奴隷ちゃんのおひるねタイムの巻。
貴族の食事が不味いという、とても舌の肥えた贅沢なご主人様は、腹が満たされた後は昼寝を望む辺り、怠惰な性格で有るのは間違いないですが、精勤な破壊者ではないと言うのは、滅ぼされる側の私達にとって救いですので、好ましい性格と言えます。
「旦那様、寝室の準備が整いましたので、ご案内いたします」
「はいよー。有能な侍女ってのはいいんだが、やっぱ異世界に来たんだし、ミニスカメイド服が欲しいよなぁ……」
この汚物は、どれだけ私達を辱めて楽しみたいのでしょうか、私だけではなくアリサにもメイド服なる足を曝け出す格好を強要したいと考えているようです。
「旦那様がお望みでしたら、如何様な服でも喜んで。侍女として主である方の為に尽くす事こそ、私の生き甲斐でございます……」
アリサの言葉は私に向けての言葉でしょうが、ご主人様は自らに言われたと喜んでいるらしく、再び上機嫌になって鼻息を荒くします。
「キタァーーーー!やっぱ異世界最高だな、俺はあんな糞なリアルじゃなくって、こういう世界を望んでたし、俺を間違って殺した神様にマジ感謝だぜ!」
「ご主人様がいい気分になってるとメリーも嬉しいです―。じゃあ~、今度はゆっくりお昼寝しましょ―」
ご主人様が寝てくれれば、私は得た情報を纏めたり、上手くいけばアリサと情報共有が出来るはずなので、できればさっさと寝て欲しいと思っていますから、出来れば寝付きが良いとより嬉しいですね。
「ぐふふふー、メリーには俺の抱き枕の仕事を与えよう!」
「わーい、メリーは寝ててもご主人様と一緒ですね―、うれしーなー」
どうやらアリサとの情報交換は暫く先になりそうですが、少なくとも今までの話を纏める時間は作ることが出来そうです。
「ではこちらです……」
こうして私達は、アリサの先導で客室へと連れて行かれます。
「お、結構でかいベッドじゃん、俺って体が逞しいからさ、やっぱデカイベッドじゃないとよく寝れないんだな」
「ご主人様って、凄く大きいですもんねー、これなら私と一緒に寝ても平気です―」
この汚物の場合は、逞しいと言うよりは横に広いだけですが、そんなことは言えませんからしょうが無いので乗っておきます。
「メリー、今言ったのをもう一回言ってくれるか?」
「えっ?一緒に寝ても平気……」
「違う、その前だ!」
一瞬何か失言したのかと焦りますが、鼻を広げて興奮している辺り、きっとまた何か碌でもない事でも考えているのだと思います。
なら、ここは敢えて媚を売って言う方が良さげなので媚を売りましょう。
「ご主人様……、凄く大きいです」
「ぐふッ……、よ、幼女に『ご主人様大きい』なんて言われると、頭の中がフットーしそうダァッーーーー!」
何だかよく分かりませんが、非常に気持ち悪い動きでベッドの中に飛び込んでいくご主人様。
飛び込んだ衝撃で体中の脂肪が波打って、見ているだけで凄く気持ち悪いですが、私は抱き枕らしいので、仕方なくベッドの中に飛び込んでいきます。
「あ~、ご主人様ずるいです―、メリーも飛び込みますよ―」
ベッドに飛び込むなど実に端ない事ですが、下手に動いて疑われるのも厄介なので、思い切って飛び込んでみます。
「ぶふー、メリーを捕まえた―」
「あーん、ご主人様に捕まえられちゃいました―、ふふふっ」
幼い子供の戯れのように私が嬉しそうに笑ってみせると、ご主人様の手が私を拘束するように腰に巻き付いてきて、お尻の辺りに何か小さな硬いものを押しつけられてしまいす。
「やっぱメリーは可愛いなぁ、俺こういうシュチュに憧れたんだよなぁ、サンジは糞だからうちの妹はゴミだったし、こう言う遊びとかしたことなかったんだよね―」
「そうなんですかー、メリーもこんな遊びした事ないから一緒ですね―」
こんな風にベッドを扱ったら、下働きの者の仕事増しますし、やるのはきっと小さな子供くらいでしょうし、私がこんなことをしたらきっと母やアリサに怒られていたと思いますから、物心付いてからやった覚え無いですから、妹さんはきっとご主人様と違って、分別があったのだと思います。
「こういうのいいよなぁ、ホント俺、異世界に来てよかったよ……」
「ふふ、メリーもご主人様に出会えて幸せです……」
心にもない台詞を言いながら、私はご主人様が寝るのを待っていますが、思ったより早く寝てくれそうですので助かります。
「あ~、メリーが暖かくて、眠くなってきたぁ……」
「はい、おやすみなさいご主人様……」
ご主人様が漸く寝てくれると思うと、自然と笑顔が浮かびますが完全に寝るまでは気が抜けませんので、演技を続行してゆきます。
「では、私は失礼致します、なにか御用があればサイドテーブルの呼び鈴でお呼びください」
「あいよぅ、んじゃおやすみぃ……」
そうしてアリサが一礼して出て行く頃には、ご主人様は既に夢の世界の住民になったようで、煩い寝息を私の後頭部にぶつけ始めました。
こんな恐ろしい化け物に囚われていれば、眠気など来るはずもないので、ゆっくりと今まで得た情報を纏める時間に充てる事にします。
まず、今までの話を総合して考えると、この汚物は異界の神によって、私達の世界へと送り込まれたのは予想できましたし、それはほぼ確定と言っていいでしょう。
私の建てた予想を証明する術はありませんが、少なくともその仮説を支えるだけの傍証はあります。
例えば、世界渡りの秘術を持った魔王、異界の魔剣や魔物の伝承、異界から来たという残虐王のお伽話など、別の世界やそこに住む存在を告げる話などが、今の状況とよく似ているからです
こうした異界の者がこちらに来る話は、そこまで身近な話とまで言えませんが、少なくとも子供の頃に幾つか聞きましたし、その言葉が真実であるとは思います。
そうしたお伽話がなぜ残ったのかといえば、異界から来た世界に災いを齎す存在が過去にいて、それが何度もあったから、皆に教訓を残すためお伽話として残ったのだと、今の私なら理解できますし、何故悪意のある存在に力を与える理由も、なんとなくですが予想が出来ました。
きっと異界の神は、自らの管理する世界に生まれた悪意を追放する事で、世界を正常に保っていて、そのゴミ捨て場に選ばれたのが私達の世界なのでしょう。
そうでなければ、こんなに多くの異界からの厄介な贈り物が届くはずがありません。
きっと、送り主の異界の神は、私達の世界が滅ぶ事などどうでも良いと思っているし、送りつけた者が間違っても元の世界に帰りたくないと思わせる為、世界の支配者に成れる様に敢えて強力な力を与えて、欲望を開放するように仕向けているのだと思います。
少なくともこう考えないと、人智を超えた力をご主人様のような者に与える理由が何処にも無いので、きっと異界の神はこちらに住む私達の事など何とも思っていないのだと思います。
この事に気付いたのは食事で、仮に毎日の食事が不満だったり苦痛な物なのなら、きっと人は直ぐにでも帰りたいと思う筈ですが、ご主人様の言葉を鵜呑みすると、原理は良く分からないですが、好物をこちらに取り寄せる事が出来るようです。
こうして不満に思うことを人外の力で消していけば、目の前に居る矮小な心しか持っていない人間のクズは、好き勝手に世界を支配出来る力を持っているのですから、敢えて帰りたいと考えることはないでしょう。
非常に身勝手極まる嫌らしい考え方ですが、私達だって籠の中で腐ってしまった果実は捨ててしまうし、神にとって世界というかごの中で腐ったご主人様という果実が、世界という籠にある他の人間を腐らせる前に、世界から隔離するのは必然な考えだと思います。
ですが、何故、異界の神は私達の世界をゴミ捨場に選んだのでしょうか、私はそれだけが解らないし、分かりたくないと、届くはずもない異界の神に、怒りを覚える虚しい感情を胸に抱き、煩いイビキに耐える時間を過ごしてゆきます。
そうして私の感情などつゆも知らぬであろうご主人様は、そのまま日の沈む頃まで寝続け、何もして居らずとも空腹を覚えるらしく、夜の帳が降り始めた頃にやってようやく動き始めました。
「う~ん、良く寝たなぁ……、おはようメリー」
「あは、もう夜なのでおそようですよご主人様―」
ずっと抱き巻き枕にされた私の気も知らず、嬉しそうに寝起きの挨拶をする汚物に、私はせめて髪にたらされた涎の分だけの嫌味を込め、媚びた笑顔で寝起きの挨拶を返しつつ、ベッドから静かに降りて、アリサを呼ぶために鈴に手を伸ばしたのでした。




