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【電子書籍3巻完結】鈍感な王妃と不器用な国王  作者: 星影さき
最終章 愛を知った王妃   
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今宵の月は美しい

 今日もまた、限られた場所を散歩するだけで一日が終わり、夜を迎えて月が昇る。


 ノースネージュにいた頃は満月だったのに、いつの間にやらもう半月だ。

 窓の前で月を見上げて歯噛みして、ぎゅっとこぶしを握った。


 このままじゃいけない。

 こんな毎日を続けていたら頭がおかしくなって、いつか首を縦に振ってしまいそうな気がする。


 というか、お母様はそれを狙っているのかもしれない。


「マリノ、私決めたわ」

 くるりと振り返ってマリノを見つめる。


「決めたって、何をですか?」

「脱走する」

「脱走!? 何をおっしゃっているんですか。夜は最も危険な時間帯ですよ! あちらこちらに兵士が見回りしているんですから」


 驚きの声を上げるマリノを見もせずに、部屋の端にある収納扉へゆっくりと歩みを進め、ほうきを手に取り、笑う。


「兵士のほうがまだいいわ。侍女や使用人を殴るよりも、きっと頑丈でしょ?」


 自分の身支度や、余裕のある日は自室の掃除も自分でするようにしていてよかった。


そうでなければ、ほうき(武器)なんて手に入らなかったはずだから。


「ティア様、お待ちください! 私も、昼間に逃げだす隙を探していますから」


「隙なんか探したって見つかりっこないわよ。だって相手はあのお母様なんだから」


 マリノが止めるのを振り切って、ほうきを片手にドアへと向かう。


 もちろん私に武術の心得なんかないし、兵士に正々堂々と戦いを挑んだら負けるに決まっている。

 けれど、闇にまぎれて不意をつければこんな私でも勝てるかもしれない。


 昼間に逃げだす隙を探すより上手く行きそうな気がするし、たとえ兵士に捕まったとしても抵抗する姿勢が伝わるのは決してマイナスじゃないはずだ。


 覚悟を決めた私に根負けしたのか、マリノは深いため息を吐き出した。


「ああもう! わかりました。お供しますので、ティア様は戦わないでください」


「嫌よ、守られてばかりなんて絶対に嫌!」

 ドアに手を伸ばすと、触ってもいないのにドアノブがかちゃりと動き、ひとりでにドアが開く。


 驚きと歓喜で身体が震え、手からこぽれ落ちたほうきがカランと音をたてて床に転がった。


「どうして、ここに……」

 開かれたドアの向こうに立っていたのは侍女でも兵士でも、もちろんお母様でもなく、漆黒の髪に深紅の瞳を持つ表情の乏しい男。


 私がずっと会いたいと待ち望んだ、クライブ・イグニットだった。


「……ティア、会いたかった」

 クライブは切なげに呟き、(かかと)を鳴らして駆け出す。私たちの距離が一気に縮まった。


 あまりの急展開に思考が完全に停止してしまったけれど、懐かしい香りと温もりに包まれて、いま自分がクライブの腕の中にいるのだとはっきりとわかった。


 動揺で言葉も見つからず、魚のように口をぱくぱくと動かすことしかできない。


 恥ずかしさのあまりクライブから離れようとしたのだけれど、男の人の力というのは思った以上に強いようで、どんなに力をこめて押してもびくともしない。


 仕方なしに、たしなめるように小声で呟いた。


「陛下、マリノが見ていますから……」


「今宵の月は本当に綺麗です。いつまでも、見ていたいほどに」

 窓のほうから、芝居がかった独り言が聞こえてくる。


 ……まったく。マリノ、貴女って人は。


 あきれ笑いを浮かべながら、クライブの背中に両手を回して、ぎゅっと温もりを確かめる。


 素直になった私を、クライブはさらに力を込めて抱きしめてきて密着が強くなり、どくどくと心臓が暴れた。


 クライブに身体をあずけて胸に顔をうずめると、わずかに速い鼓動を感じる。


 いつも冷静なクライブも、いまはわたしと同じように胸が高鳴っているのだとしたら嬉しいな。


 たった数日離れただけなのに、温もりも、香りも声も、全てが狂おしいほどに愛しくて、こんなにも私の心を捕えて離してくれない。


 ああ。やっぱり私はこの(ひと)が好きなんだ。


 悔しいけれど、改めてそう実感してしまう自分がいた。


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