全て解決?
しらばっくれているけれど、確かにグリント卿が犯人なんだ。だけど、証拠なんて何も……
視線を落として胸元で手を重ねると、硬いものが触れる。
やけに気になって羽織の内ポケットから取り出し、マリノに見せた。
「ねぇ、これってどうしたの?」
「あら、ティア様のものではないのですか? 井戸から救いあげた時、ぎゅっと手に握ってらっしゃったのですが」
マリノの言葉に確信を得て、帰ろうとしているグリント卿の背中へ慌てて声をかけた。
「お待ちください、グリント卿! 証拠なら、あります」
「……ほう。ぜひ拝見したいものですね」
にやりとヘビのように笑う顔がいままで不気味だと思っていたけれど、そんな顔でいられるのもここまでなんだから!
「お召しになっているジャケット。よく見ると左胸の小さな飾りボタンが一つありませんよね」
すらりとした形の衣装は、彼のセンスのよさとこだわりを感じさせる。
ぴったりとしたシルエットからしても、オートクチュールであることに間違いはないだろう。
その飾りボタンが左のほうだけ一つ、無くなっていたのだ。
「ああ、本当ですね。小さいものなので誰も気がつかなかったようですね。どこへ行ってしまったのでしょう」
大した話ではないというように、グリント卿はゆったり微笑みかけてきて、一方の私は右手を突き出し、グリント卿の前で手のひらを開いた。
「そのボタンは、ここにあります。あなたのですよね?」
「ええ、そうですね、これは我がグリント家の紋章つきのボタンです。それをどこで? ……ッ、まさか……」
みるみるうちにグリント卿の笑みは消えて、表情も険しいものへと変わっていく。
「昨夜私は何者かに抱えられ、井戸に落とされました。その時に胸元を強く掴んでいたので、ちぎってしまったのでしょう。これで、もう言い逃れはできません」
真っ直ぐ目を見つめて言い放つと、グリント卿は力を無くして崩れるように座り込み、強く床を叩いた。
「くそッ、あの愚王がくだらぬ遺言など残さなければ、こんなことには……!」
「クライブなんかより、俺のほうがよっぽど王にふさわしいのに! さっさとコイツも殺しておけばよかったんだ!」
ハロルドとオーウェンに捕えられているダリルも狂ったように前王様とクライブを罵倒する。
裏切り者たちが恨み言を吐き続ける姿を見て、クライブは顔をしかめて苦しげに目を閉じた。
「やはり、お前たち二人が父を手にかけたのか……」
「陛下……」
やけに静かな声が心配になって寄り添うと、クライブは顔をあげて堂々と言い放つ。
「ダリル、グリント卿、モンド卿、コナー卿、この四人を牢へ。北方裁判に通す」
「北方裁判だと!」
ダリルは目を丸く見開き、一気に身体を強張らせた。
「何を驚いている。規定どおりだろうが」
「マリノ、北方裁判とはなんなんだ?」
ノースランドの法律に詳しくないアンディはマリノに問うけれど、それには私が答えた。
「王族が関わる事件や犯罪は、王族たちが裁かないことになっていたの。軽い犯罪であれば、貴族同士のつながりや、いろいろなしがらみもあるし、罰を与えないまま終わることも多いでしょ? 一方で、重めの犯罪ならば、憎しみで刑を重くしがちになる。どちらにしても正しい判断が下せないから。だけど最近はその辺もあやふやで、ここ何十年も北方裁判が開かれたことはないはず……」
「なるほど。それでは、北方裁判では、誰が犯罪者を裁くのです?」
アンディが小声で聞いてきて、今度はクライブがそれに答える。
「北方騎士団がこいつらの処分を決める。適任だろう」
「クライブ、やめてくれ!」
ダリルはすがりついて懇願してきたけれど、クライブはダリルを振り払って冷たい瞳で見下した。
「それなら、俺がいまここで刑を決めてやる。あまりの残虐性から六十年前に廃止になった、五十から百番の拷問を順に味わうのはどうだ?」
「ひッ……! それだけは……」
ダリルは顔を青くして一気に勢いを失い、ノースランド兵たちの顔も強張った。
そうなるのは無理もない。私もたまたま開いた文献でうっかり五十番の拷問の方法を見てしまったのだけれど、あまりのむごさにしばらく食欲がわかなかったくらいだから。
「それが嫌なら、正しいルートで裁かれることだ」
「だが、騎士の連中は俺に何をするかわからない!」
ダリルの言葉にクライブは面倒そうな顔を見せる。
「そんなの、お前がこれまであいつらの逆鱗に触れるようなことをしてきたのが悪い。牢へ連れて行け」
「嫌だぁぁぁ!」
クライブの命令とともに、大声で叫ぶダリルはハロルドとオーウェンに引きずられるようにして部屋をあとにした。
静かになった部屋で、クライブは踵の音を響かせて姉様の前まで歩みを進める。
「ロザリア。予定ではあと一日あるところですまないが、こんな状態でもてなしは難しい。ロゼッタに一度帰国してもらうことは可能だろうか」
「そうですわね、騒がしいからなんだか落ち着かないですし」
ダリルの叫び声を後ろに聞いて、姉様はくすりと笑う。
「すまない。帰りの準備で必要なものがあったら言ってくれ」
「ええ。ありがとう。とりあえず全て解決したようでよかったわ」
姉様は白い扇子を開いて口元を隠しながら話し、クライブは姉様と私たちにだけ聞こえるような声で低く呟く。
「俺は……お前の疑いを解いたわけじゃない」
その言葉に姉様は悲しげに目を伏せて扇子を閉じたあと、クライブの顔を見上げた。
あらわになった口元はなぜか、三日月のように妖しく弧を描いていたのだった。




