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【電子書籍3巻完結】鈍感な王妃と不器用な国王  作者: 星影さき
電子書籍化記念の番外編 
97/100

王妃殿下との日常

「ねぇ、マリノ! あれ何かしら?」


 馬車の窓に顔を寄せて、可憐な少女が無邪気な声をあげました。


 彼女はティア・フローレス王女殿下。

 ロゼッタ女王国の第二王女で、私の主人にあたる人。

 私よりも三つほど年下の、表情豊かで可愛らしい王女様です。


「もー! マリノってば、聞いてる?」

 王女様がぷくりと頬を膨らませたので、思わず笑みがこぼれて、促されるままに窓を覗き込みました。


 見えたのは小さな教会で、真っ白なドレスをまとった女性と、正装をした男性とが手を取り合い、嬉しそうに微笑む姿。


 カランコロンと鐘が鳴り、祝福の声が口々に聞こえ、色とりどりの花が舞っています。


「素敵ね……」


 瞳を輝かせて窓に貼り付いているティア様に「あれは結婚式ですよ」と言うと、ティア様は小鳥のように首を傾げました。


「けっこん、しき?」


「はい。愛し合う男女がともに生きることを神に誓う、とても幸せな儀式です」


 そう伝えると、隣に座る王妃付きの侍女(わたし)の教育係が、こほんと強く咳払いをしました。

 どうやら私は、いけないことを言ってしまったようです。

 縮こまる私の隣で、ティア様は気持ちを汲んでくださったのか、それとも偶然なのか、教育係ににこりと微笑みかけました。


「あのね、マリノは本当に物知りなの。このあいだも勉強を教えてもらったおかげで満点をとれたのよ。だから、たくさん褒めてあげてね!」


 くもりのない笑みに毒気を抜かれてしまったのでしょう。

 教育係は目を丸くしてしまい、どこか困ったように、けれど幸せそうに笑いました。


 「そうでございますね。殿下のおっしゃるように、マリノはよく頑張っていますよ」と。





「これは、夢……? ああ、懐かしい。そんなこともありましたっけ」


 ふふ、と頬を緩めてベッドから起き上がり、大きく伸びをしました。

 すでに(アンディ)は庭仕事に向かったようで、部屋には私一人だけ。


 あの頃のティア様は、恋愛に強い憧れがおありのようでしたっけ。なんて思い出しながら、夜着を脱ぎ去り、侍女の制服に袖を通していきます。


 確か、恋愛の小説を見つけたのよ、とお喜びになっていて――と、微笑んで、すぐに視線を落としました。


 ああ、そうでした。

 そのあとすぐに『貴女様は恋愛結婚など望んではなりません』と、教育係から本を捨てられてしまったんですよね……。


 幼い頃のティア様が悲しげに泣く姿を思い出してしまい、下唇を噛み締めて、うつむきました。


 いま考えてみても、あんなに小さい女の子に『恋愛を望むな』などと言わなくてもよかったはずと胸が痛みます。


 それでも、まだお小さかったのにティア様は「第二王女として生まれたからには、受け入れなきゃ」と気丈に笑ったんですっけ。


 過去を振り返りながら髪を整え、最後にルージュをひいて、鏡を見つめました。


 そう、あの健気なお姿を見て、私は王族として苦難を背負ったティア様をお守りしようと誓ったのです。

 誰よりも強くなって、誰よりも有能な護衛件侍女になって、ティア様を隣で支えてみせる、と。





 身支度も終わったため五階に上がり、ティア王妃殿下のお部屋のドアをノックしました。

 朝のお支度のお手伝いをする時間がやってきたのです。


 ティア様はすでにお目覚めになられていて、にこやかなお顔で迎えてくださいました。


「ねぇ、マリノ。今日もまた髪を編み込んでくれる?」


 照れたようなお顔に、思わず頬が緩んでしまいます。


「もしかして、陛下がお褒めになってくださったのですか?」


 くすくす笑いながら尋ねると、ティア様は「だから、そういうのいちいち聞かないで」と顔を赤く染めながらむくれました。


 本当にいじらしくて、可愛らしい方です。

 クライブ陛下がティア様に夢中になられるのもわかりますね、と人知れず微笑みました。


 ピンや紐、くしなど、必要物品を用意して鏡台の前に立ち、ティア様の指通りのいい髪を少しずつ編み込んでいきます。

 鏡越しにティア様を見ると視線が重なり、柔らかく微笑んでくださいました。


 いまではお幸せそうなティア様ですが、幼い頃はつらい恋ばかり。

 姉であるロザリア王女に想い人を奪われ、そのたびに手酷くふられていたらしいことは、あとになってから知りました。


 あの頃、私は侍女としての教育を受けていた頃で、あまりティア様のおそばにいられなかったのです。

 私は、そのことをずっと悔やんでいました。


 あの失恋さえなければ、ティア様が恋に憧れながらも恋を恐れるなんてことがおこることもなかったでしょうし、愛情表現の仕方をこじらせることもなかったでしょうから。


「ティア王妃殿下、ヘアセットが完成致しました。いかがですか?」


「ありがとう、マリノ。とてもステキ!」

 ティア様は満面の笑みを見せてくださり、過去を思い出して強ばった私の心も、ふわりと和らいだのでした。





 朝食をとるため一度部屋に戻ると、アンディが庭の手入れをした帰りに、食事を持ってきてくれました。


「マリノ、カトレアが咲いたぞ」

 アンディが机に朝食を置いて、腰に下げたポーチから一輪、花を取り出しました。


 がっしりした体格と男らしい精悍な顔つきには不釣り合いの、気品があって可憐な花です。


 庭師の夫は、付き合う前からこうやって、自分が咲かせた花を私にプレゼントしてくれるのです。

 そんな、どこかロマンチストでマメな彼が、私は愛おしくてたまらなくて。


「ありがとう、アンディ。とても美しいお花ですね。貴方が心を込めて育てているからこそですね」


 彼にゆったり近づいて、黄色のカトレアに触れようとすると、アンディは突然反対の手を伸ばしてきて、私の肩に手を回し、抱き寄せてきました。


「なぁ、マリノ。花言葉、って知っているか」


 結婚して半年以上も経つのに、未だこうやって突然抱きしめられると、身体が甘く切なく疼きます。


 たくましい腕に抱かれて、私は彼に顔を擦り寄せながら「いいえ」と、首を横に振りました。


「先日、城でパーティーが開かれたろう。それで、貴婦人たちが贈り物の花にはそれぞれメッセージが込められている、なんて話していたもんでな。今日は先に意味を調べてから、持ってきたんだ」


 耳元で聞こえる低い声に、とくんとくんと胸が高鳴っているのが自分でもわかります。


「メッセージ、ですか。あのお花には、どんな想いが含まれているのです?」


 私を抱きしめるためにか、いつの間にかカトレアは机の上に移動していました。

 美しいカトレアを横目で見つめて問いかけると、アンディは私のあごに手を添えてきて、ぐいと顔を上げてきました。


「黄色のカトレアは気品、優美。そして、魅力と魔力……マリノにぴったりだろ?」


「気品と魅力は嬉しく思いますが、魔力はどういう意味でしょう?」


 多少の含みを持たせた視線を送って尋ねると、アンディは動揺することもなく、私のあごに触れたまま、ふっと笑いました。


「そういうとこさ。あんたはどこか捉えどころがなくて、いつも凛としていて。そのくせ俺の心をとことんかき乱し、絶対に離さない。あんたほどの女は他のどの国にもいなかった」


 アンディの真剣な表情と声に、どくんと大きく鼓動が跳ねて、思わず顔を背けました。


「マリノ、愛している。あんたの顔をもっと見たい。こっちを向いてくれ」

 甘い声と言葉とに、頭の中が茹だってしまいそうです。


 昨夜もあんなに愛を囁いてきたのに、アンディは飽きもせずに愛の言葉を告げてくるので、私も胸が苦しくて仕方がありません。


 いつもは堂々とした彼のこんな甘い姿はきっと、私しか知らない。

 そんなことを思うと、ますます胸の高鳴りが強くなって、すがるように彼のシャツを握りしめました。


「アンディ、私も貴方を愛しています」

 ちらと顔を上げて告げると、アンディは満足そうに笑み、すぐに猛獣のように目を光らせて、熱く激しく唇を重ねてきたのでした。



「冷めないうちに食おう」

 貪るような口づけを済ませたアンディはイスに腰掛けて言いますが、きっと料理などとっくのとうに冷めているはずで。


 くすくす笑うと、アンディはバツが悪そうに頭をかいていました。


 そうそう。こうやって愛しいアンディのそばにいられるのも、ティア様のおかげなのです。


 ティア様がノースランドに嫁ぐと決まった時、私は当時交際していたアンディと別れて、ノースランドに一人ついていくつもりでした。


 けれど、ティア様は政略結婚が目前に迫って泣き腫らしてらっしゃるというのに『マリノはロゼッタに残って、アンディと結ばれて幸せになって欲しい』と私に笑顔で話してきたのです。


 ティア様と私はどこか似たもの同士。

 一度こうと決めたら譲らないのは、長年おそばにお仕えしてよく存じ上げておりました。


 ですので、私はアンディに事情をすべて説明し、察しのよかったアンディはその翌日私にプロポーズをしてくださって……。


 ティア様の気がかりを無くすために急ぎ籍を入れた私たちは、ノースランドまで半ば強引についてきたのです。


 ティア様があの日、恋を諦めてはならないと私に言ってくださったから、私はいまこうやって最愛の夫とともにいられるのです。


 ティア様は本当に心が強く、お優しい女性で。

 あの方にお仕えできることが、私の生涯の誇りになることでしょう。





 朝食を終えた私は、ティア様のお手伝いをしに五階へと向かいました。


 五階へ昇る途中の踊り場で、降りてきたクライブ陛下と視線が重なり、私は立ち止まって深々と頭を下げました。


 陛下はこういうときいつも、挨拶と『ティアを頼む』という言葉だけ私に告げて去っていかれます。


 ですので、今日もそうでしょうと思いきや、陛下は私の前で立ち止まりました。


「おはようマリノ」

 陛下の声色がどことなくそわそわしているような、なにかが待ち遠しそうなような。


「おはようございます。クライブ陛下」

 いつもとは違う落ち着かない感じを受けて、私はわずかに首をかしげながら挨拶をいたしました。


「マリノ、ティアはあまり体調がよくないかもしれない。妻は無理や我慢をすることも多いから、どうか気遣ってやって欲しい」


 未だかつてないお申し出を不思議に思いながらも「承知いたしました」と礼をして別れました。


 ティア様の婚約相手がクライブ陛下と判明して、私はすぐに陛下に探りを入れました。

 夫であるアンディは元傭兵で、情報屋のツテもありますし、事前にあの方の問題点や危険度を把握しておきたかったのです。


 ですが、サウス王国のジョアン殿下を探ったときは、数えきれないほどの悪評を聞いたのに、クライブ陛下に関しては周りの妬みや嫉みはあるものの、悪評はほとんど聞かれませんでした。


 言われていたのは、表情に乏しくて考えが読めない、ということくらいで……。


 悪い噂がないのは、反対に情報を握りつぶしている可能性もあると警戒していましたが、それも杞憂に終わりました。


 ノースランドへ移住し、陛下の観察を続けているうちに、ティア様を見つめるクライブ陛下の瞳が柔らかく、お優しいことに気づいたのです。


 ティア様は、陛下の嫌味にいつもご機嫌を損ねてらっしゃいましたが、よくよく陛下を拝見していると、何らかの理由があって、ティア様に冷たくしてらっしゃるのだと察することができました。


 クライブ陛下は心からティア様を愛してくださっていましたし、いつかお二人が婚姻という形だけではなく、お心も結ばれればと私は強く願っておりました。


 ですので、騎士団のお城で「陛下のことがすき」とティア様が話してくださった時は、飛び上がりそうなほどに嬉しくて。


 ティア様は誰よりも恋に憧れながら、恋心を悪とみなして、これ以上自分が傷つかないようにするために恋に鈍感に、臆病になってらっしゃいました。


 そんな、恋心を抑えつけてきたティア様の恋が叶い、想い人である陛下からこれ以上ないほど大切にされて愛されてらっしゃる。


 侍女として生きてきて、こんな幸せはありませんね。

 なんて、思いを馳せているうちに階段を昇り終えて、ティア様のお部屋の前にたどり着いていました。





 ノックの音を響かせると「どうぞ」と、中から声が返ってきました。


「マリノ・フォレスターです。失礼いたします」

 ドアを開けると、ティア様はいつものようにお茶を飲んでらっしゃって、クライブ陛下がお飲みになったのであろうティーカップもテーブルの向かいに置いてありました。



「ねぇ、マリノ。こっちに来て」

 ティア様はカップを机に置いて私を呼び、私は「はい」と返事をして近寄ります。

 なぜかティア様はどこかもじもじと照れてらっしゃるようで、普段とは違うご様子に私は首を傾げました。


「あのね、貴女に聞いて欲しい話があるの」

 ティア様はそうお話しになりましたが、なんのお話なのか見当もつきません。


 陛下についてのことでしょうか、なんて考えていると、ティア様はご自分のお腹に手を当られて、どこか照れたようにふにゃりと笑いました。


「私ね、陛下の子を授かったみたい」


 ティア様が、お子を……?


 ぶわっと感情が溢れ出し、これ以上ないほどの喜びと幸せから涙が頬を伝って止めどなく流れていきます。


 幼い頃からずっとティア様にお仕えして、ティア様がこれまで恋でどれほどお辛い想いをしてらしたかを存じ上げていたぶん、嬉しくて嬉しくて仕方なかったのです。


「ティア様、よかった」

 大きく一歩を踏み出して、ティア様に両手を伸ばし、思わず抱きしめてしまいました。


 か弱い女性のこの身体で、ティア様は王女として、王妃として、たくさんの人々の善意も悪意も期待も批難も全て受け止めてきました。


 そんなティア様が、いままで見たことのないような幸せそうなお顔で微笑まれるのを見て、私はようやく安心いたしました。


「貴女様は、本当に強くなられましたね。きっと、良い母親になられることでしょう」


 きゅっと力を込めて抱きしめると、ティア様は私を咎めもせずに抱きしめ返してくださいました。


「マリノには、陛下の次に伝えたかったの。貴女は私にとってかけがえのない大切な人だから」

 ティア様も感極まってしまったようで、涙声で告げてくださいます。


「ありがたき幸せ。最高の誉れです」


 しばしのあいだ私たちは抱き合いながら嬉し泣きをして、顔を見合わせて笑いました。


「マリノ、これからもよろしくね」

「ティア王妃殿下、これからもどうかおそばでお仕えさせてくださいね」



 次に嬉し泣きをするのは、ティア様のご出産の日でしょうね。

 なんて、そんなふうに思っていたのに――


 二ヶ月後に立場を変えて、同じ光景をここでまた見ることになり、王妃と侍女が隣同士で育児に奮闘することになったのは、また別のお話です。


★☆2023年6月20日アマゾナイトノベルズ様より電子書籍化しました。全3巻予定です☆★


電子書籍化は、さらに甘くて説得力があるものになっています。

第3巻に、甘さたっぷりな書き下ろしの番外編を予定しています。どうぞよろしくお願いします。



みなさまの応援のおかげで、電子書籍を出せるまでになりました!

本当にありがとうございます!!


少しでも面白いと思っていただけましたら★★★★★の評価で応援していただけると、とても励みになりますし、電子書籍版の後押しにもなるのでありがたいです!



▼アマゾナイトノベルズ様 『鈍感な王妃と不器用な国王』紹介ページはこちらです

http://www.amazonitenovels.com/novels/172.html

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