王妃の出陣
北方騎士団に事情を説明してロゼッタに向かう支度を済ませ、城門前で馬車を見つめる。
「なぁティアちゃん。とんでもねーことになってるようだが、大丈夫か?」
グレイ様がおそるおそる尋ねてくるけれど、私は背すじをまっすぐに伸ばして笑った。
「ええ。ご心配をおかけして申し訳ありません。お母様にひとこともの申してこようと思います。私をバカにするな、と」
グレイ様は目を丸くして、すぐに声をあげて笑う。
「昨日まではどこか不安定に見えたのに、ずいぶんと見違えた。別人みたいだぜ? 恋する女は強い、ってやつかな」
見違えた? でも、確かに母様に立ち向かいたいだなんて、いままで考えたことはなかった。
ずっと母様と姉様の言葉は絶対で間違っていないと思っていたし、逆らうべきではないと思っていた。
けれど、この命令だけは、どうしても聞けないんだ。
二人の命令に背いたことで、二度と祖国に帰れなくなったとしてもかまわない。
これからもずっと、クライブの隣に居たいから。
「強く、なりたいわ。自分の大切な居場所を守れるように」
呟くように言って、ぎゅ、とこぶしを握る。
「大丈夫さ。ティアちゃんは賢いし、度胸もある。しかも隣にはあのクライブ・イグニットがいるんだからよ。負ける要素なんか一つもねぇんだ。さぁ、胸張って行って来い!」
ばしんと力強く背中を叩かれると、出陣する騎士のような気持ちになる。こうやって、クライブやロジェ様、ほかの騎士たちは戦に向かっていったのかな。
馬車に乗る直前、もう一度振り返って微笑んだ。
「グレイ様が団長に選ばれた理由が、わかったような気がします」
首をかしげてくるグレイ様に、にっと口角を引き上げて言い放つ。
「どんな強敵が相手でも、負ける気がしません」
「はは、そりゃよかった。二人まとめて帰ってきたら、またうまいメシ食わせてくれよ」
「ええ。ぜひ」
大口を開けて笑うグレイ様にお辞儀をして、馬車の中へ乗り込んだ。
「あの、本当に私はここにいていいんでしょうか」
静かに揺れる馬車の中、ルードが不安げに言う。
「いいのよ。一般的ではないかもしれないけれど、男性の使用人を乗せてはならないという決まりはないわ。ねぇ、マリノ」
尋ねられたマリノはこくりとうなずいた。
「都市部ならともかく、ここは人目も少ないので問題ないかと」
「ほら、ね。準備で慌ただしくて言えなかったけど、ルードにはお礼を言いたかったの」
ルードは意味がわからなかったのか、きょとんとした顔で私を見つめてくる。
「お礼、ですか?」
「ええ。口止めされていたのに手紙の件を教えにきてくれて、私はとても嬉しかったの。もし陛下に叱られるようなことがあっても私が必ずかばうから」
ルードは困ったような笑みを浮かべ、視線を落とした。
「いえ、しかるべき罰はお受けしたいと思います。それに、本来そのお言葉をいただけるのは、僕ではなくてリルカさんなのですよ」
「リルカが? どうして」
「陛下が手紙をお読みになった時、そこにいたのは庭師のアンディさん、侍女のリルカさん、そして私でした。手紙を読み進めるにつれ、陛下は怒りで震えられ、殺気までもが溢れてらっしゃっていて」
ルードは体を縮こまらせて小さく震えた。
おそらく、クライブが殺気立っていた時の姿でも思い出したのだろう。
あの殺気の恐ろしさは、私もジョアンの事件で経験済みだから、思わず震えてしまう気持ちはよくわかる。
ルードは一度深呼吸をしてまた話を続けた。
「陛下は、手紙を丸めて捨てられました。そして『ロゼッタへ直談判しに行く』と近衛兵をお連れになって、信頼する臣下に城を預け、ノースネージュをたたれました。私とアンディさんは陛下の命令に従い、王妃殿下にこの件を隠し通そうと思っていたのです。陛下の『大切な人を不安にさせたくない』というお気持ちが痛いほど察することができましたもので」
「アンディ、貴方って人は……」
マリノは夫の名を呟き、あきれたように頭を抱える。
「えぇと、いけませんでしたか?」
ルードが首をかしげると、マリノは深く長くため息をついた。
「いけないに決まっていますよ」
「あはは……リルカさんも同じように怒っていました。そんなふうに守られたって嬉しくもなんともないんだから! と。女はそんなに弱くない、いざとなったら大切な人と一緒に戦うくらいの気概はあるの、とも話していましたっけ」
「さすが、リルカ!」
マリノと私の声が見事にシンクロする。
ジョアンの一件のように、裏で事態を解決されたって少しも嬉しくない。
それに、サリア様の形見をお母様に納めた時のように、クライブが私のために大切な何かを手放そうとするのは、絶対に嫌だ。
ルードはノースネージュの方向を見つめて、柔らかく笑った。
「どうやら、リルカさんの考えが正解だったようですね。勢いに押されて飛び出してしまいましたが、王妃殿下に全てお伝えできてよかったです」




