動揺
さっき、ここに触れてきたのは……唇?
クライブが寝室を出ていったことを確認して起き上がり、頬にそっと触れる。
――愛している
先ほどの告白を思い出したとたん胸が暴れてどうにもならず、手繰り寄せた布団に顔をうずめた。
低くて甘い声に、あたたかな唇。優しく触れてきた骨ばったたくましい手。
クライブの全てが、こんなにも私の心をかき乱す。
助けて、マリノ。このままだと私の心臓が破裂してしまう。
そのあとは寝たり起きたりを繰り返し、気がついたらカーテンの隙間から朝日が射し込んでいた。
隣から美味しそうな匂いがする。
おなか、へったな……
食欲をそそる香りにつられて起き上がりドアへ向かう。
すぐにでも食べに行きたいけれど、昨夜あんなことがあったばかりで、私はどんな顔をしてクライブに会えばいいのだろう。
ぐぅとお腹が鳴り、それを止めようとして身体を動かすとドアに手が当たり、物音が立った。
「ティア?」
向こうから私を呼ぶ声が聞こえてくる。
しまった……。頭のてっぺんから足元へ、さぁっと血が落ちていく感覚がした。
こういう時、どんなふうに返すのが正解なの? 私はいままでどういうふうに話しかけていた?
もういつもと同じようには見られないし、わからないよ……
ドアの前で混乱していると、向こうから声が聞こえてくる。
「入っておいで。朝食はここで食べよう」
警戒するネコを呼ぶような穏やかな声に緊張が薄れて、ほっと息を吐き出した。
「申し訳ございません。お邪魔させていただきます」
おそるおそる隣の部屋に入ると、驚いたように目を丸く見開いて、言葉を無くしているクライブと視線が重なる。
「あの、陛下?」
おかしな様子に首をかしげると、クライブはあからさまに大きなため息をついて立ち上がった。
「お前、その格好……」
「格好? うわぁっ!?」
自分の身体を見て、飛び上がる。
本当にどうしようもないくらいにうっかりしていた。
疲労と寝不足とで頭が回らず、ネグリジェ一枚しか着ていないことを失念していたのだ。
「以前から思ってはいたが……」
少しずつ近づいてくるクライブに、じりじりとあとずさりをする。
きっと『王妃なのだから、慎みを持て』だとか、『はしたない』だとか、怒られる……!
壁に背があたってついに後退できなくなり、寝室へのドアが目に入ってそちらに逃げようとすると、手を伸ばされて退路が塞がれた。
「寝不足なもので、ついうっかりしていました。申し訳ありません」
へらっとごまかし笑いをするけれど、クライブは真顔のままで、深紅の瞳には強い怒りの感情が宿っているように見えた。
「……お前はいつも無防備過ぎる。その気がないのなら、自衛しろ」
一気に距離が近づいて、耳元で棘のある声がしたとたん、首に顔をうずめられて、すぐにチリと甘い痛みが走った。
全身が切なくしびれて、めまいのように視界がくらつく。
「……ッ!」
異常な感覚に慌てて顔を背けると、あごをつかまれ無理やり上を向かされた。
「俺相手なら、何をしても襲われたりはしないと思っていたのか?」
「ちがッ、違う、違うの」
何が違うのか自分でもよくわからないけれど、ひたすら言葉を繰り返す。
普段と様子が異なるクライブも、自分自身のおかしな反応も、何もかもがよくわからなくて怖くて、じんわりと涙が浮かぶ。
「違うけど、怖いの……」
思わず飛び出た本音にクライブは一歩離れてドアを開け、そっと私だけを寝室に戻してきた。
ドアの前で崩れるように座りこみ、声も出せずに静かに泣いた。
昨日を境に変わってしまったクライブのことも、それにいちいち反応する自分の身体のおかしさも、こんな気持ちになることも、怖くて怖くてしかたがない。
「……悪かった」
向こうから呟くような声が聞こえてきて、返事もできないまま静かにうなずいた。




