奴隷ちゃんがお勉強するの巻。
飽食の獣の腹を満たそうと、ガラフの用意してくれた夕食は羊の丸焼きで、香草を嫌うご主人様に合わせ、子羊の脂身を丁寧に取り除き、牛の乳に浸した肉は非常に上品な仕上がりで、ガラフの丁寧な仕事がよく分かる逸品でした。
少なくとも昼に言われて夜に出せるようなものではないし、ガラフは随分と無理をしたのだと思います。
「つかさ、羊ってマジで臭い、マジ半端無く変な匂いするわ~、なんでここの奴らって、あんなまっずいモンを喜んで食うのか理解出来んわ……」
ですが、それでもご主人様は納得できないようで、湯殿に向かう今になっても口から煩い文句が消えることはありません。
「うーん、やっぱこの程度の飯しか作れんのなら、あの偉そうなジジィ生かしておく意味ないし、殺してケーケンチに変えた方がいいかもな……」
確かに羊肉は独特の癖がありますが、それでも臭みを消すための十分な仕事を熟してくれたガラフは得難い料理人であるといえますし、下手に殺されては忠義に申し訳が立ちませんので、舌も腹も肥えた獣を刺激しないように、十分なご馳走だったと、少しおどけた様に語ります。
「え~、メリーはあんなご馳走食べれたの初めてですし、きっとご主人様の世界のご飯が美味しすぎるんですよ―」
「うーむ……、まぁメリーがそういうのなら、あの程度がこの世界のごちそうなんだろうな……」
私の発言に納得はしていない、だけど理解は出来るといったところでしょうか?
まだご主人様はなにか言いたげですが、それでもガラフを殺す気は失せた様子が見て取れ、媚びた作り笑いの裏で、私は密かに胸を撫で下ろしつつ、同時に手詰まりを感じます。
「そうですよー、子羊なんてご馳走めったに食べれませんよー、これ以上だと鹿肉くらいしかないですよー?」
そう、冬の時期だから子羊の肉という贅沢な品を出せたのに、それでもご主人様が納得出来ないとなると、あとは鹿肉くらいしか出せる物がないのです。
しかし森の遠い我が街では、鹿肉は手に入れるのが難しく、そう簡単には用意することが出来ませんから、厳しい要求をご主人様に突き付けられた事になります。
「ふーん、まぁそういう事なら、やっぱモンスターぶっ殺してケーケンチ稼ぐしかねーな。そしたらこんなクッサイ飯食うのも終わりだし、モンスターにケーケンチ無かったら、帝国兵殺して稼げばいいしな」
私が明日の食事の内容に頭を痛めていると、納得出来ないご主人様は、相変わらず恐ろしい好き勝手な言葉を語りかけてきますから、私は帝国の将兵を危険に晒さない為に、敢えて魔物退治という言葉を使って肯定します。
「そうですね、モンスター退治して美味しいご飯食べれた幸せです―! はやくご主人様の世界のごはんが食べたいですー、きっとお肉とか美味しんでしょうねー」
些細な事で人を殺そうとするご主人様、そのあまりに物騒な思考の方向を変えるため、私は食事の方向へ話題を戻します。
「まぁ肉はこっちと違って美味いぞ、ちゅーか、こっちの肉ってさ、牛は牛で筋ばっかりだし、鳥って言ったら、今度はそこら辺飛んでるの持ってくるし、ここ世界の連中はマジ土人だよなぁ」
ご主人様にそう言われても、家畜は基本的に卵や乳を得たりするために育てます。
特に大型の家畜は豚や羊と比べれば餌の確保が大変ですし、用途も労役や乳を取るために飼育していますし、肉など年老いたもの以外は食べませんから、その肉が固いのは当然です。
「えー?牛さんは畑仕事に使ったり、お乳を取るのが普通ですし、牛さんはあんまり食べませんよー?」
さらに肉のために育てるなら、羊や山羊なら乳だけでなく、毛糸も取れる上、牛や馬に比べ餌も少なくて済みますから、村の限られた人手や資源で言えば、そちらの方が好まれるのは当然と思うですが、どうやらご主人様の中では少し違うようで、大げさに首を振ってから私の発言を否定し始めます。
「だ~か~ら~、そういう考えが土人だって言ってるんだよ! んなもんは森を切り開いて牧草地でも作ったり、畑で家畜用の餌を作って育てりゃいいんだ、そうやって肉用の牛を作れば美味いのが食えるんだ、そんな簡単な事を理解できないから帝国は糞なんだよ」
森を切り刻んで墾いた地に、人の食料を育てず家畜の餌を育てるというご主人様の言葉は、どのように考えても愚者の知恵としかいえません。
ですが、違う世界ではこちらとは違う特別な方法があるのかもしれませんから、念の為に確認をするため、あえて惚けた声と顔で小首を傾げながら尋ねます。
「えっとですねー、森を大事にしないと大変なことになるって、メリーのおばあちゃんが言ってましたけど、ご主人様の世界はちがったんですか~?」
淡い期待を込め念のため確認をした私の言葉に、得意げなご主人様は相変わらず醜い笑顔を浮かべて話を続けます。
「あ~、どの世界でも年寄りってのは、やっぱ本当に馬鹿だな―。いいかメリー、自然なんてのは人間のためにあるし、ほっとくと虫が湧いて人間様の迷惑になるから、自然てのは人間の手で管理するんだよ。そんな当たり前の事を理解できないから、この世界の飯は不味いんだよ」
「うー、自然を管理ですかー? なんだかとっても大変そうですね―」
蜜を吸う虫達は草木が実りをつけるのに協力していますし、地を這う虫だって枯れ葉を地に戻してくれいるし、小鳥や小さな動物の餌にもなっています。
森の虫達は全て害悪などではなく、それぞれの役割を果たしていますから、森の仕組が必要不可欠な存在ですし、森の生き物は自然と寄り添って生きています。
こうして恵みを与えてくれる森の懐を、人は不用意に弄っていけないし、必要以上に奪ってはならないのですが、そんな自然への敬意など欠片も持っていないような事をご主人様は語り始めます。
「んなことねーって、まずはマホーで森を焼き払ってな、そこにじゃがいも、とうもろこし、あとダイズ辺りを取り寄せて育てる。んで、そいつを餌にして家畜を育てりゃ、こっちでもまともな肉が食える、だからメリーのばーさんが言ってたことは間違いだ」
「そうなんですかー、おばーちゃん間違えてたんですね―」
ああ……、予想通りその口が語る言葉は知識も重みもありませんでしたね、相変わらず汚物は異界の神から与えられた借り物を、己の力だと自慢したいだけのようです。
「うむ、これが俺の世界のやり方だからさ、俺が新しいやり方をチシキチート的に広めてやるしかないな!」
相変わらず気持ち悪いご主人様の得意気な顔と、森を必要以上に切り刻むという思い上がりも甚だしい内容に頭を痛めつつも、作り笑いを浮かべて褒め称えます。
「わーご主人様、すごいですねー」
「ぐふふ、もっとほめてもええんやで」
目の前の破壊者は、心のこもっていない賛辞でも気持ちが良いらしく、醜い笑顔を浮かべ胸を張っているので、私の仕方なく適当に褒めているふりをします。
「あはは~、すごいすごいー」
「ぐふふ、それほどでもあるぞ! 俺はテンサイでサイキョーだし、サンギョーカクメーを起こすため、俺はここに来たんだ!」
過去に滅んだ王国の支配者が好んだ言葉、『サンギョウカクメー』という禁忌の言葉を使う汚物に、世界を渡してはならないと、私は改めて思いますが、奴隷である私が、そんな言葉を知っているのは不味いと惚けます。
「えっと、サンギョーカクメーってなんですか?」
忌まわしい歴史の残滓に私が反応を示すと、ご主人様は待ってたとばかりに得意げな顔で語り出します。
「ああ、サンギョーカクメーってのはな、原始的な生活に終止符を打つ冴えたやり方ってやつでな、まず食料のゾーサンのために農地を広げるんだ」
ご主人様の語る内容は、大昔に自らを世界の支配者だと思い上がった愚か者、不毛の地を作った異界の王の言葉と同じ様ですが、確認のために黙って聞きます。
「んで、広い農地を作ったら、今度は農業も人間の力を使うんじゃなくて、もっと色んな方法で管理するんだよ、そうやって余った人間で新しいサンギョーを作って豊かにするってのが、サンギョーカクメーだ」
やはりご主人様の語る言葉は、国中の森を切り開き、国土の全てを不毛の大地に変えた異界の王と同じですから、これ以上なにを聞いても無駄ですし、過去の愚者が行った政策を再び行わせない様、まずは私がご主人様の寵愛を得て、その行動を遅らせるように操るしかありません。
「う~、ご主人様の言っていること難しくてよくわからないです~、だからもうお風呂入りましょうよ~」
だとしたら、こんな下らない話を聞くよりも、汚物を少しでも綺麗にした方が時間を有効に使えますし、この饐えた獣臭も少しはマシになるでしょうから、解らない振りをして話を切り上げてしまいます。
「あ~、そうだよな~、やっぱメリーには難しかったか~。まぁチシキチートが分からんのは仕方ないよなー。んじゃさっさと風呂行くかぁ」
少しばかり強引かなと思いましたが、ご主人様は私を馬鹿だと疑っていない様で、あっさり話題の誘導に乗ってくれるのは助かりましたので、ここは素直に喜んでおきましょう。
「わーい、おふろだー、うれしいなー!」
「ぐふふ……、幼女と風呂とか、胸と股間が膨らむシチュだなぁ……」
だからご主人様の舐めまわす下衆な視線、その下品で粘着質な発言など、馬鹿な奴隷の小娘は全て知らないし、聞こえないんです。
「おっふろ~、おっふろ~、ご主人様っとおっふろ~」
そうして私は酷い異臭のする汚物を洗うため、田舎貴族である我が家の数少ない自慢、祖父が見つけた温泉へと、軽い足取りで暗い心をごまかして向かうのでした。




