監視
「お部屋までご案内いたしますので」とアナベルはしつこく言ってきたけれど、私もマリノもこの城につい最近まで住んでいたのだし、案内は断り二人で私の自室があった三階へと向かう。
真っ赤な絨毯に、豪華な壁掛けのランプ、せわしないけれど品よく働く侍女や使用人たち。
全てが懐かしい光景のはずなのに、どうしてなのだろう……何かが変だ。
違和感の正体がわからずに首をひねりながら歩いていると、隣からささやき声が聞こえてきた。
「見られていますね」
「え?」
言葉の意味を理解できずに隣を見やると、マリノは視線だけを動かして、あたりを見回していた。
「すれ違う兵士、掃除をする侍女、書類を持つ使用人……全員、私たちの様子をうかがっています」
言われてようやく違和感の正体がわかった。
これまで皆は、あんな目で私を見てきたりはしなかった。
もっとにこやかな顔をしてくれていたし、私と楽しげに話しているのが姉様にバレないように、周囲に気を張っていたんだ。
それなのに、いまはどうだ。
全員、姉様を警戒する様子はなく、私の一挙一動を見逃すまいと視線を送ってきている。
「マリノ、私はどうしたらいい?」
じっとりと冷たい汗が流れていくのを感じながら問うと、マリノは険しい顔をして口を開いた。
「ひとまず、かつてのティア様の自室に向かいましょう。監視の理由もわかりませんし、下手に動くほうが危険かもしれません」
ようやく自室へとたどり着いて中に入り、深く息を吐き出した。
立場上、見られることには慣れているつもりだったけれど、大勢から絶えず見張られていては身体に穴が空いてしまいそうだ。
「……この部屋、あの日のままね」
もう誰も住んでいない部屋なのにいまも誰かが掃除をしてくれているようで、ホコリ一つ見当たらない。
ノースランド王に嫁ぐのが怖くて悲しくて、泣きながら出て行ったあの日のままだ。
過去の私がいまの私を見たら、きっと尋常じゃないほどに驚くだろうな。
悪魔が待つ地獄に行って、恋も愛も知らないまま枯れていくのだろうと、そんな気持ちでいたのに、いまは悪魔に思えていたクライブがこんなにも愛しく、地獄だと思った彼の治める国もまた、故郷のように愛おしいのだから。
人生どうなるかわからないものね。なんて思いながら、にこりと笑って振り返る。
「長旅の付き添いありがとう。マリノも部屋に戻ってゆっくりして大丈夫よ」
いつもならマリノは一礼して離れていくのだけれど、今日ばかりは違っていて、顔をしかめながら悩む様子を見せてくる。
「どうしたの? 何かあった?」
促すように尋ねると、意を決したのかマリノは顔を上げて私の目をじっと見つめてきた。
「ティア様、ご迷惑でなければロゼッタにいる間はずっとおそばにお仕えさせていただいてもいいですか……?」
「マリノがそうしたいのなら私は構わないわ。でもどうして?」
マリノがこんな提案をしてきたことは、いままで一度だってない。
「……ただのカン、です」
「カン?」
「このまま離れたら二度とお会いできないような、嫌な予感がするんです」
手元をいじりながらマリノは自信なさげに話してきた。マリノの様子から、なんの確証もなく提案してきたのだと手に取るようにわかった。
そして、ただのカンで私に迷惑をかけて申し訳ないと思っているということも。
「わかった。私はマリノのカンを信じるわ。そばにいて支えてくれる?」
にこりと微笑んで尋ねると、マリノは満面の笑みを見せてきてうなずいた。
「はい! もちろんでございます」
「ねぇマリノ。もしよければ、庭と城内のお散歩に行かない? 『今日は休め』ということは、お母様は明日お話をするおつもりなのだろうから」
明日、王太女の件をお断りしたら、私はもうノースランドに戻らなければならないし、穏便に話を終えられるとも限らない。
だから、思い出深いロゼッタ城を目に焼きつけておきたかったのだ。
「お散歩、ぜひご一緒させていただきます。少し気にかかることもありますし」
窓から庭をのぞいたマリノは、なぜかまた険しい顔を見せてきたのだった。




