勇気を生む言葉
「ティア、マリノ、付いてこい」
そう言ってクライブがドアを開けると、数人の兵士がぐったりと伸びており、ぎょっとして目を見開いた。
死んでしまったのではないかと心配したけれど、全員気を失っているだけで、ちゃんと呼吸をしていて胸を撫で下ろした。
「問題ない、鞘でやっただけだ。行こう、ハロルドとオーウェンが先に道を作ってくれている」
クライブは左手で抜き身の剣を、右手で鞘をつかんで歩き出す。
「陛下、こんなことをして大丈夫なのですか? ロゼッタとノースランドは同盟国なのに……」
弱気な私に、クライブは振り返ってきて不敵に笑う。
「対話を拒んだのは向こうだろう。それに俺は親子げんかに巻き込まれただけで、妻を取り戻しに来ただけだ。今後ロゼッタとの交流を断つ気もないし、問題はない」
半ば言いわけじみた心強い言葉に、心の奥のつかえがとれたような気がして、にこりと笑みを浮かべた。
「陛下、ありがとうございます」
まだそこまで大きな騒ぎになっていないのか、誰にも会うことなく階段までたどり着く。
あとは、ここを降りて近衛兵二人と、私の護衛をしてくれていたノースランド王国兵と合流し、ノースランドへ帰国するだけだ。
それなのにクライブは階段を見上げ、一段ずつ昇りはじめた。
「陛下、そちらに出口はありませんよ!」
慌てて止めるけれど、クライブは怪訝な顔をして私たちを見おろしてきた。
「ここで逃げていいのか?」
はっと息を飲んで、視線を落とす。
何も言えなくなってしまった私に、クライブは言葉を続けてきた。
「ヘレナ女王とまだ話せていないのだろう? アナベルという侍女が俺にそう言ってきた」
「アナベルが……?」
クライブはこくりとうなずいたあと、わずかに視線を落とし、私の瞳をまっすぐに見つめてきた。
「俺はもう、両親とけんかもできないし感謝の言葉も伝えられない。だが、お前は違うだろ」
「……ですが、お母様は聞く耳を持ってくれません」
娘に会おうともしないし、私の想いを聞く気もない。
さらには、言伝で全てを済ませようとする。そんなお母様に何を言ったって無駄な気がする。
「実際にやってみなければわからない。このまま母と祖国に別れを告げていいのか?」
言葉がぐさりと胸に突き刺さり、強くこぶしを握った。
このまま逃げるように国を離れたら、二度とロゼッタの地を踏むことはないだろう。
思い出がたくさん詰まった、大切な、大好きな祖国なのに。
そしてさらには、唯一の姉であるロザリア姉様や、私を育ててくれたお母様にも二度と会えなくなる。
そんなのは、嫌だ。でも……
「心配することは一つもない。俺が隣にいる。マリノや、信頼できる兵たちもいる。みすみすお前をロゼッタに渡すような真似はしない。それに何より、ノースランドの民がティアの帰りを待っているんだ。お前は一人で戦っているわけじゃない」
クライブは階段を一段下りて、私に手を差し伸べてくる。
勇気づけられて奮起した私は大きくうなずき、骨ばった手を取り握る。
「マリノはすまないが、ハロルドとオーウェンの援護に回ってくれ。そろそろ騒がしくなる頃だろうから」
「承知いたしました。陛下、ティア王妃殿下をよろしくお願いいたします」
マリノは一礼したあと、太もものベルトについていた短剣を二本取り出して両手に携え、軽やかに階段を駆け下りていったのだった。




