一番の誇り
お母様の怒りは頂点に達したのか、顔を赤く染めて目も血走らせ、ものすごい剣幕で怒鳴りだした。
「そうやって現実から目をそらすのはおよしなさい! 貴女は生まれながらにしてロゼッタの第二王女なのですよ!」
これまでの私なら、お母様の怒声に怯えて縮こまり、何も言い返せないまま言いなりになっていただろう。
でも、いまは不思議と背すじを伸ばし、震えることなく話ができた。
「お母様、確かに私は第二王女と呼ばれていました。けれどいまは、愛情深い国民たちが住まうノースランドの王妃で、誉れ高き王、クライブ陛下の妻です。それが私の一番の誇りで、誰にも穢させはしません」
両の口角を上げ、頬を緩ませて笑う。
お母様の前で演技ではなく、自然と微笑むことができた自分に、内心驚いた。
「お母様の娘であることに変わりはありませんが、私はもう第二王女ではないのです。私にとって『ノースランド王国の王妃』以外の称号は全て必要のないものですから」
きゅっとクライブの手を握って顔を見上げるとクライブは驚いたような嬉しそうなような顔で私を見つめてきていた。
「そう……それが貴女の答えなのね」
顔の赤みも引いて穏やかな声で尋ねてくるお母様へ、にこりと微笑み「はい」とうなずいた。
「……私の負け、ね。自分の意見もなくフラフラしていると思っていた貴女に、そんなまっすぐな目で見られたらどうしようもないわ。子どもはいつまでも子どもでいるわけじゃない……これもまた、ジュドの言うとおりだったわね」
お母様は小さく息を吐き、寂しそうに微笑む。穏やかな目は、いつも見てきた『ロゼッタ女王』ではなく、優しくて温かい母の目をしていた。
「ノースランドに嫁いで、ティアがこんなにも立派な女性になっていたなんて思いもしなかった。女王としては貴女に王位を渡せないのは残念ですが、母としては嬉しく思うわ。そうだ、少し待っていてちょうだい」
お母様は執務机の引き出しを開けて、繊細な装飾が施された木箱を取り出した。
「それは……」
クライブが目を見開いて、呟く。
「ええ。これ、サリアの形見なのでしょう? お返しするわ。これはやはり、貴方が持ってこそ輝く」
クライブがお母様から手渡された箱を開けると、ダイヤモンドよりも光り輝き、ルビーよりも色濃い赤色をした石があった。
「クライブ王。この子は至らない娘だけれど、我慢強く努力家で、心優しい子なの。どうか、ティアをよろしくお願いいたします」
「はい。必ずや幸せにいたします」
クライブは姿勢を正し、右手を胸にあてながら一礼した。
ずるい。ずっと、勝手ばかり言ってくるお母様に文句や恨みごとの一つや二つぶつけたかったのに、こんなのずるいよ。
「ティア、いままでつらい思いをさせたでしょうし、私はいい母親ではなかったわね。本当にごめ……」
「謝って許されるとお思いですか?」
お母様の言葉を遮って、突き放すような低い声で言う。
「ティア……」
「私は、執念深い女なんです。これまでお母様にされたことも、していただけなかったことも、全て覚えていますしこれからも絶対に許しません。だから……」
すぅと息を吸い込んで、口角を引き上げてにかっと笑った。
「クライブ陛下とともに、ノースランドをロゼッタよりも豊かで幸福で、民から愛される国にしたいと思います。いつの日かお母様を悔しがらせてみせますから」
お母様は理解が追いつかなかったのか、きょとんとしていたけれど、すぐに噴き出すように笑う。
「あら、言うようになったじゃないの。将来の楽しみが増えたわ。そういえば、めずらしいお菓子があるのよ、一緒にいかが?」
お母様は嬉しそうに微笑んで、そのまま廊下に続くドアへ向かっていく。
まずい! 廊下にはクライブに殴られた兵士が倒れている。
ロゼッタの兵を片っぱしから鞘で殴り、力づくでここまで来たと知られたらまた雷が落ちるかもしれない。
「お母様、外には出ないでください!」
慌てて声を出したけれど、時すでに遅し……
「どうして? 外の兵士に持ってこさせればいいじゃない」
お母様はドアを開けており、床を這う兵士が痛みにうずくまりながら口を開いた。
「女王陛下、ご無事でしたか……! ノースランドの奇襲です、お逃げください」
痛む首を押さえて立ち上がった兵はお母様を誘導しようとしているけれど、反対にお母様はぷっと噴き出して声を上げながら笑った。
「あはははは! さすがキールの息子ね。力づくでここまで来るなんて、はちゃめちゃなことをする。痛そうなところ悪いけど、奇襲ではないわ。もしも戦える兵がいれば和解済みだと伝えて撤収を促してきなさい。ほら、命令なんだから早く!」
事情をさっぱりつかめない王国兵は首をかしげていたけれど、命令という言葉に背すじを伸ばして敬礼をし、慌てて階段を駆け下りていった。
「さすが騎士の国ノースランド。ウチの兵じゃ敵いっこないわ。ただ、それはそれとして王国兵がこんなに簡単にやられるなんて、よろしくないわね」
口を曲げて、腕を組むお母様にクライブは柔らかく笑う。
「もしよろしければ、我が軍の大尉を戦闘の指南につかわせますが」
「そうね、頼もうかしら。そうしたら、いつ頃がいいの?」
「そうですね、国に帰らないとなんとも言えませんが、来月以降であれば……」
とたんに打ち解けたお母様とクライブは、先ほどまでいがみあっていたのが嘘のように、和やかに指南兵の話をすすめていて。
なんだか拍子抜けしてしまったけれど、大好きな人が大切な人と仲良くしているということがたまらなく嬉しい。
そして、やっぱりお母様とクライブはどこまでも仕事人間なんだなぁと笑った。
指南兵の派遣話がひと段落ついたところでお母様は、きりっと顔を引き締めてクライブを真っ直ぐに見つめていく。
「クライブ王、ここまでご足労おかけしました。ロザリアの今後は……一度、保留にいたします。姪を王太女に据えることも視野にいれながら。それと、ずうずうしい願いなのですが、ティアを軟禁した件、お許しいただけませんか?」
「こちらも、兵を攻撃した非がありますし、お互い様ということにいたしましょう。これからもロゼッタとノースランドで友好関係が築けるように願っております。大切な妻の故郷ですから」
「ありがとう。クライブ王が夫ならわたくしも安心ですわ。ティアも、孫が生まれたらぜひ見せにいらしてね」
柔らかい笑顔で発せられたお母様の爆弾発言に、私は身体を飛び上がらせて、一気に顔を熱く火照らせた。
私たちは結婚していても、貴女のせいで告白もまだ済んでいないし、そういう関係じゃないのよ!
「なななな、何をおっしゃいますか、もう!」
慌てて注意すると、お母様はくすくす笑っている。
ああ、これはきっと全部知っていて、わざと言っているわ。
ちっとも似ていないのに、お母様の顔がとぼけるマリノとだぶって見えた。




