恋する娘
四階に降りると、待機してくれていたマリノが一礼する。
「いかがでしたか?」
どうせわかっているくせにと口の端を歪めた。
「マリノの読みは正しかったわ。完全に負けた」
からかわれて、不意に唇まで奪われて……最近はずっとクライブに振り回されっぱなしだ。
しかも新しい部屋に最初に置いたものがクライブからもらった紅茶だったというのも、なんだか少し悔しい。
「ふふ、そうでしたか。このあとはお荷物を新しいお部屋に運ぶ予定なのですが、少々時間がかかりますので、執務室でお過ごしください」
「私にも引っ越し作業をさせて」
「いいえ、人手は足りています。運び出しの作業は危ないので、ティア様にしていただきたくありません」
マリノの瞳は真剣そのもので、こうなってしまったら絶対に意見を譲ってくれないことを、私は長年の付き合いで知っている。
「わかった。気分転換もしたいから、庭に行くわ」
執務室なんかに一人でこもっていたら、またクライブのことを考えて悶々としてしまうから。
「承知しました。安全のためにも、お散歩は衛兵の目が届く範囲でお願いいたしますね」
エントランスを出て、アンディの庭をゆっくり散策したあと、ベンチに腰かけた。
ここなら見晴らしがいいし、安全だ。
様々な花が鮮やかに咲き乱れているのを眺めていると、向こうのベンチで女性が一人、うつむいているのが見えた。
ストレートのこげ茶色の髪、緑色のドレスをまとった華奢な身体、そして優しい顔の女の子……ミラー夫人のお茶会で見かけたような気がする。
悩ましげな表情が心配になり、そばに寄って声をかけた。
「オリビア、よね?」
おそるおそる呼びかけると、うつむいていた女の子は顔を上げて慌てて立ち上がった。
「あっ、えと、ティア王妃殿下! ご機嫌麗しゅうございます。申し訳ございません、ぼおっとしてしまいまして……」
思っていたとおり、オリビアだ。
下流貴族の一人娘で、地位が低いというだけでミラー夫人のお茶会で仲間はずれにされそうになっていた女の子。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫よ。ここに座って。何か悩んでいるように見えたのだけれど、私の気のせいかしら?」
あんなふうにうつむくなんて、また誰かにいじめられているのかもしれない。
そう思い尋ねたのだけれど、オリビアはなぜか頬をりんごのように真っ赤に染めてうつむいた。
「あっ、あの、王妃殿下にお話しするような大層な悩みでは……」
「いいの、貴女さえよかったら聞かせて」
安心させようと微笑むと、オリビアは小動物のようにこくりとうなずいた。
「私……ロジェ様に恋をしてしまったようなのです」
「ロジェ様? もしかして、北方騎士団隊長の」
そういえばこの半月、ノースネージュの見回り担当はロジェ様だった。
オリビアは頬だけではなく、耳までも真っ赤にさせていて、答えは聞かなくてもわかった。
歳はさほど変わらないはずなのに、そうやって小さくなって照れるオリビアの姿は思わず抱きしめたくなるほど可愛らしい。
……恋をした、か。
恋とは、どのような気持ちなのかしら。
そもそも、どうすれば相手を好きだとわかるの?
「ねぇオリビア。貴女はどうしてロジェ様に恋をしたと気づいたの?」
「えぇっ!?」
予想外の問いかけだったのか、オリビアはこぼれそうなほどに目を丸くし、顔の赤みも増していた。
いけない。他人の恋を詮索するなんて、私、不躾なことを聞いてしまったのかもしれないわ。




