伝言と夜の庭
いまのは何曲目だったのかしら。
次から次へと、私と踊りたいと言ってくれる人が現れて嬉しいけれど、もうくたくただ。
リードが上手い人もいたし、ステップの技術が優れていた人もいたけれど、クライブの時のような高揚感がないのはどうしてなのだろう。
一度休もうと思い、奥にある王族の席へ向かおうとすると、見覚えのない十三、四歳ほどの気の弱そうな少年から声をかけられた。
「ごめんなさい、少し疲れてしまって。この次の曲でもいいかしら?」
にこりと微笑むと、少年は驚いたように目を見開いて、不安げに話し出した。
「な、名乗らないままお声掛けするという無礼を、申し訳ございません。私は子爵の三男、ルード・アドラーと申します。下流貴族である私が王妃殿下とダンスなど、恐れ多いです……」
「そんなに萎縮なさらないで。今日は舞踏会。国境も身分も忘れて、踊りや交流を楽しめたら素敵だと私は思うの」
「で、ですがやはり、私にはお気持ちだけで十分でございます。いまの私は作法を学ぶために家を出て、侍従としてお仕えしている身ですから」
困ったようにルードは笑い、再び口を開いた。
「ティア王妃殿下は、噂どおり本当にお優しい方です。殿下が来てくださってから、私たちもずいぶんと働きやすくなりました。大きな声では言えませんが」
ルードは小声で話しながら、優しく微笑みかけてくれる。
「そう言っていただけると嬉しいわ。それで、私に何かご用事があったのではないの?」
「ああ、そうでした!」
どうやら、用事のことをすっかり忘れていたようだ。
あまり人に聞かれたくない話なのだろう。声のトーンを落として、囁くように告げてくる。
「それは、本当に私へ?」
意外な人からの伝言に驚いて問いかけると、ルードは「はい」とうなずいてくる。
「わかったわ。すぐに向かいましょう」
にこりと微笑むと、ルードはほっとしたように胸を撫で下ろし、深く頭を下げてきた。
ロビーに向かって歩き始めると華やかな曲が耳に飛び込んでくる。
これは確か、姉様が一番好きな曲だ。
ふと王族の席を見ると、イスに腰掛けたばかりのクライブを姉様が誘っているのが目に入る。
私には二人が踊るのを嫌だと言う権利もないし、こうやって遠くから見ていることしかできなくて、心がざわめく。
まぁ、嫌と言える権利があったとして、姉様に『やめて』と言える気は全くしないけれど。
小さく息を吐いてもう一度二人を見ると、姉様がクライブに身体を寄せており、一気に距離が縮まっていた。次の瞬間、はっと息が止まり、目を見開く。
嘘っ……キス、してるの……?
姉様の扇子で顔が隠されて見えないけれど、その距離間から口づけを交わしているようにも見える。
姉様が離れると、クライブは驚いたように姉様を見つめていた。
遠くから私が見ているのを、姉様は知っていたのだろう。
こちらに視線を送り、くすりと笑みを浮かべてきて……
胸がえぐられたように痛み、先ほどの『伝えたいことがある』という、クライブの言葉がよみがえった。
ああ、この展開、なんだかカルロスの時に似ているような気がする。
やっぱり最後には皆、姉様を好きになるんだ。
逃げるようにロビーへ出て、外階段を駆け降りる。
衛兵も立っていたけれど、話が済んでいたのか、すんなり通してくれて付き添いまでしてくれた。
苦しくて悲しくて、何も考えられないまま庭を行き、城の灯りを頼りに指示された場所へ足を進める。
「伝言のとおりに参りました。ダリル様? どちらに」
人気のない庭の一角に呼び出すなんて、ダリルはどういうつもりなのだろう。
「お久しぶりです、王妃殿下」
大きな腹を揺らして現れたのは、クライブのいとこにあたる傍系血族のダリルだった。
黒い髪に、オレンジ色の瞳のダリルがまとう舞踏会用の衣装には、派手な飾りや宝石がこれでもかとついている。
クライブとはびっくりするくらい似ていないけれど、どこか品があるように見えるのはやはり王族の血が入っているからだろうか。
「私になんのご用でしょうか?」
お父様が死ぬきっかけを作ったダリルを未だに許せずにいる私は、睨みつけるようにダリルを見つめた。
ダリルは私の視線に憎しみが込められていることに気づかなかったようで、のんきに笑みを浮かべた。
「一つお聞きしたいことがあったのですよ。もしや、王妃殿下は陛下からの寵愛をお受けしていないのではないか、と」
ぞわりと背すじが寒くなる。
なぜ、この人にそのようなことを聞かれなければならないの、という嫌悪感と、先ほどの姉様とクライブの光景を思い出し、強い不安感とでうつむいた。
寵愛など受けたことはないし、クライブはきっと、お父様の願いを叶えるために私をそばに置いている。
私への思いは、愛というよりも保護者の感覚なのかもしれない。
返事をしないまま視線を落としていると、ダリルはなぜか興奮したように喜んで、声を弾ませた。
「やはり! では、もう一つお尋ねしましょう。貴女は、俺の妻になる気はないだろうか?」




