奴隷ちゃんはおねだりをしたいの巻。
ご主人様が大人しく寝てくれたのは良かったのですが、私の身体は抱き枕として扱われた為、獣臭のする寝汗の染み込んだ服は肌に張り付き、垂れ流された涎のせいで髪の毛がベタベタしますから私は早く湯浴みがしたいです。
「うーん、やっぱ寝て起きたら腹がへるよなぁ」
「じゃあ、まずはご飯ですね―」
が、この獣以下の生き物は、お昼にあれだけ食べたにも関わらずお腹が空いたというので、先に食事になることでしょうね。
「あのジジィだし期待が薄いだろうが、晩飯はマシだといいんだがなぁ……」
「あはは~、きっと美味しいのが出てきますよ―」
口ではそう言いながら、頭の中では先程ご主人様から聞き出したマヨネーズの詳細を、ガラフに伝えれなかったのを悔やんでいます。
「そうかぁ?まぁメリーたちには美味いのかもしれんが、やっぱ飯に関してはさ、元の世界の方が良かったから、あんま期待出来んのだよなぁ……」
「やっぱりご主人様って、健啖なのに美食家ですごいですね、他にはどんな美味しいものをしってるんですかー?」
概要はアリサが伝えてくれていると思いますが、詳しい話も流しておけば再現も可能かもしれませんし、香草の類が苦手というのも分かれば、何か他の方法で肉の臭みを誤魔化す方法もあるかもしれませんから、今は出来るだけ色んな情報を引き出すことに専念しておこうと思います。
「そりゃやっぱミソとショーユだな、アレが有るのと無いのでは料理の幅が変わるからな」
「ミソ? ショーユ? また知らない名前ですー」
やはり異界には、私達の世界以上の食文化があるのは認めなければいけませんし、どこかでご主人様から離れる隙を見つけたり、アリサを通じて情報をガラフに伝えて、少しでも再現を狙うしかないでしょう。
「うむ、ミソとショーユだ、特にショーユはなにかけても飯が旨くなる最強の調味料だ」
「あ~そうそう、今聞くとお腹が空きそうなので、ご飯食べながら教えてくれると嬉しいです~」
今聞いたミソと言うのは分かりませんが、ショーユの方は響きや使われ方から推測すると、もしかしたら古くから南方で作られている魚醤、そう呼ばれている調味料に似たものかもしれません。
あれは独特の匂いがありますけど、どんな料理にかけても味に深みを与えるそうで、南方人は好んで使うと聞いたことがありますし、我が家の所領でも南方からわざわざ取り寄せると者がいると、出入りの商人から聞いたことがあります。
「おう、メリーが聞きたいなら教えてやるさ。つか、考えたら一年近くこのまずい飯で耐えてきたんだな、やっぱ俺の精神力ってマジでアダマンタイト級にスゲーと思うわ」
また良くわからない単語が出てきましたが、きっと凄い何かなのでしょうし、ここは素直に凄いですねと褒めてやればいいのでしょうね。
「一年も口にあわないご飯で我慢できるのって、やっぱりご主人様の精神力は凄いです~」
「ぐふふ、それほどでもあるからもっと褒めてもええんやで? その努力が実ってスキルツリーに取り寄せ魔法が出てきたんだろうし、早く帝国の兵士を殺しまくって、とっとと取り寄せ魔法覚えたいわ……」
少し食事が口に合わない程度のことで、大量虐殺をすると宣言する精神が凄く酷いと思いますが、何かを殺せばご主人様の力が上がるのなら、この厄災が連れてきた副産物である魔物と共食いでもして欲しいものだと頭で考えた瞬間、私は閃きます。
これなら大虐殺を止める事が出来る上、大きな問題になっている魔物の被害を減らせると。
そうして閃いた考えを実行に移す為、私は不審がられない理由をいくつか考えつつ、ご主人様を誘導する言葉を口にします。
「えっと、ちょっと気になったんですけど、ご主人様のれべる?っていうのは、魔物をやっつけたら上がらないのですか?」
「ん~どうだろな、こっちに来てから一年位いくつか村回って過ごしたが、俺はモンスターなんて一回も見なかったから、ショージキ分からんってのが返事だな」
原因であるご主人様の側には魔物は沸かないようですが、この厄災が滅ぼした村から魔物が湧いて数を増やしていると生前に父が言っていました。
その被害はまるで壊れた堤から水が溢れ出すように急速に広がって、増えた魔物たちは洞窟や森、古い遺跡や遺構などを支配しており、大きな軍ではどうしても狭い場所での討伐が難しく、後手に回っているとも聞きました。
「えぇ~? ご主人様は魔物を見たこと無いんですか?メリーは魔物を見たことあって、すっごく怖いです……」
成る可く憐憫を誘うように振る舞いながら、少しでもやる気を出してくれないかと演技をしますが、相変わらず人の気持ちを理解できない化け物は面倒くさそうに返事をしますが、祖先が作り上げた街を魔物の巣にする訳には行かないので、少しでも被害を減らす方向へ誘導しようと、必死に理由を考えて会話を続けます。
「うーむ……、そうは言っても俺にモンスターの被害が全くないし、探すのがだるいから、やっぱ放置でいいかな」
えぇ……、これが物語の英雄のように動いてくれるなんてあり得ない、そう私だって分かってましたよ。
「でもメリーは魔物に襲われて家族を亡くして、凄く怖い目にあったので、出来れば強いご主人様に魔物を倒してほしいなって思います……」
目の前にいるご主人様が私の家族を殺したのだし、せめて自分が持ち込んだ厄介事の始末をして欲しいと願いを口にしますが、ご主人様は非常に面倒くさそうな顔をしながら口を開きます。
「うーむ、そうは言ってもな、正義である俺を嫌ってアホみたいに帝国が攻撃してくるから、下手に怪我してもいかんし、やっぱモンスター殺すより帝国兵の方が効率的だし、無理にやる理由がないんだよなぁ」
この災害がこの程度で動いてくれるなら、皆も苦労もしなかったでしょうし、もしこの程度の言葉で人の気持ちを理解してくれるなら、私の家族が皆殺しになることだって無かったのですから、本当に答は、予想通りです。
それでも私の理性は感情に追いつかず、ご主人様への怒りで思わず叫びそうになった時、呼び鈴の音を聞いたアリサのドアを叩く音が、私の頭に冷水を掛けるように響きます。
「旦那様、お食事と浴場の準備が整いました。どちらを先にお望みでしょうか?」
「お~、いいねいいね、この世界って飯は不味いけど、風呂はちゃんとあるからいいよな、んじゃまずは飯で頼むわ」
「畏まりました、私は部屋の外でお待ちしておりますので、旦那様のご支度が出来次第、食堂へご案内致します」
本当に危なかった、アリサが来てくれなかったらと、私は激高しそうになった自分の過ちに気が付いて、恐怖を覚えて震えを覚えます。
一時の感情に感情に操られ、あそこでもしも思ったことを口走ってしまっていたら、私の計画を信じてくれた人を、未来を繋ぐために演技をしてくれた全ての人々の献身を、私を支えてくれた全てを裏切る事になっていたのだと、ここで漸く気が付きました。
あの程度の事は今までもあったし、ここまでずっと我慢してきたのにどうしてと、自らの我慢弱さが悔しくて、貴族の誇りを忘れた自分が情けなくて、思わず涙が零れそうになります。
「メリー飯だってさ、って、どうしたんだメリー?」
苦い後悔が広がって行くのに身を任せたせいで、ご主人様がなにかを言ってるのに気付くのが遅れてしまい、私は肩を乱暴に揺さぶられます。
「え……、あっ、ごめんさない」
声を掛けられた事に気付くのが遅れ、奇妙な返事をする私に対し、ご主人様の濁った瞳は、疑いの視線を向けてくるのを感じます。
「いや……、別にいいけどさ……。さっきからなんか変だぞ、急に魔物の話をしたりしてさ……」
責めるような疑念の言葉を耳にして、私の心の心中には後悔に変わって心に焦りが湧きますが、自らが引き起こした失態で招いた危機なので、今の私を救ってくれる者はどこにも居ません。
だったら己の行動だけで何とかするしか無い、そう覚悟を決めて、私はもう一度目の前の化け物を転がす術を考えます。
「ごめんなさい……、私の家族は魔物に殺されたので、もしかしてまた襲われるんじゃないかって怖くなって……」
「大丈夫だ安心しろ、俺の側にいれば魔物は沸かないし、仮に湧いても直ぐに殺してやるよ」
ここまでは予想通りの返事が来ましたが、私がここでもう一歩踏み込まないと、ご主人様を上手く魔物にぶつける機会が来ないかもしれないので、必死になって考えます。
「メリーはご主人様が助けえてくれたのがすっごい嬉しかったので、ご主人様が魔物を倒したらね、きっとアリサさんや他の人も、きっとご主人様に感謝してくれると思うのです」
「まぁ、確かにそうかもしれんが……」
ご主人様の態度が少し固い……、やはり急に馬鹿だと思っていた相手が、急に賢しい事を言い出したので訝しんでいるのでしょう。
ですが今は多少強引でも通さねばならない所、ここ敢えて良い事を思いついたとばかりに言い切るしかありません。
「でね、やっぱりご主人様がいくら強くって、優しい人でもね、きっと他の人には未だ分からないと思うので、身近で怖い魔物退治をしてくれる優しくて強い人の言うことなら、皆もっと素直に聞いてくれると思うのです」
私の発言を聞いたご主人様は、暫く虚空に視線を泳がせながら何かを考えつつも、ゆっくりと口を開いて会話を続けます。
「あ~、確かに貴族に支配されてる奴って、貴族マンセー思考だだから、俺がいちいち教えていくより、そうやって伝言ゲームで世論を変えて行く方が楽かもしれんなぁ……」
こうした発言を聞く限り、やはりご主人様は民の感情は理解出来なくとも、その動かし方を知っているような節が見られますので、何かしらの高度な教育を受けているのだと思います。
ただの馬鹿ではない、変に知恵のある者の扱いというのは非常に厄介ですが、今回の話は案外すんなり通りそうな雰囲気もあって、私は心のなかで手応えを感じながら返事を待ちます。
「ん~、色々そっちの方が都合良さそうだしやってみるけどさ、メリーって結構地頭はいいのかもしれんな、可愛くて従順で閃きのあるドレーとかいい拾い物したわ」
弛んだ頬を歪に引き攣らせて笑いながら告げられた発言は、まさに私が狙っていた発言そのものでしたから、私は本当に嬉しくなってご主人様の腹の肉に飛び込みます。
「わーい、ご主人様に褒められてメリーはうれしーですー」
「俺もうれしーぞ~、明日から魔物退治で忙しくなるし、今日は飯食ってゆっくり風呂に入るぞ―」
「お風呂にゆっくり入るぞ―、あはは~」
こうして私は自らの失態をなんとか挽回し、未来をどうにか繋いた事が出来たと、獣臭い布に包まれながら安堵の溜息をそっと漏らしたのでした。




