまでは聞こえないけれど、女性もお姫様に向かって微笑んでいる。


 それを見た瞬間、ナタリアはぎゅっと胸を掴まれたような気持ちになった。

 ナタリアもいつの日か、たしかにそうして、母とここを歩いたのだ。何を話したかなんて覚えていないけれど、あの女の子と同じように、母と手をつないで、この広場を。


 フランシスカも同じ女の子に目線を向けながら、ふっと柔らかい顔をした。


「覚えてる? 以前ここに来たとき、ナタリアは黒猫の仮装をしていたのよ。猫耳としっぽをつけてね、それは可愛かったの」


 言われて思い出した。当時のナタリアは黒いふわっとしたスカートの猫姿だった。しっぽが長くて普通に歩くと地面についてしまい、尾先を手でもっていたことをぼんやりと覚えている。


「そういえば、その時もお母様は魔女でしたね。魔女、好きなんですか?」

「別に魔女にこだわっているわけではないけれど、魔女と黒猫はセットでしょう。ナタリアが猫ならわたくしは魔女かなって、当時はそうなったのよ」


 そうだったんだ、と今知った。どうやらナタリアに合わせてくれていたらしい。


「なにそれ、ナタリアの猫姿、僕も見たかった。なんで僕はここにいなかったんだ……?」

「そりゃ、あなたの家は王都にあったじゃないの。こっちにいることの方が少なかったでしょう」


 いつものようにセシリオとフランシスカが軽口を叩き始め、同時にまた足を進める。


 ふとナタリアはアクセサリーの出店の前で足を止めた。猫の話をしていたからか、黒猫が宝石を抱いているようなデザインのネックレスが目に入ったのだ。


「可愛い……」


 思わずそう呟くと、隣でセシリオがチラッとナタリアの手元を見て、店主に話しかけた。


「これ、ください。この猫のやつ」

「はいよ」

「えっ?」


 瞬く間に会計を終えると、ナタリアの手元にネックレスが乗せられた。


「セシー、これ……」

「ネックレス、これからいくらでも贈るって、僕がそう言ったの覚えてるよね?」


 まだ幼い頃にセシリオにもらった大切なネックレスがある。パウラに奪われていたそれがナタリアの手元に戻ったとき、もうつけないでほしい、代わりにいくらでも贈ると、セシリオはそう言ってくれた。


「ネックレスに限らずナタリアが欲しいものはなんでも贈りたいと思ってるから、受け取ってよ」

「……と格好つけるにはずいぶんお安いようですけど、お兄様?」


 ナタリアとしては感動するシーンかもしれないけれど、フランシスカが横から茶々を入れてきたことで思わず笑ってしまった。

 たしかに黒猫が抱いている宝石は本物じゃないし、チェーンの色もくすんでいる。そもそも庶民向けの出店に富裕層向けの装飾品が置かれているわけがないのだ。


「まぁそれで社交界に出るのはちょっと無理があるけど……。でも、ナタリアは気に入ったんでしょう?」

「とりあえず、手渡しじゃなくつけてあげるところですわよ、お兄様」

「それは、そうか」


 セシリオはナタリアの手に乗ったままのネックレスを再び取ると、ナタリアのとんがり帽子を外した。そしてその帽子をどこに持ったらいいかとなんだかあたふたしているうちにフランシスカが取り上げ、ようやく彼はナタリアにネックレスをかけた。

 その時点でだいぶ面白くて、ナタリアはまた笑った。

 長いチェーンのそれはただ首にかけるだけなので、さすがに失敗しなかった。


「ありがとう、セシー。大事にする」

「大事にしなくてもいいから、使ってくれると嬉しい。お忍びで街に出るときとか、今日みたいな日とかにさ」

「じゃあ、来年このお祭りでまたつけたらいいわ。色もピッタリ合っているじゃない。わたくしは、来年はどんな仮装をしようかしら」


 フランシスカが当然のように言う。


「フラン、『次は行けるかわからないから今行く』みたいなこと言ってなかった? 来年も参加するつもり?」

「当たり前じゃない。もしかして、二人で楽しみたいからってわたくしを邪魔扱いするの?」

「してない」

「どちらかというと、お兄様、邪魔なのはあなたのほうよ? わたくしはナタリアと歩きたいんだもの」

「してないって言ってるじゃないか。それに僕を邪魔者扱いするな」


 異母兄妹の二人は今日も仲がいい。それが羨ましくて、微笑ましい。

 なんだかんだと言い合う二人を見て、あっ、と思った。


 このままセシリオと、いずれ結婚したら。フランシスカはセシリオの異母妹だから、広い意味では家族になるのかな。

 もう手をつないで母を見上げることはできないけれど、でもまた、心の中だけでなく実際にも家族になれるのかもしれない。


 セシリオは「ナタリアが欲しいものはなんでも贈りたい」と言った。ナタリアが本当に欲しいのは……。目の前の二人を交互に見る。

 それを口に出すにはまだ少し恥ずかしくて、照れくさい。


 とんがり帽子をかぶり直し、猫のネックレスを握りしめて、そして二人に言う。


「また来ましょうね、三人で」


 そう約束すると、セシリオもフランシスカも、笑って頷いた。

ハロウィンが近いので、それっぽい話を書いてみました。


本日2025.10.22電子書籍配信開始になりました。

電子書籍タイトル「虐げられた伯爵令嬢ですが、公爵令息と幸せになります 転生した母が王女になりまして。」

詳しくは活動報告をご覧ください。

応援してくださった皆様のおかげです。いつもありがとうございます!

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