はじめての告白
数日の旅を終え、ようやく私たちはノースネージュ城へと戻ってきた。
城を出てそんなに日にちはたっていないはずなのに、不思議とどこか懐かしい気持ちになってしまう。
馬車の扉が開き、クライブが手を差し伸べてくる。
こんなのいつも誰かがしてくれることなのに、相手がクライブというだけで心臓が早鐘を打ってしまう。
なんでもないふりをして手をとり中庭へ降り立つと、クライブの視線が遠くのベンチに向けられているのがわかった。
私は今日、夕食前にあの場所でクライブに告白の返事をすることになっている。
自分で決めたことなのに、緊張と不安と、ようやく想いを伝えられる喜びとで心が落ち着かない。
クライブも私も何も言わなかったけれど、互いにその瞬間を意識しているのは明白で。
気恥ずかしさから一度もクライブと話すことなく、夕暮れ時まで自分の部屋にこもり続けた。
そして、ついにその時がやって来た。
窓の外に視線を送ると太陽が沈みかかっており、山際が温かいアールグレイの色に染まっている。
約束の時間だ。
どきどきと高鳴る胸を必死で抑えながら部屋を出て、衛兵に護衛を依頼して庭まで移動する。
マリノを連れていけば、臆病な私はきっと彼女を頼りにしてしまうから。
だから、今日だけは一人で行かなければと思ったのだ。
マリノもそれをわかっているのか、笑顔で私を送り出してくれた。
どうやら早く着き過ぎてしまったようで、暮れなずむ庭には誰もおらず、時間だけが過ぎていく。
ほんの一、二分が何十分にも思えるほど長く感じてしまい、早く伝えて楽になりたいと思う一方で、告白の時が来ることを恐ろしくも思えた。
うつむきながら両手を重ねて不安と闘っていると、草場の擦れる音が聞こえてくる。
どうしよう、来た。
「あ……お忙しい陛下をお呼びだてするなど、不躾なことをして申し訳ありません」
見慣れたクライブの顔を見るのが怖くて、立ち上がったあと視線をそらし、深々とお辞儀をする。
「いや、ティアなら構わない」
柔らかな声に、自分の顔が夕焼けよりも赤く染まっているのが鏡を見なくてもわかる。
冷静に。平静を心がけるのよ。なんて心に言い聞かせ、笑顔を作った。
「お返事、ずいぶんとお待たせしてしまいましたね」
「まぁ、いろいろあったからな」
いつものような苦笑いを浮かべたクライブに、緊張していた心がほぐれてほっとする。
そして臆病な私は、目の前に迫る『告白』の不安と恐怖から逃げたくて。
いつもの気の置けない関係に戻りたくて。
どうにか時間を引き延ばせないか、うやむやにできないか、無意識のうちに試みていた。
「そうですね、まさかロゼッタに一時帰国することになるなんて思いもよらず、さらには王太女になって欲しいだとか、軟禁状態にまで陥るなんて、本当にびっくりしてしまって、そ、それに……」
「ティア。すまないが返事、聞かせてくれ」
真っ直ぐな深紅の瞳と真剣な声に、どくんと鼓動が跳ねた。
カンのいいクライブのことだ。
きっと、はぐらかして逃げようとしている私の心なんてお見通しだったのだろう。
覚悟を決めた私は大きく息を吸い込み、一つ一つゆっくりと言葉を紡いだ。
「陛下にお心を打ち明けていただいてから、過去と向き合い、これからの未来を考えました。私はいままで恋愛が上手くいったことがないどころか、手酷い失恋のしかたをしてきたもので、誰かを好きになることが怖くて、男の人を信じることができなくて」
ずっと優しく見守ってくれていたマリノ、恋をする喜びについて教えてくれたオリビア、押し込め続けた私の本音を見つけてくれたグレイ様……皆の助けを借りてようやくわかった。
私は、クライブが好きなのだと。
「不安や恐れが邪魔をして心に向き合うことは難しかったけれど、長い時間をかけてようやくわかりました。私は……陛下を心からお慕いしております」
ぎゅっと重ねた自分の両手を握って想いを告げる。
ようやく言えた、とほっとしていると、クライブは少し困ったような顔をして私を見つめてきた。
「俺を慕っているというのは、どう捉えたらいいのだろうか?」
そう言われて、びくりと震えた。
確かに『慕う』という言葉には様々な意味を含んでいる。陛下は目上の存在ですし、ちゃんと慕っていますよ、という意味にもとれる。
もちろんそんなつもりなどなく、私の慕うは恋愛としての慕う、だ。誤解されないように、早く弁解しなければ。
「あっ、ええと。ふとした時に陛下に会いたくなって、これからもずっと隣にいさせていただきたくて。国を思う強いお心もお慕いしておりますし、陛下のお優しさが幾度も私の心を救ってくださいました。そ、それで私は陛下のことをす、す、す」
最後の『き』さえ言えればそれでいいはずなのに、言葉を忘れてしまったように、私は『す』を繰り返す。
一度仕切り直しをしようと、息を大きく吸ってまた最初から言い直した。
「ええと、陛下のことが、あの、その……」
どうしたらいいのだろう。指先も足も震えて、あまりの恐怖に言葉が続いていかない。
クライブは私を好きだと言ってくれているのに、それでも『私が想いを伝えることで心が離れてしまうのではないか』だとか『またこの恋も上手くいかなくなるのではないか』と、不安が波のように襲ってくるのだ。
のどが詰まってしまったように『好き』というたった二文字が、どうやったって声に出せなくて、心ばかりが焦る。
「す、す……」
根性なしな自分が情けなくて、次第に涙がにじんでくる。
変なやつだと思われたら、クライブを嫌っていると勘違いされてしまったら、どうしよう。
ちゃんと想いを伝えたいのに……
愛しい気持ちはこぼれ落ちそうなほど溢れているのに、言葉にできない。
どんなに好きでも言葉にしなければ伝わらないし意味がないのに。
視界がぼんやりと、涙で滲む。
悔しさと悲しさと情けなさとでうつむいたとたん、手が迫ってきて、私のあごにそっと触れてきて……
くい、と顔を持ち上げられ、静かに唇が重ねられた。
「大丈夫だから泣くな。俺にはちゃんと聞こえたから」
優しい微笑みに、愛しい気持ちが涙と一緒にあふれて次から次へとこぼれ落ちていく。
同時に、ずっと言えなかった、言いたかった言葉がうわ言のようにあふれでた。
「陛下、す、きです」
「俺もティアが好きだよ」
柔らかな声で言ってくれるクライブに力強く抱きしめられ、鼓動が強く速くなる。
ああ、この温もりを何度思い描いたことだろう。
「クライブ。すき、すき、だいすき……」
まだ、足りない。もっと近くに。もっと、もっとそばに。
背中に両腕をまわしてきゅっと上着を握りしめると、クライブは抱きしめる腕を緩めて、上から顔をのぞいてきた。
「またそれも無自覚? あまり煽るなよ」
炎のような赤い瞳を見つめ返すと、頬に手が添えられ、唇を唇で塞がれる。
時には角度や深さを変えて、何度も何度も言葉で伝えきれなかった想いを伝えようとするかのようにキスの雨が降る。
ふと顔が離れ、深紅の瞳が熱に浮かされたように艶めいて見えて、どくんと大きく鼓動が跳ねた。
「ティア、可愛い」
言われ慣れない言葉が恥ずかしくて顔を背けると、無理やり上を向かされる。
「よそ見しないで、俺だけを見てくれ」
鋭く澄んだ美しい瞳から目をそらすことができなくて、催眠にかかったような気持ちになる。
思考は停止して何も考えられなくなり、どきどきと心臓が早鐘を打つ。身体中の血が燃えるように熱く、甘い痛みで胸が苦しくなった。
「ティア」
クライブはまた私を腕の中に閉じ込め、甘さを含んだ声で私の名を呼ぶ。
「はい」
小さく返事をすると、内緒の話をするように耳元で低く、ささやくように告げてくる。
「今夜、俺の部屋に来い」
――ティアちゃんは男を誤解してるし、少し甘く見過ぎかな。男は、理性で欲望を抑えて紳士のフリをしてるだけでよ。何かのはずみで狼になるかもしれないんだぜ?
ああ、どうしてこのタイミングでグレイ様の忠告を思い出してしまったのだろう。
さらには、断る理由なんてごまんとあるのに、忠告を思い出した上で、断らずにこくりとうなずいてしまう自分も、わけがわからない。
尋常じゃないほど暴れる胸を落ち着かせようと、帰り道でクライブと繋いだ右手をきゅっと握ってみたけれど、鼓動が速くなるばかりでなんの意味も持ってくれなかった。




