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メイドさんのはじめての口づけの巻。

 あれからしばらくして汚物の食餌も終わったので、いつも通り風呂嫌いのご主人様(ゴミクズ)を湯殿へ連れて行き、その食べ滓と寝汗で汚れた身体を時間を掛けて、少しでも匂いが取れるよう足の指の隙間まで丁寧に清めます。


 そうして脂肪まみれの身体を洗い上げた後、まるで子供のように両手を上げるご主人様(ゴミクズ)の体を、柔らかな南国産のタオルで拭きあげてから、いつもの様に下履きを履かせます。


 この行動はご主人様(ゴミクズ)玩具(ドレー)になったあの日から、毎日か欠かすこと無く行ってきたことですが、今日から子が生まれるまでの間、此処から先の行動は今までと違うものになります。


「んじゃメリー、今日から暫くは一人寝になるが、寂しかったら何時でも来ていいからな?」


「え~……、他の子を可愛がっている時に行くとね、私、嫉妬しちゃいそうだもん……。だから絶対に行かないです~」


「そうか!ぐふふ……、そうか~、メリーは嫉妬しちゃうのか~」


 私が嫉妬するという嘘を告ると、嬉しそうに奇妙で下衆な笑顔を浮かべるご主人様(ゴミクズ)


 この獣欲の塊に組み伏せられ、悲鳴を上げる肉穴として使われて、脂肪の奥底で無様に押しつぶされて、汚物の吐き出す様々な汁で汚れた様を見られる。


 それは人として耐え難い羞恥であると私は感じていますし、きっと他の者も同様に感じるでしょうから、やはり獣欲の残滓を片付けに行く程度の方が、被害者と私、双方の心の衛生に良いでしょう。

 

 それでも慕っていると言っている以上、行かない理由がないと怪しまれるでしょうし、敢えて分かりやすく、相手に嫉妬するから行かないと理由を提示して、目の前の獣を納得させておきます。


「もうっ、メリーは意地悪なご主人様なんて知りません!おやすみなさい!」


「ぐふふ、メリーは本当にかわいいのう、おやすみまた明日な~」


 これ以上会話を続け、下手なボロを出すのも面倒なので、私はそのまま拗ねた振りをして貴族の娘(メアリー)の使っていた部屋へと飛び込むと、化け物を欺くための媚びた擬態の笑顔を脱ぎ捨て、シワ1つ無いシーツの海へと頭から飛び込み、疲れきった身体を横たえます。


 そうして私は汚物に犯されたあの日から迎えたこと無い、一人寝の夜を初めて迎えることとなりました。


 久しく来る事の無かった平穏な夜、悍ましい獣欲に襲われる事なく安心して眠ることが出来る夜を迎えている筈なのに、その事実は私に安堵など与えてくれず、自分が選んだ選択が正しかったのか、他になにか手がなかったかのかと、ただ一人、明かりのない部屋で考え続けます。


 あの日、ご主人様(ゴミクズ)よって下腹部に刻まれた痛み、息も出来なくなる程に押しつぶされる苦痛、四肢を物のように乱暴に扱われ、獣欲の捌け口に使われる時間。


 これからアリサの身に振りかかるであろう不幸、その苦しみへと繋がる道筋を選択し、進ませようとしている暗く重たい罪悪感が、冬の雲の様に心の中に垂れ込むように広がって、私を支配してゆきます。


「心が寒い……、やっぱり私、どこかで間違ったのかな……」


 雪のよう静かに罪悪感が降り積もる部屋(せかい)の中で、私が行き場を無くした子供のように膝を抱えて震えていると、部屋のドアを遠慮がちに叩く音が響くのが聞こえ、私の意識は現実へと引き戻されました。

 

「メリー様、まだ起きていらっしゃいますか?」


 こうして今も私を気遣って遠慮がちに問いかける声の主を、優しいアリサを自分と同じ地獄へと引きずり込もうとしている。


 その事実が鈍い痛みとなって、私の胸を傷つけますが、世界を救うために自ら悪女になると決めたですから、この程度の事で立ち止まる訳にはいかないと、自己嫌悪を胸に押し込むと、努めて平穏な声音で返事を絞りだして応えました。


「ええ、起きていますが……、何か問題でもありましたか?」


 今は夜もかなり遅く、アリサの仕事も終わっている時間です。

 

 彼女が私の元に来た理由など、言われなくてもこれからあの汚物に抱かれに行くという報告しか無い筈なのに、私はそれを口に出す事が出来ませんでした。


「お屋敷の仕事片付けましたので、これからあちらへ向かいます。ですが、その前に少しだけ、少しだけお嬢様とお話をしたい、そんな私の我儘を許して下さいませんか……?」


 これから恐ろしい目に遭うであろうアリサ、その我儘と言う言葉の意味はご主人様(ゴミクズ)に媚を売る奴隷娘(メリー)でなく、この街を代々守護してきた貴族の娘、以前の私(メアリー)と話がしたい、そんな細やかな願いでした。


 自らの心臓の音が聞こえそうな程の沈黙の中、私は一つだけ息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出してから、兄と母と共に死んだ小娘を蘇らせてから、アリサを部屋に招き入れる言葉を口にします。


「アリサいいわ、どうぞお入りなさい」


「はい、お嬢様失礼致します……」


 廊下に灯されているランプの明かり。それを遮っていた厚い扉はアリサの手で静かに開かれ、彼女の緊張を湛えた影が、部屋の中へと伸びてゆきました。


「お休みの所に押しかけ申し訳ございません……。閨事の前にどうしてもお話したいことがありまして、失礼を承知で参りました」


 これから醜い獣に嬲り者にされる彼女は不安なのでしょう。普段の凛とした雰囲気は鳴りを潜め、互いに幼くて暗闇を恐れて過ごした夜のように、どこか弱さを感じさせる表情を浮かべています。


「ふふっ、目的のために冷徹にもなれず、己が楽だからと薄情にもなれなかった弱い癖に強がっている小娘はね、こんな状況で寝られるほど豪気でもないの……。出来る事といえば、己の犯した罪の悍ましさに怯えて震えるだけ……。だから来てくれてよかったわ、ありがとうアリサ……」


 けれど彼女にそんな選択を強いた私は、あの苦痛を押し付けてしまった私は、彼女に嫌われてしまうかもしれないと思い、不安で仕方なくて震えていたと正直に話してしまいました。


「お優しいお嬢様ですから、きっと私の身を案じてくださって、ご自分の選ばれた事に不安がお有りでなのだと思います。ですが私が不安なのは、己の身では無いのです……」


 アリサは自分が犯される恐怖を紛らわせるために、私の元へ来たのだろう。そんな想像は的外れなだと、彼女の口から語られた言葉が静かに否定していきます。 


「私はお嬢様が犯されたあの日、何も出来ずにいる自分の弱さを呪い、自らが犯される以上の憤怒と苦悩に心を焼かれました。そんな恐ろしい物を今からお嬢様に背負わせてしまうこと、それが口惜しく狂おしいほどに腹立たしくてならないのです……」


 自分の体と同様に、アリサの肩も小さく震えていましたが、理由は恐怖などではなく、怒りから沸き起こるモノであると言われ、私は自らが獣欲の餌として犯された夜の事を、あの夜のアリサの苦悩を思い出します。


 私の知っているアリサの苦悩は、我が家の料理長のガラフが在りし日に語ってくれたもの。


 ご主人様(ゴミクズ)がマホーと言う力によって、異界から望みの食材を取り寄せれるようになった日に、気まぐれによって殺された、あの朴訥でやさしい老人が、忙しい調理の合間に語ってくれたことでした。


『あの日のアリサといったら、そりゃあ恐ろしいもんでした。あのべっぴんな子が悪鬼の様に顔を歪ませて、地獄の亡者の様に怨嗟を吐くんだ。それこそ柱に縛りつかておかねば死を覚悟して一矢報いるそういうもんがあった。ワシはこの年になって初めて鬼気迫るってのは、、まさにこういうもんだと心の底から思い知らされた、そう感じたもんですよ……』


 語られた言葉に嘘など無いのでしょうが、それでも普段のアリサからは全く想像がつかない言葉だったので、私はガラフの言葉を半信半疑で記憶の片隅に仕舞っていましたが、今のアリサの姿はガラフの言葉通り、鬼気迫る表情という言葉を体現していると感じます。


「アリサ……、そんな顔してたらいけないわ、そんな敵意剥き出しの表情では、あの汚物に殺されてしまう。だから貴方は私のことなど気にしないでいいのよ、私は平気だから……」


「私だってわかっていますっ……、ですか私はっ、アリサはこれ以上、お嬢様に傷ついて欲しくないのです。私の一番大切なお嬢様が心を痛める様ただ見ている、そんなのは辛過ぎて、もう耐えられないのです……」


 互いに大事に思うからこそ、私達は互いが傷つく度に痛みを覚え擦り切れてしまう。共感する事がこんなにも鋭く冷たい刃だと、私はこれっぽちも知りませんでした。


「アリサ、此方へ来て……」


 私が密かに憧れていた綺麗な瞳。その瞳は滔々と涙を流し、まるで深い森の奥にある泉のように思え、私は溢れた涙を唇でそっと受け止めます。


「アリサが私を心配してくれるのはとても嬉しい。でもやっぱり私は貴族の娘。なら民の施しで育った身体は民の為に使い、人の優しさで守られてきた魂は世界のために使いたい、そう心の底から願っているの。だから私が貴方の我儘を許したように、貴方は私の我儘を許して欲しい。そう願ってはダメかしら?」


「そんな理由は……、貴族だからという理由などっ、最早呪いのようなモノではありませんか!どうしてっ、どうして貴方は……、お嬢様は分かってくれないのですかっ、こんなにもっ、こんなにも貴方をお慕いしているのに、どうして貴方は自分を大事になさってくれないのですっ!」


 ああ……、やっぱり私はお父様やお母様のように立派な貴族ではないのでしょう。


 こんなに慕ってくれるアリサを、たった一人残ってくれた従者の心さえ守る事すら叶わず、こんなにもアリサを泣かせる様な方法しか思いつくことが出来ず、自分の全てを投げ出して餌にする方法でしか世界を救えないのです。


「ごめんなさいアリサ……、それでも私は自分出来る事があるのなら、やっぱり皆を守りたいって思うわ……、だからアリサが辛いなら逃げてくれればいいの……」


 そうして無力で愚かなで小賢しい小娘は、自分自身を心の底から嫌になりそうだと感じながら、精一杯強がる振りをして、言ってしまえば彼女が逃げられない言葉を、心にもない言葉をアリサへと語りかけます。


 そんな私の強がりを受け止めたアリサは、諦観という言葉の意味を教えるような泣き笑いの表情で、絶望と憐憫に満ちた声を絞り出して語りかけてきます。


「メアリー様は私をどこまでも苦しめたい、そう仰るのですね……。では貴方が壊れる最後の日までアリサをお側に置いて、私が壊れるその日まで使ってくださいませ、それが、それだけがアリサの喜びと致しましょう……」


 私は今まで一番出来の悪い作り笑いを浮かべ、彼女にお礼を告げようと唇を動かそうとしますが、私の従者はそんな自己満足を許してくれず、そっと私の唇に自らのそれを重ねてきました。


「私の初めての口づけです、これだけはあの獣にくれてやるのは嫌ですので、お嬢様に捧げさせていただきます……」


 女同士で口づけをするなんて、どこか可笑しな気もしますけど、それでもアリサが良いと思うのでしたら、自らが献身に応える為に、彼女を犠牲にする贖罪として受け入れましょう。


「ええ、アリサの初めての口づけは私のモノね……。さ、これ以上はそろそろ怪しまれるでしょうから、もう涙を拭いてお行きなさい」


 こんな奇妙な初めての口づけと、妙にお姉さんぶっている私を見て、きっと彼女は少しおかしくなって笑ったのでしょう。ひたすら泣き続けていたアリサは、少しだけ嬉しそうに微笑みを浮かべ、ゆっくりとベッドから離れていきました。


 その背中を私が見送っていると、彼女は扉の前で振り返ってから言いました。


「お嬢様……、主の決定に逆らった愚か者の願いを聞いてださるのなら聞いてください。私はこれからどんなに激しく攻め抜かれても、決して大きな声を出さぬようにいたしますから、今晩は朝が来るまで頭から布団を被り、耳を塞いで過ごしてくださる様にお願い申しあげます……」


 その言葉と扉が閉まる音、そして髪に塗られた香油の甘い香りを残し、彼女は私の返事を聞くことも、こちらを振り返ることもなく扉の向こうへと、静かに消えしまったのでした。

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