27
「パウラはナタリアが伯爵家を継いだあと、どうするつもりなの?」
お茶を飲み始めてから早々に、フランシスカは爆弾を投げた。セシリオと結婚して伯爵家を実質継ぐ予定のパウラは、どうするなどと考えたこともないだろう。
ミゲラがいない場での質問に、パウラの侍女が焦ったような顔をする。だけどさすがに王女との会話に割り込むことはできないようで、ぐっと口を噤んだ。
「どうする、とはどういうことでしょうか。伯爵家を継ぐのはわたくしですわ」
パウラは全く躊躇することなく、そう口にした。
「いいえ、ナタリアよ」
「それは爵位の話でしょう? 爵位を継ぐのはナタリアだけれど、この家を継ぐのはわたくしだとお父様が言っていましたもの」
パウラは何を言っているのかわからないというように首を傾げる。
「ナタリアは爵位を持つだけ。家を取り仕切る能力などございませんでしょう。だからわたくしとセシリオ様で継ぐのですわ」
今度はフランシスカが何を言っているのかわからないというように首を傾げた。
「爵位を継ぐということは、この家を継ぐということよ。ルシエンテス伯爵家はナタリアが継ぐの。パウラではないわ」
「でもこの家はわたくしのものだって、お父様もお母様も言っているわ……」
パウラはハッとした顔をしてフランシスカとナタリアを交互に見た。そして泣きそうな顔でナタリアを睨んだ。
「またお前はわたくしたちから奪おうっていうのね? あぁ、お母様が言っていた通りだわ。ナタリアはなんでも奪う卑しい娘だから、何も与えてはいけないって。ちゃんと見張っておかないと、家まで奪おうとするって」
「ナタリアは何も奪ってなどいないわ」
「わたくしの部屋がすでに奪われましたわ! 今着ている服だってわたくしのものでしょう!」
「ミゲラ夫人はナタリアのものだと言ったわ」
「殿下の前で汚い服装でいては失礼だから、今だけ貸すようにと言われたのですよ。わたくしのものですわ」
そうだろうとは思っていた。きっとフランシスカが帰ればまた元の生活に戻るから、と言い含められたのだろうけれど、パウラがあまりにはっきりと口にすることに驚く。
「殿下まで連れ出してわたくしたちを追い出そうっていうの? 殿下、違うのです。ナタリアは嘘を言うの。この家はわたくしが継ぐのですわ」
パウラが必死に言い募る。ナタリアは嘘つきで、自分がこの家の主になるような言い方をするのだ、と。
「パウラ。わたくしにはあなたが何を言っているのか理解できないわ。そもそもルシエンテス伯爵家はナタリアの家よ。そこにあとからやってきたのはあなたでしょう?」
「わたくしは元の場所に戻っただけですわ。本来はわたくしが先にここにいるはずだったの。だけどナタリアに奪われていたのですよ?」
ナタリアとフランシスカは顔を見合わせた。
パウラは自分は間違っていないとばかりに主張する。いや、本当に間違っていないと思っているようだ。
伯爵家に来るまでのパウラがどのように過ごしていたのか、ナタリアは知らない。だけど当時ディエゴはあまり伯爵家にはいなかったから、ミゲラやパウラと三人で家族として過ごしていたのだと思う。
その時にどのような話をしていたのかはわからないけれど、パウラは伯爵家に来た時点で、ナタリアの立場が本当は自分のものであったのだと認識しているようだった。
「パウラ、ナタリアが奪っていたのではないわ。そもそもルシエンテスはナタリアの母の家なの。ディエゴは別の家から婿に来たのよ。だからディエゴはルシエンテスの血を継いでいないし、パウラも継いでいないの」
フランシスカは丁寧にパウラはこの家を継げないということを説明していく。パウラは静かに聞いていたが、残念ながらフランシスカの言うことを信じることはなかった。
「そのようにナタリアに言われたのですね? さっきも言いましたけど、ナタリアは平気で嘘をつくんです。だから信じてはいけません」
パウラの様子はフランシスカを心配するようですらあった。
「どうしてナタリアは嘘つきだと思うの? 嘘を言われたの?」
「お母様がそう言っていましたから」
「ミゲラ夫人が間違っているとは考えないの?」
「どうしてそのようなことを言うのですか? 全て悪いのはナタリアなのに……」
パウラは両親であるディエゴとミゲラに溺愛されている。おそらく二人から伯爵家を継ぐのはパウラだ、本来そのはずだったのにナタリアはその権利を奪ってきた人で、今でも奪おうとする悪者だと、そのように言われて育ったのだろう。
ナタリアは学校へ通っていないが、パウラも通っていない。
パウラは本人がどう思っていようと平民なので、貴族の多くが通う学校へ入るのは難しい。平民が完全に不可というわけではないが、相当に優秀でないと入学が許可されないからだ。だからといって、平民とは違うのだという矜持のあるミゲラが平民の学校へパウラを通わせるはずがなかった。
伯爵家で教師はつけられていたが、何度も代わっていることを書類だけは見ているナタリアは知っている。厳しかったりパウラの好みでなかったり、もしくはディエゴやミゲラにとって都合が悪いような教師だと、すぐに取り換えられていたのだろう。
パウラはあまり外と接することなく、世間の常識を知らぬまま育ってしまったらしい。伯爵家の中では令嬢として持ち上げられ、何を言っても叶えられる環境で過ごしてきた。パウラにとっては今でも両親の言うことが全てなのかもしれない。
いくら話しても話が交わることがなく、フランシスカは肩を落とした。
その日の夕食、フランシスカとナタリアが食事を待つための部屋に入ると、昨日と同じようにディエゴたち四人がすでに待っていた。その中にミゲラとパウラの姿があるのを見て、フランシスカは首を傾げる。
「どうしてあなたたちがここにいるのかしら?」
「どうして、とは?」
「わたくしは伝えたはずよ。隣の部屋は貴族が食事をするための部屋だって……」
フランシスカが続けようとしたとき、扉が開いて執事長の代理をしている男性使用人が食事の用意ができたと告げた。フランシスカを先頭に、全員が隣の部屋へ移る。
席は四つしか用意されていない。そうするようにナタリアが手配したからだ。ディエゴが苦い顔をしてナタリアに聞く。
「これはどういうことだ?」
「先程殿下が言ったでしょう。ここは貴族が食事をする部屋なのです」
「なに?」
「伯爵代理、わたくしが嫌だと言ったのよ」
フランシスカが溜息をつく。
「わたくし、血の繋がりがどうであっても一応は家族だから、ナタリアはミゲラ夫人たちにここで食事を取ることを許しているのかと思ったのよ。だけどどうやら家族とは程遠い状態らしいじゃない」
「程遠い、ですか……」
「ミゲラ夫人はナタリアを娘どころか使用人の一人だとでも思っているようだし、パウラは姉ではなく何でも奪う悪人だと思っていると、先程のお茶の時間に直接聞いたの。それにナタリアはここで二人が食事をすることを許可していないと言うじゃない」
ナタリアはミゲラたちを一度見てから、「はい」と答えた。ミゲラは小さく「なっ」と声をもらす。
「私が許可を出していたのですよ」
ディエゴが庇うように言った。フランシスカはそれに睨むような視線を送る。
「平民にここで食事をする許可を出しながら、ナタリアを追い出していたとは、ずいぶんとおかしな話ね」
「殿下、それは……」
「わたくしはナタリアを尊重しない平民などと食事をするのは嫌なの。そもそもここで食事をするのが当たり前だと思っているなんて、ずうずうしいことだと思わないのかしら。立場をわきまえたらいかが?」
フランシスカがピシャリと言い放つと、ミゲラは顔を真っ赤にした。パウラは目を丸くして、何を言われているのかわからないという顔をする。
「殿下、そのような言い方はあんまりではありませんか。ミゲラたちはそれなりに母や妹となれるように努力はしたのですよ。それを拒絶したのはナタリアのほうです」
「ナタリアをこの部屋から追い出し、ナタリアの部屋からも追い出して仕事ばかりさせ、この家の主の座を奪おうとした努力? それは拒絶して当然ではないの」
ディエゴは目を丸くして言葉を詰まらせる。そして視線をナタリアに、次にセシリオに移したけれど、誰も何も言わない。
「伯爵代理、ミゲラ夫人たちと三人で家族団らんを楽しみたいのなら、どうぞあなたも出て行ってちょうだい。それともわたくしたちが出て行ったほうがいいかしら?」
ディエゴはそうすることはできない。もしここでフランシスカに出て行けなどと言えば、平民を優遇して王女を追い出し食事を与えなかったと王家に伝わる可能性があるからだ。実際にフランシスカはそうする。
ディエゴは追い出す言葉を言わず、静かに席についた。その様子をミゲラたちは信じられないという顔でみている。
「ミゲラ、パウラ。今日は二人で別のところで食事をしなさい」
「お父様? どうしてそのようなことをおっしゃるの。出ていくのはナタリアでしょう? どうしてわたくしが……」
「パウラ」
少し強めにディエゴが名を呼ぶと、パウラはビクッと身体を揺らす。
「今日だけでなく、わたくしがここにいる限り一緒に食事をする気はないわ。マリセラ、二人を外にお連れして。食事ができないわ」
マリセラが「はいー」と楽し気な声で応え、二人を外に誘導した。
部屋で食事を、とディエゴは言ったけれど、彼女たちの思っているちゃんとした食事が用意されるかどうかは微妙だ。使用人たちも二人から距離を置くようになってきているからだ。




