手紙はどこまで本当?
「ティア殿下、どちらに行かれるおつもりですか?」
一階に下りて、庭に出る扉の前で慌てた兵士に止められた。
幼い頃のやりとりを思い出し、少しばかりむっとして口を曲げる。
私を止めてくるセリフまでもあの頃のままだ。
嫁入り前の王女が王宮を出たら危ないだとか、遊ぶ暇があるなら勉強や仕事をしてくださいだとか、民に混じるなど王女にあるまじき行為だとか、とにかく聞き飽きるくらいに聞いてきた。
城下町の治安のよさは国内トップだからそうそう危険なことなんてないし、最初はちゃんと護衛を付けて行こうとしていた。
それなのに、母様や兵士たちは一切聞く耳を持ってくれなかったのだ。
民の生活や、彼らの想いを知ろうとすることは、おかしなことではないはずなのに……
だけど、もう私はあの頃のようなお子様じゃないし、いまはノースランドの王妃としてここにいるわけで、通行を止められる理由は何もないはずだ。
「マリノと庭の散歩に行こうと思っているの。さすがにダメとは言わないでしょう? もう子どもではないし、私の課題も仕事もここにはないのだから」
ふふんと大人気なく得意気になって話すと、兵士はなぜか首を横に振ってきて、きっぱりと言い放つ。
「いいえ、お通しできません」
「どうして? どう考えたっておかしいでしょう!? 理由を聞かせなさい」
「お答えできかねます」
ありえない、と、言葉を失った。
他国の王妃に庭の散歩を許さないなんて、常識はずれにもほどがある。この兵士、何の権限があってそんなことをしているのよ。
眉根を寄せて顔を見つめ続けると、兵士は再び口を開いた。
「ティア殿下をお通しすることはできかねます。女王陛下のご命令ですので、お従いください」
命令、ですって! ふざけないでちょうだい!
「私はノースランドの王妃、ティア・イグニットですよ。ロゼッタ女王の命令に従う義務はありませんし、納得できません」
屈強な兵士を睨め上げて食い下がったのだけれど、マリノが呟くように言う。
「ティア様、おそらく何を言っても無駄です。一度戻りましょう」
自室に戻って、いらつきながらイスに腰かける。
こんな粗暴な動作なんてほかの誰にも見せられない。
「マリノ、どうしてさっき止めたの。どう考えてもあれは兵士がおかしいし、正論を叩きつければ母様に話をもっていったかもしれないのに」
不満を述べる私に、マリノは困ったような笑みを浮かべてきた。
「あの兵は命令だからというだけではなく、彼自身がティア様をノースランドへ帰したくないという思いから立ちはだかっていました。何を言ったところで、逃がしてはくれませんよ」
逃がす、という言葉に小さく息を吐き出して、視線を落とす。
「薄々感じてはいたけれど、やっぱりそうなのね……」
「ええ。閉じ込められました。庭にも兵士が潜んでいますし、城内では侍女や使用人、衛兵たちが私たちを見張っています。ティア様が離婚して王太女になることを受け入れない限り、皆は貴女様をここから出すつもりはないのでしょう」
私とマリノは顔を見合わせて同時に苦笑いをし、深いため息をついた。
まさかお母様だけではなく、侍女や使用人、兵士までもがグルになって私を閉じ込めてくるなど想像すらしていなかった。
「お母様が私に国を継いで欲しいと思う理由はわかるわ。手紙になんやかんやと書かれていたけど、結局は姉様の恋を実らせたいのでしょう? だけど、なぜ城の皆は私を次の女王にさせたいのかしら。姉様のほうが適任なのに……」
頭を抱えて机に突っ伏す。
やっと恋を自覚できたのに、どうして私はこんなことに巻き込まれているのだろう。
「ティア様、もしやあの手紙に書かれていたことのほとんどを、嘘とお考えですか?」
「そうではないの? だって、お母様は姉様を誰より大切にしているから。それっぽく姉様とクライブを結婚させられそうな理由を書いただけよ」
口をとがらせて答える。
お母様はいつもそう。自分と国、そして姉様のためになることしかしないのだ。
どうせ今回も、愛する第一王女とその想い人であるクライブを結びつけたかっただけなのだろう。
マリノも同じように考えていると思っていたのだけれど、彼女の意見は違っていたようで、マリノは困ったような顔をして口を開いた。
「私は……そうは思いません」
「じゃあ、姉様がロゼッタの次期女王になることをお母様は不安に思っていて、さらにクライブと私の不仲を疑っているというの?」
とても信じられず、目を丸くして問いかけた。
お母様がクライブに送った長い手紙には、大きく分けて三つのことが書かれていた。
一つ目は、お母様が、姉様を次期女王にすることに不安を感じており、このままではユーリア三国にも悪影響を与える可能性があると考えていること。
二つ目は、姉様がクライブに好印象を持っているということ。
そして、三つ目は、クライブと私が不仲であるのは、互いの国のためにならないということだった。
お母様が重要視していたのは二つ目のことだけで、どうせほかはただのこじづけなのだろうと、そう思っていたのだ。
「では、ティア様にお聞きしますが、侍女や使用人、兵たちはロザリア殿下をお慕いしていますか? ロザリア殿下のために命を捧げようとする者はどれだけいると思います?」
「命を捧げるだなんて……」
物騒な言葉に身をすくめたけれど、マリノは顔色一つ変えようとしない。
「私やアンディは、ティア様のためならいつでも死ねる覚悟はできています」
「そんな……」
うつむいて、じっと床を見つめた。
恐ろしいことを当然のように言うマリノの顔を、これ以上見られなかったのだ。
「ティア様、そのようにおつらそうなお顔をなさらないでください。ティア様が御心を痛める必要はないのです。クライブ陛下も部下や国民から、同じように想われているはずですし、私はそうやって慕われることが王族にとって一番の誉れなのだと思いますよ」
穏やかな声にゆっくり顔を上げると、マリノはいつものように優しく微笑んでくれていた。




