第24話 ルシファーとの 一騎打ちが 始まったよ
「ぼるるるるるるるるるるる!!」
ルシファーの身体がくるくると独楽のように回転する。やがて姿は見えずぼやけてきた。周りは煙が立ちあがり、風圧で目を開けていられなくなる。もっともリバスと悪魔アスモデウスにとって意味のないことだ。
やがて回転が終わると、ルシファーの姿が現れた。
それは真っ白い獅子の頭部をかたどったものであった。背中には白い羽が生えている。両腕には猛禽類のように鋭い爪が伸びていた。
「さぁて、喜頓よ。ひさしぶりにお父さんと遊ぼうではないか」
ルシファーはリバスに対して挑発した。彼の体はリバスこと大安喜頓の父親である、大安喜一の体に憑依しているのだ。
天使は死体に憑依し、そいつの頭から情報を抜き取り、人間として新たに生まれ変わるのである。
悪魔も似たようなものだ。
「うらうらうらうらうらーーー!!」
リバスは抱き着こうとして来た。ルシファーはあっさりと抱かれる。リバスは優しく腰をなでなでした。
だがルシファーは身体を独楽のように回転させる。そのためリバスは回転により身体が焼かれるが、ダメージにはならない。逆にルシファーもリバスに傷つけられたため、無傷だ。
ルシファーはどじょうのようににょろにょろと体をねじり、リバスから脱出した。
そして両腕を組みながら床に着地する。
「だめだめ。そんな単純な方法だとすぐに逃げられるぞ。私はお前を甘く躾けた覚えはないのだがなぁ」
ルシファーは注意するが、リバスには聴こえていないはずだ。だがリバスはプルプルと震えている。もしかしたら聴こえているのかもしれない。リバスはこの世の理から裏返った存在だ。すべての五感は遮断されるが、代わりに相手の魂の温度を色で見ることができる。蛇が備えるピット器官みたいなものだ。そして音の振動で相手の声を理解することができる。
喜頓は何度もリバスに変身し、死闘を繰り広げてきた。先代のリバスである水谷主水警視総監は現在盲聾唖らしいが、テレパシーで人の心が読めるし、世界のすべてを見ることができるという。リバスもその域に達しているのかもしれない。
「ゆったりする時間はないぞ。超腐魂弾の発射準備は整っている。あと三分で発射可能だ。そうなれば月にある魔界は崩壊し、死んだ人間の魂は浄化できなくなる。人間はゆっくりと腐って死んでいくんだ。天使も同じさ。食中毒になり死に絶える。お前は世界の命運をその手に握っているのだ。その自覚がないのかね?」
東京タワーの展望台の外では、オレンジ色のバレーボール大の玉が光を放って浮かんでいた。
これが超腐魂弾だ。それが月に向かって空気の管が伸びている。これが世界中の魂を吸い取り、魔界に送るのだろう。
「ルシファー!! あなたはなんで世界を滅ぼそうとするのよ!! そりゃあ天使や悪魔にとって人間は馬鹿だけど、おいしい食事に娯楽を提供してくれる素晴らしい存在なのよ!! それを滅ぼすなんて神が許すと思っているの!!」
「神は関係ないさ。それに人間はSNSのせいで将来に不安を抱き苦しんでいる。昔は生きるために必死で死は隣り合わせだった。だから人が死んでも無関心で自分の死も受け入れられた。だがSNSの発達は人々にいらない情報を与え、こざかしい人間を増やした。世界は情報に殺されかけているのだ。私はそれを解放してあげる天使なのだ。褒められるのはわかるが、非難される筋合いはない」
アスモデウスの怒りにルシファーは性根の腐ったセリフを放った。まさに傲慢を体現した男である。
「うるさい悪魔め。お前なんかこうしてやる」
ルシファーは手にした鏡をアスモデウスに向けた。鏡の逆光を全身に浴びた彼女はきゃっと叫びながら煙を上げて消えてしまう。悪魔は鏡の光を全身に浴びると消えてしまうのだ。
それを知らないリバスは小刻みに震えていた。声は聴こえないがアスモデウスの消滅を悟ったのだろう。彼の体から尋常ではない冷気が発生している。リバスの怒りが頂点に達したのだ。
「おいおい、怒りで我を見失ったか? そういうときこそ頭は冷静にしないといけないのだぞ」
先ほど悪魔を殺したというのに、この男は何でもない風にふるまっている。やはり天使は人間と違う精神を持っているのだ。
リバスは逃げ出した。ルシファーから背を向けたのである。
ルシファーはあっけにとられた。いきなり何をしているんだと思った。
だが背後から衝撃が走る。背中に柔らかい感触がした。それはリバスであった。
喜頓ではない、羽磨真千代のリバスだ。
彼女はいつの間にかルシファーのもとにやってきたのだ。そして喜頓が逃げ出したすきに、抱き着いたのである。
そして真千代リバスはルシファーに抱き着き、優しくなでた。するとルシファーの体がドロドロに溶けだしていく。
ルシファーは苦しみだして、床に倒れた。そして天使から人間に戻る。金髪の44歳くらいの美丈夫であった。
「……ふふふ、やられたよ。まさか一騎打ちではなく、許嫁がとどめを刺すとはね。やはり私の教育をしっかりと受け継いでくれたようだ」
ルシファーこと喜一の顔は満足げであった。最初からこの男はそれを望んでいたのかもしれない。
そして変身を解いた喜頓がやってきた。
「……どんな手を使ってでも相手に勝つ、それが親父の教えだよ」
「ははは、私も年を取ったようだ。お前が心配でこの世にへばりついたのだからな。利英ちゃんに輝海さん、妻三郎さんにはよろしくと伝えてくれ……」
「あんた、あなたは本当に親父なんだな……」
喜頓は天使モヤセルを思い出した。天使長ミカエルが憑依した山茶花玖子の夫である山茶花八兵衛は殺されてしまい、天使モヤセルに憑依された。
だが八兵衛の意志は残っており、モヤセルの動きを止めたのだ。
天使は死体に憑依するが、相手によっては精神が上回る場合があるようだ。
「あなたは覚えています。私が小学生のころ、私とパパとママを救ってくれた方ですね」
「佐千三さんの娘さんか、ずいぶん大きくなった、彼女の生き写しだな。君と喜頓が出会ったのは運命かもしれない。ああ、結婚式に参加できないのは残念だ」
そういって喜一は目を閉じた。その顔は安らかであった。一人残した息子が心配で天使に憑依されたが、その天使の精神を凌駕し、息子と対峙したのだ。
喜頓の目から涙が零れ落ちる。真千代は何も言わず、そっとハンカチを差し出した。
「おー喜頓!! 超腐魂弾は解除したよ!!」
その時何かが飛んできた。小さいぬいぐるみみたいなものだ。よく見るとアスモデウスをディフォルメしたようなものにみえる。
「美晴さんか!! てっきり死んだかと思ったよ!!」
「憑依した肉体は滅んだけど、精神は抜け出したから助かったのよ。あ~あ、これでバイトができなくなるわ。明日からどうしよう……」
「……親父の体に憑依はできないのか?」
喜頓が提案したが、美晴ことアスモデウスは首を横に振る。
「天使に憑依された肉体は、悪魔もそうだけど天使も憑依できなくなるのよ。それに肉体も激しく損傷しているしね。真千代の妹はエンバーミングされたから、天使が憑依できたのよ」
喜頓はそうかとつぶやいただけだ。それほど期待はしていなかった。喜一が安らかに眠ったのなら起こす必要はない。ただ父親の魂に安らぎを願いだけであった。
「喜頓さん無事ですか!!」
黒人女性がやってきた。榎本健美巡査部長である。東京タワーの下では大勢の警官が集まってきている。彼女が呼んだのだろう。
「あれ、あなたは羽磨真千代!! 指定暴力団羽磨組会長の娘ではありませんか!! なぜここにいるのですか!!」
健美が改めて真千代を見て叫んだ。笠置静夫警視のことで頭がいっぱいだったので、彼女の存在を認識していなかったのだ。
さすがのカノジョも指定暴力団の会長の娘は認識していたようである。
「私は大安喜頓くんの許嫁になったからです。ねえダーリン♪」
そう言って真千代は喜頓の左腕に抱き着いた。35歳と18歳の年の差カップルだが、真千代は年齢を感じさせない美貌を持っている。
「何を言っているのですか!! 喜頓くんは子供ですよ!! あなたはショタコンだったのですか!!」
「好きな人が年下だけです。私はショタコンじゃありませ~ん。べろべろば~」
「というかヤクザの婿入りなんて認めません!! 喜頓くんは警察官になるんですよ!! 反社会団体の仲間入りなどさせません!!」
健美と真千代がにらみ合う。健美が狼で、真千代は虎だ。二人の間に雷鳴がとどろいているように思える。
それを見た喜頓は呆れていた。アスモデウスは喜頓の右肩に止まりはしゃいでいる。
「喜頓くん、いいですねぇ。年上の女性にもてまくりですよ。どっちを選ぶんですか?」
「すぐに選択する必要はないだろう。お互いじっくりと知る必要がある。一時的な感情でくっつくのは危険だと親父から教わったよ」
「ああ、それがおかしらなんですね。納得です」
こうして天使ルシファーの野望は潰えた。しかし悪意を持つ天使が滅んだわけではない。
人間に害をなす天使はごまんといるのだ。リバスの活躍がなくなるわけではない。
人生の終わりは息絶えるまでだ! それがリバスなのだ!!
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次回で最終回です。




