不治の病
「覚悟、決まったみたいだな」
顔を上げるとグレイ様はあきれたように微笑んでいて、私は照れながらうなずいた。
「まったく世話が焼けるよ。ノースランドの王様も王妃様も」
「ご迷惑をおかけしました。おかげさまで、胸のつかえもとれてすっきりいたしました」
「今度は城で上手いメシ食わせてくれよ、それでチャラだ。あとは、一週間なんて言わず、朝一番にここを出てすぐに返事をしてやんな。少しでも早いほうがティアちゃんの身のためにもなる」
グレイ様は立ちあがって大きく伸びをした。
「私の身のため?」
首をかしげると、グレイ様は困ったように笑った。
「さっきの続きじゃないけどさ、豹変するかもってやつ。ティアちゃんは男を誤解してるし、少し甘く見過ぎかな。男は、理性で欲望を抑えて紳士のフリをしてるだけでよ。何かのはずみで狼になるかもしれないんだぜ?」
あのクライブが狼になる? まさかね。
そう思っていたのもつかの間、グレイ様の言葉に、ふとあの日のことを思い返す。
――俺相手なら、何をしても襲われたりはしないとでも思っていたのか?
それまで見たことのないようなぎらついた瞳と、噛みつくような首もとへの口づけ……
怖いと思ってしまったほどのあれは、もしかして狼の前兆だった?
もしも想いを伝えたあとに、あんなふうに迫られたら、私にはもうどうしようもない。
「あ、え、えと……ハイ、明日はすぐに帰りマス」
視線を泳がせ、カタコトの言葉を発しながら顔を熱くさせて、うなずいた。
夕食を終えて貴賓室へ戻り、ゆったりとイスに座る。
アンティーク調の家具が置かれたこの部屋はどこか素朴だけれど品があり、自然の中にいるみたいで落ち着ける。
「マリノ、明日はなるべく早くここを出たいのだけど、準備や連絡、頼めそうかしら?」
「ええ、もちろんです。朝一番でお帰りになりたいのは、陛下に早くお会いしたいからですか?」
マリノはいつものように穏やかに、半分冗談半分本気のフレーズを口にする。
だけど、私の返事はいつもとは違う「そうね」だ。
「ふふ、早くお会いしたいですよねって……ええっ!?」
マリノはきっと毎度の『ばかなことを言わないで!』とすねる姿を予想していたのだろう。
ぱくぱくと魚のように口を動かして、まばたきを繰り返していた。
「悔しいけれど、私、陛下に恋をしたみたい。ようやくわかったわ」
照れ笑いをしながら話すと、マリノは目を潤ませて感動したような顔で見つめてきた。
「トラウマを克服されたのですね」
「結構長くかかっちゃったけどね」
苦笑いをすると、マリノは何度も首を横に振ってくる。
「陛下もティア様を待ってくださっていますし、大丈夫ですよ。帰城が楽しみですね」
「ふふ、そうね。明日は早いし、私はもう休むわね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさいませ」
マリノが去ったあと、窓の外を見るとほんの少しだけ欠けた月が見える。
いまなら、あの満月の夜『距離が憎い』と話していたクライブの気持ちがよくわかる。
私もノースネージュ城と騎士団の城との距離が、出立までの時間がもどかしくてしかたない。
早く貴方に会って、自分の口でちゃんと伝えたい。私もクライブが好きなんだって。
上手く伝えられるかな?
クライブは、どんな顔をするんだろう。
いつもみたいに冷静な顔でいるのかな。それとも嬉しそうにしてくれる?
私をまっすぐに見つめてきて、好きだと言ってくれるのかな。
頬をなぞって、あの日のように優しく口づけをしてくれたりする?
……ああ、恋の病とはよくいったものだ。
治療薬もないこの不治の病は、本当に恐ろしい。
目を閉じていても開いていても、考えてしまうのはクライブのことばかり。
高鳴る胸も、夢見る子どものような思考も、とにかく私の全てが何もかもがおかしくなってしまって。
昂る気持ちを鎮めようとベッドに飛び込みぎゅうと枕を抱きしめるけれど、収まる気配は一向になく、寝付くまでにずいぶん時間がかかってしまったのだった。




