奴隷ちゃんご主人様とご飯を食べるの巻。
二度と会うことはないと思ったアリサ、そのアリサから再び捧げられた忠誠の言葉。
貴族という後ろ盾を亡くし、己の身すら災害に囚われた小娘の私が、どうやってアリサの挺身に応えればいいのかすらも解らず、たた目の前に給仕された食事を逃避するかのように口に詰め込みます。
「ん~、ナイフとか一杯あってメリーにはよくわからないです―」
今の私はドレーの身分、ご主人様がナイフとフォークを使わない以上、私も同じようにするしかありませんし、テーブルマナーを見られて貴族とバレる訳にも行きません。
その為、テーブルマナーはおろか、ナイフやフォークなども使えない演技をしなければならず、料理を素手で掴んで食事をしているので、時々服が汚れそうになり嫌な気持ちになります。
そんな私の気持ちなど知らないご主人様は、骨付きの肉を両手に握り、まるで山賊のように食らっています。
「飯ってのは食いたいように食えば良いんだよ、無駄にお行儀よくマナーとか気にして食ってたら疲れるし、そんなもモンは偉ぶりたい馬鹿がさ、お上品に見せるため考えたクソみたいなもんだ」
「メリーは奴隷だからマナーは良くわからないですけど、素手じゃスープは食べられませんよ―?」
「んなもん、皿を口にもってけばいいじゃん、メリーはやっぱりおバカさんだなぁ」
そう言って一気にスープを啜って飲む姿は、ご主人様の顔の醜さもあって、まるで物語に出てくるオークの食事風景にしか見えず、元から無かった食欲が一気になくなっていくのを感じます。
偉ぶるための行動という口で、綺麗に並べられた食事を獣のように食い散らかす様は、給仕を受けるというより、家畜が給餌を受けて居るような醜さが有りますし、自身が醜く食い散らかす様を、見ている者がどう思うかなど家畜に劣る者には理解できないのでしょう。
「つか、やっぱこの世界のメシはあんまうまくねー、まぁそれでも此方の方が田舎の飯よりマシだけど、変な草の味がするし、ケチャップかマヨネーズ、せめてソースくらいねーのか?」
恐らく草の味とは臭み消しの香草のことだと思いますけど、相変わらず見た事がない異界の物を言われても理解できない部分が多く、話の流れから調味料の類と理解出来るのですが、名前だけでは肝心の味など想像すら付きません。
私より料理に詳しいアリサも私と同じようで、少しだけ考えた後にご主人様へ向かって質問を投げかけます。
「申し訳ありません、旦那様がおっしゃられたソースと言うのは、鹿肉に掛かっているソース以外のものでしょうか? それとケチャップとマヨネーズというのは、浅学な私では耳にした事のない物でございますので、名前だけではどのようなものか想像も及びません」
「あ~、ケチャップてのはトマトっていう甘酸っぱい野菜を使った調味料で、マヨネーズってのは卵と油と酢で作ったやつだ、どっちも俺の好物、んで、ソースってのは……、えっと、どうやって作るんだっけか? まぁいいや、そいつはしょっぱくて酸っぱいやつだな」
要するに味が気に入らないから、何かを掛けて食べたいと言ってるように感じますから、塩や砂糖、お酢やなどを持ってくれば良いのかと思いますし、どうやらアリサも同じ結論だったようです。
「では、なにか味を変える調味料を用意いたしましょうか?」
「あー、頼むわ。まぁ次のレベルアップであっちの物を召喚するしか無いかー、こんなゴミみたいな糞不味い食事がずっとだと、やっぱ我慢できない気がするなぁ……」
田舎の貴族家と言えどディナーで十分に豪華な物、その食事をゴミなどと言って納得出来ないと言うのなら、ご主人様は随分と舌が肥えているのでしょうし、その我儘な舌を満足させた異界の食事を、とても恨めしく思います。
普通の人間であれば、これ以上の食事を用意しろと言われても、時間さえあれば何とかする手段も考え付きますが、目の前に居るのは堪え性のない災害です。
ここの食事に満足できないと知った以上は、我が家の領地よりも大きな街を襲うでしょうから、何とか引き止める手段を考えなければ、無闇に被害が広がる可能性が出てきます。
「ご主人様―、マヨネーズってどんなのですか?メリー、マヨネーズていうのを食べてみたいです―」
先ほど聞いた内容では、ケチャップとソースというものは、語られた材料すらよく分かりませんしが、製作方法さえわかればマヨネーズというものなら、どうにか似たようなものを作れるかもしれないと、私は藁にも縋る思いでご主人様に訊ねます。
「ん~、俺もよくはしらんが、確か生卵の黄身と植物油を混ぜて、そこに塩と酢を入れて混ぜると出来るんだっけかな? まぁ次の街で貴族の兵隊ぶっ殺したらレベル上がるだろうし、そん時になったら取り寄せ魔法を取得するし、そん時を楽しみにしてればいいさ」
私は虐殺をされたくないから聞いてるので、その物騒な物言いに様々な事を考えますが、やはり食事が合わないと言われると、止める手立てを思いつくことが出来ません。
「ま、とりあえずさっさと貴族ぶっ殺して沢山経験値ゲットして、豊かな生活を目指さないとな! いやー、うまい飯がかかってると思うと、やっぱやる気が出てくるわ~」
暫くの間、私は大好きなガラフの料理の味を全く楽しめないまま、汚物が食事を貪る様を見つめて過ごし、何か良い解決案が無いかと考えながら、早々に食事を終わらせてしまいます。
「ぐふー、村と違って量だけはあったからとりあえず満足したわ。でもパンも肉も固いし、何食っても変な草の臭がすんのはアカンわ。あのジジィ真面目に仕事してねーみたいだし、やっぱぶっ殺したほうがいいのかねぇ?」
「ん~、でもでも、メリーはご飯とってもおいしかったですよ―?きっとご主人様の世界が凄いからじゃないですか?」
食事が口に合わないから殺すなど、まるでおとぎ話の残虐王の様な発言に頭が痛くなりますが、それでもマヨネーズを作れそうなガラフを、簡単に殺される訳には行きませんので、私は精一杯のフォローを入れておきます。
「ん~、まぁメリーがそう言うなら許してやるか~、っていうか飯食ったら眠くなってきたし、ちょっと寝るかなぁ~」
餌を食べたらすぐに寝る、まさに家畜のような考えだと感じますが、それでも大人しくしてくれるのであれば文句はありませんし、その怠惰極まる言葉を受けて、アリサが声を掛けてくれました。
「では、私は旦那様用の寝室を用意してまいりますので、メリー様と食後のお茶などをお楽しみになってお待ちください」
「あいよー、メシは不味かったけど、お菓子とお茶はまぁまぁいい感じだし、のんびりアリサが来るのを待ってるわ」
アリサの後ろ姿……、その形の良いお尻を目ねつける姿は醜悪ですが、今のところ目立った被害もないので、私はこのご主人様に余計なことに興味を持たせぬよう、私は茶器に手を伸ばします。
「じゃあ、メリーがご主人様のお茶を入れますね~、前の所でお茶の淹れ方は教えてもらったので、ちゃんと入れることが出来ますから、ちゃん味わってくださいね―」
我が家の領地でとれた最高級の茶葉を家畜に飲ませるのは悔しいし、できれば思い切り熱いお茶を淹れて、口の中を思い切り火傷をさせてやりたいですが、それで他所に行かれるのは本位でないので、仕方なく丁度良い温度のお茶を用意します。
「おー、中々上手じゃないか、お馬鹿なメリーの意外な特技だな、んじゃ、これからはメリーに毎日お茶を入れてもらおうかな?」
「はいっ!メリーはご主人様が望まれるのでしたら、毎日ご主人様にお茶を淹れますよ―」
全く褒める気が無いとしか言えない褒め言葉を聞いて、貴族の子女としての嗜みをこんなご主人様に披露する自分を情けなく感じますが、それでも使えるものはなんでも使い、少しでも被害を減らそうと、午後の暖かな日差しの中で私は決意を新たにするのでした。




