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奴隷ちゃんのはーれむ建造計画の巻。

 昼下がりから夕暮れの合間になる頃まで泣き続け、その間二人はずっと黙って側にいてくれました。


「ごめんなさい、なんだか感情の抑えがきかなくって……」


 泣き腫れた私の眼に写る二人、心配をかけてしまった筈の二人に謝罪の言葉を口にすると、司教様とアリサは優しげな笑顔を浮かべ、ゆっくりと首を振って語りかけてきます。


「お嬢様……、お嬢様が頭を下げる必要など何処にもございません。むしろ私は安心してしまいました」


 アリサは口にした言葉通り、嬉しそうに微笑みますが、私は彼女の笑顔と言葉の意味がよく分かりません。ですが、きっと司教様は私の脳裏に浮かんだ疑問を表情から察したのでしょう、白いお髭を一回だけ扱いてから、ゆっくりと口を開きます。


「死の気配を感ずる戦場(いくさば)では、死を覚悟をした兵士でも感情を露わにし、大の男が泣き叫びながら戦います。ならば、それ以上の絶望に身を置く貴方が泣かぬ事、それの方が私共は恐ろしいのですよ……」


 司教様が穏やかな口調で語った言葉、ただ諭すように室内に響かせた声は、私がどれだけ自分の感情を殺し、目を背けて歩いてきたかを教えるものでした。


「そんな貴方が流された涙の意味、それは感情が死んでいないという確かな印、メリー様の心が生きている証なのですから、貴方様が謝る必要など、どこに無いのですよ」


 その言葉に私は、これまでの自分の危うさに気が付きます。


 きっと私は心の何処かで、誰にも頼ってはいけない、自分だけが犠牲になれば良いと願い、自らを愛してくれた人に背を向けて、払った犠牲の重責の重さに潰れ、己の掲げた復讐に溺れて死んでいく。


 人を暗い未来へ誘う落とし穴、絶望の結果へ導く道標、絶望に至る病、孤独という毒を自ら口にしていたと、はっきりと理解出来ました。


「ごめんなさい……、ここまでの私はきっと本心では、心の底では誰も信じていなかった。ただ一人でも復讐が出来る、そう信じて傲慢な女になっていたと漸く分かりました……」


 今まで復讐の毒が思い込ませた感情が、淀んだ万能感が鳴りを潜めて冷静になると、これまでの自分の行動が急に恐ろしくなりました。


「私はなんて愚かなの……」


 あの恐ろしいご主人様(ゴミクズ)を一人で騙し通せる。 


 そう思いあがりをした私は、恐ろしいと思ったご主人様(ゴミクズ)と同じ、世界の命運を神にでもなったかのような気になっていたのでしょう。


 そんな愚かで矮小な小娘は己の命だけでは飽きたらず、沢山の命を賭けのテーブルに乗せ、異界から来た災厄と悍ましい博戯(ばくぎ)に身を委ね、自分だけが賽を振る権利があると思いあがっていた。


 犯していた過ちを理解し、自らの愚かさと恐ろしさに凍える心を暖めるように、働き者のアリサの手が右手を、司教様の大きな手が左手を包んでくれました。


「メリー様、人というのは過ちを繰り返して進む者です……。たとえば優しさから……、誰かを救いたいと願う、そんな正しさから始まったモノでも、時に道を見失って、過ちに気付いて道を戻る事だって有りますわ……」


「アリサ殿の言葉、それは我が帝国にも言えましょう……。彼のお方は誰よりも戦を嫌い、どの皇帝よりも戦いに明け暮れました。ですが統一帝の戦いの始まりは、世界の人々が互いに争う悲しみを失したい、そんな思いだと伝えられております」


 私は二人の話を聞きながら、少し遠くなってしまった記憶、勉学の時間に習った歴史を思い出します。


 統一帝様が生まれる前、世界は欲望によって小国が乱立し、家臣が主を裏切ったり、王が圧政を敷いて民が蜂起したり、その隙を狙われて国自体が滅亡するのが当たり前の状態、狂気の百年と言われる争いの尽きない時代だったそうです。


「覇道を歩んだ統一帝の思いは、決して私利私欲から始まったモノでは無かったのです。残念ながら結果として多くの血が流れ、今でも憎しみは残っておりますが、それでも統一帝は人の優しさを信じ、憎しみを超えた先に必ず平和があると願い、多くの者に語り続け、賛同する者達と一緒に世界の統一を果たした」


 確かに未だ古国の国旗を掲げた反乱軍は、世界の各地に点在していていますし、帝国貴族は守備兵を持つことが義務付けられ、反乱軍は平和に暮らす人々を襲っています。


 それでも大きな戦で兵役で男手を取られなくなったので、夫を失う寡婦や子を失う親も居なくなり、多くの人は飢える事もなく豊かになって、戦火で森が無くなって日々の煮炊きも出来ない生活から開放されたのは事実です。


 そんな偉業を成した方と自分を比べるのは、かなり傲慢だとも思いますが、何故司祭様が今お話になるのか考えて、私は自らの答を口にします。


「司教様は統一帝も一人で戦った訳ではない、人間一人では出来る事には限界がある、そう仰りたいのでしょうか?」


 まるで家庭教師の先生の問に回答するように、自分なりに考えた解答を司祭様へ告げますが、答えを聞いた司教様は、少しだけ困った顔で返事を口にされます。


「そうではない。とも言え、そうだ。とも言えますな……。あのお方は多くの事を上手く熟す才能に溢れた方でしたが、同時に人誑しという側面がございましてな、多くの人を信じて相手に頼り、同時にその責任を知っておいでだった……。そうした人を信じる事が、メリー様が進む道に必要であり、求められるものである、そう申し上げたいのです」


 ご主人様(ゴミクズ)の欲望を受け止めて、孕んだ子供に父親殺しをさせるのに、何故誰かを上手く使う才能が必要なのかと、私の頭に疑問が浮かびます。


「メリー様……、子を孕み男を受け入れる事は命に関わりますぞ、だからこそ貴方様は自らの策をん成すために、他者を巻き込み仲間を増やし、人の輪の中で戦わねばならんのです」

 

 その言葉を聞いて、私は自分の計画において重要な事、自分が生きて子供を育てる事をすっかり忘れ、子供を生む事へ盲目的に進んでいたと気が付かされます。


「自らを盾にし、己だけ汚される覚悟はあったでしょう。ですがそれでは足らないと自覚し、多くを護る為に犠牲を厭わない覚悟、異界の男の獣欲を抑える意思のある娘を探し、その者を自らと同じ境遇に引きずり込む覚悟をなさいませ……」


 これまで私は犠牲を増やしたくないと思い、独りであの獣欲を受け止めてきましたが、その考えは最初から無理がある考えで穴があり、汚物の子供を身篭った事で現実的な理由で破綻して、仲間が必要であると独力の壁が立ちふさがっています。


 そう、私はもう言葉だけではなく、誰か本当の意味で自分と同じ境遇に引きずり込む覚悟をするか、このまま犯され続けて死ぬか、全てを捨てて逃げるのかを選択を迫られているのです。


「お嬢様が汚されたあの日、お嬢様の支える杖になりたいと私が誓った言葉、そこに嘘は一つとしてございません……。今もそう思っておりますから、お嬢様の思うよう如何様にでも選び、使ってくださる事、それこそが私の喜びであり、私の生涯の仕事と思っております」


 私を慕ってくれるアリサの言葉、私への忠誠に命を賭す事への意味の重さ、その重責を背負う覚悟が自らの内に無かったし、覚悟をしたふりをして彼女の忠誠に甘えていたのです。


 なんという傲慢な小娘なのでしょう、私はご主人様(ゴミクズ)の相手する間、貴族の誇りに泥を塗り、あの汚物と同じような唾棄すべき者になりかけていたのです。


「話を聞く限り、アリサ殿とメリー様だけで獣欲を抑えきれぬでしょうし、私も修道女や信者の中で、メリー様の考えに殉ずる気がある者を見繕って、こちらに送りましょう」


 生前父は、貴族が民の上に立つ意味を、責任と選別をする事だと言っていました。


 自らが守りたいと願う人々から犠牲を減らす責任を負って、数多の人々が幸せになる選択を考え、最小の被害と最大の幸福を選ぶ、それが自分にできるか分かりませんが、誰かを犠牲にしなければならない重責も知らず、私は愚かにも博戯の賽を振ってしまったのです。


 ならばもう自らの責任や逃げる訳には行きませんし、最早立ち止まる事も戻ることすら出来ない所へ居るのですから、私は進むしかありません。


「……ではアリサは早ければ今晩から……、お願いします」


「分かりました、私も騎士の娘ですから褥が戦いというのなら、せいぜいあの節操のない男の槍が悲鳴を上げるよう、私の身体で武勲を上げてみせましょう」


 勇ましいアリサの返事はありがたいのですが、言いたくないと思っていた言葉を口にした瞬間、胃が締め付けられ目の前が歪みます。


「ええ……、ありがとうアリサ……」


 それは自分が犯された時以上の苦しみでしたが、それでもご主人様(ゴミクズ)の獣欲を抑えるには、私の状況を考えれば、アリサだけでは到底足らないし、これ以上の女性(えさ)屋敷(おり)に引きずり込まけれななりません。


「司教様ご助力……、ありがたくお受けしたいと思います……。ですが、どうか無理強いは決しってしないように、それだけは無いようにお願い申し上げます」


「その件についてですが、既にメリー様を手伝う意思を持つ者がおりまして、私がお屋敷に招かれたと聞いた二人から、彼女らの意志をメリー様へ告げて欲しい、と頼まれました」


 毎晩欠くこと無く繰り返される行為ですから、きっと噂になって居たのでしょう、そして相手をしている者が私だけと知った年嵩の者が、先程の様な話をその二人へ話たのでしょうね。


「その者達は修道女のシェリー、それと我が孤児院で預かっておる娘クリッサ、二人共メリー様と懇意にして頂いていた者ででございます故、その御恩をお返ししたいと願っております」


 シスターシェリーは私の憧れの人、孤児のクリッサは私と同い年のお友達、そんな大事な二人が手を上げてくれたのは、きっと優しさからでしょう……。


 それなのに胸が引きされる様に痛むのは、きっと愚かな私が博戯の賽を振ってしまった事への罰なのかもしれない。

 そんな事を考えながら私は二人を相手に、太陽が山陰に隠れてしまうギリギリまで、今後の事を語る事で誤魔化し続けたのでした。

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