秘めてきた想い
「それなら、どういうことなの?」
心の声が、姉様の言葉と重なった。
静寂があたりを包み、私は息を潜めて言葉を待つ。
付きまとわれて迷惑しているとか、第二王女なんかいらないだとか、過去の異性からは散々なことを言われてきた。
期待なんかするだけ無駄で、今回だって聞かないほうが自分のためになるのかもしれない。
そんなことを考えて丸まりながら耳を塞ごうとすると、クライブの声が聞こえてきた。
「俺は、ティアを愛している」
思わぬ形で名を呼ばれて、はっと息をのんで目を見開いた。
嘘……いま、なんて……
胸のあたりから溢れ出てくる不思議な感覚に耐えきれず、ぎゅっと自分の身体を握りしめる。
いままでにないくらいに胸が早鐘を打ち、気持ちが昂るあまり、息をするのさえ苦しい。
「愛ですって? それは、自分に言い聞かせているだけではなくって? 貴方どうせ、父様が死んだ件の償いのつもりで、あの子を妻に迎えたのでしょう? ティアとの婚約を望んでいたジョアンはろくでなしに育っていたみたいだったものね」
からからと笑う姉様の言葉に、ふと我に返った。そうだ、クライブが私を本気で好きになるわけがない。
「ああ。ロザリアの言うとおりだ」
ほらね、やっぱり。
一瞬でも驚かされて動揺してしまった私がバカみたい。
こんなのは前からわかっていたはずなのに、寂しくてつらくて悲しい気持ちになるのは、いったいどうしてなのだろう。
「もうあれから四年もたつのよ、償いの気持ちなんて……」
クスクス楽しそうに話す姉様に、クライブは深いため息を吐き出した。
「ロザリア、いまもそうだと誰が言った」
「え?」
姉様と同じように、私も驚きの声を発した。
「初めは確かに、かりそめの結婚のつもりだった。だが、ティアと過ごす日々は心地よく、いつしか俺は、ティアを心から愛するようになっていたんだ」
扉の向こうから聞こえてくる愛の告白で熱くなった血が、海鳴りのような音を鳴らして全身を駆け巡った。
「……そう。だから舞踏会の日、私の誘いを断ってティアを追いかけたの? 知っていたんでしょう? 白薔薇のワルツ」
いつも私をすくませる刺々しい姉様の声に、クライブはひるむことなく返していく。
「ああ。以前お前のところの侍女に嘘の伝統を教えられて、ティアを不安にさせたことがあったからな。念のため、庭師にロゼッタの伝統について聞いておいてよかったよ」
嘘の伝統……?
ああ、きっとお互いが机の両端にかけて食べていた朝食のことだ。
庭師というのもおそらく、アンディのことなのだろう。
じゃあ、クライブはロゼッタの伝統を知った上で私を一曲目のワルツに誘って来たってこと……?
――お前じゃないとだめなんだ
あの時の真剣な目をしたクライブの姿が思い出されて頬が熱くなり、くらくらと頭がのぼせた。
「……庭師? 余計なことを。そうそう、一つだけ。気づいていないのでしょうけど、あの子はクライブを嫌いみたいよ。あの子が貴方を受け入れようとしないのは、そういうこと。ショックなお話だったかしら?」
嗤うような声を出す姉様に、クライブは楽しそうにふっと笑った。
「何がおかしいの」
「嫌いだなんて、いつも言われている」
「――ッ!」
姉様はクライブのペースに引きずり込まれ、一気に勢いを失ったようだ。
これまで言葉で負けたことのない姉様が、一切の反論をできずにいた。
「俺は何を言われてもロザリアを部屋に入れる気はないし、ティアへの気持ちも変わらない。どうしても心配というのなら、護衛として王国兵を数名追加してもいいが、どうする」
「いりませんわ。私の誘いを断ったこと、絶対にあとで後悔するわよ」
「さぁ、どうだか」
姉様の脅し文句に、クライブは鼻で笑った。
姿は見えないけれどきっと、いつものような嫌味な微笑みを浮かべているのだろう。
それからしばらくして、寝室のドアが開く音と、深く息を吐き出す音が同時に聞こえてきた。
慌てて目をつぶり、穏やかな呼吸を演出して必死に寝たふりをしていると、そばでぎしりとベッドが軋みの音をあげた。
クライブが腰掛けてきたのだ。
「ティア」
話しかけられているのはわかっているけれど、恥ずかしさのあまり目も開けられない。
いまの私にできるのは寝たふりだけだ。
「どうせ起きているんだろう? ロザリアと話している時、物音がした」
早速バレてしまい、冷たい汗がたらたらと垂れていく。
いっそのこと意を決して目を開けてしまおうかとも思ったけれど、先ほどの告白が蘇ってきて、やはり無理だと諦めた。
どうしたらいいの。胸が苦しくて、自分が自分じゃないようで、すごく恥ずかしい。
こんな状態で、目なんか開けられるわけがない。
不自然なほど微動だにしないでいると、クライブはあきれたように小さく息をついてきて笑う。
「それならそのままで構わないから聞いてくれ」
その言葉にホッとして、静かに呼吸を整えた。
「ロザリアに話したティアへの想いは、嘘なんかじゃない。まぎれもなく本当のことだ」
せっかく呼吸も整ってきたのに、クライブはまた私の心臓を暴れさせてくる。
必死に寝たふりを続けていると、ひんやりとした手が頬に優しく触れてきた。
目を閉じているためクライブの表情は見えないけれど、指先の動きから優しさとぬくもりが伝わってくる。
ふと指が止まったかと思うと愛おしそうに名を呼ばれた。
「ティア……愛している」
思わずぴくりと右手が動く。
かすれたような低く甘い声が身体に響き、全身にびりびりとしびれが走った。
「ジュド閣下の願いどおり、お前が想う男と結婚させようと思っていたからこれまで身をひいていたが、日々強くなるこの想いはもう、押し込められそうにない。お前は以前、想い人はいないと、そう言っていたよな?」
そんなふうに問われても、動くことなんかできない。
これまで感じたことのない不思議な気持ちが湧水のように上がってきて、いまはそれに耐えるだけで精一杯だ。
「俺は、ティアを離したくない。自分でも我儘だと思うが、ほかの誰かじゃなく俺の隣にいてほしい。だから……いつか、お前に俺を好きだと言わせてみせるから」
誓いを告げるような声に、強い鼓動が鳴りやまなくて、信じられない展開に、頭の中がぐらぐらと揺れ、夢の中にいるんじゃないかとさえ思ってしまう。
「ふ、結局最後までだんまりか。まぁいい、いますぐ返事をもらえるとは思っていなかったし。ただ……だからと言って、いつものように逃がしてやりたくはないな」
優しく髪を撫でてきたと思ったら、頭の横がわずかに沈んで、口元に息がかすめてくる。
唇に限りなく近い頬へ温かく柔らかなものを感じたと思うと、耳元で熱く甘い声で囁かれた。
「ティア……幼なじみの関係なんかじゃ、到底足りない。どうか、一人の男として見てくれ」




