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【電子書籍3巻完結】鈍感な王妃と不器用な国王  作者: 星影さき
第六章 舞踏会と近づく距離
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輝く星に願いをかけて

 こぼれ落ちそうになる涙をこらえ、人込みの合間を縫いながら駆け抜けた。


 相手を見つけて踊る人が増えていくのを横目に、バルコニーへ飛び出る。

 静かなところで一人になりたかったのに、扉を閉じても楽しそうな声や音楽が聞こえてきて、私に逃げ場などないと知った。


 ああ、これ『夜空のワルツ』ね。ロマンティックで、とても長い曲。こんなみじめな思いを、あとどれだけすればいいの?


 少しでも音を遠ざけようとバルコニーをふちどる手すりまで歩き、夜空を見上げる。

 わずかに欠けた月と、宝石のように輝く星たちだけが、ひとりぼっちの私を見つめていた。


 いったい、なんのためにリルカやマリノに身支度をしてもらったのだろう。

 そんなふうに思ってしまうのも、クライブが隣にいないことを虚しいと思うのもなんだかよくわからない。


 夜空を仰ぐと、なぜかクライブの声や微笑んだ顔が浮かんで苦しくなってしまい、手すりを背に座りこんで、サリア様のドレスに顔をうずめた。



 サリア様、ごめんなさい。貴女様の大切なドレスを涙で汚してしまって……


 ああ、まただ。クライブの声が聞こえてくる。どうしてこんなにも思い出してしまうのだろう。


 幻聴をかき消そうと顔を振っているのに、私を探すような声が何度も聞こえてくる。

 変なの。耳までおかしくなってしまったみたい。


「……やっと見つけた」

 もう一度声を振り払おうとすると、また声が聞こえてきた。しかも今度ははっきりとだ。


 扉が開いて、その人は息を切らしてバルコニーに入ってくる。


「なぜ、このようなところに……?」

 立ちあがって尋ねると、クライブは息を整えながらあきれ笑いをした。


「それは俺のほうが聞きたいよ」


「どう、してなんでしょうね……自分でも、なぜここに来たのか、よくわかりません……」


 これが正直な気持ちだった。クライブと姉様が踊っているのを見たくなくて。

 だからといって別の誰かと踊る気持ちにもなれなかった。


 ああ。姉様とクライブが踊ってしまったら、二人が結ばれて私はお払い箱になる、ノースランドにいられなくなる、とでも思っていたのかもしれないな。


 変なの。いったい何を過剰反応していたのだろう。

 たかが舞踏会。たかがダンスじゃない。

 ここはロゼッタじゃなくてノースランド。ロゼッタの伝統なんて気にすることはなかったのに。


「自分でもわからない、か。おかしなことを言うんだな」

 クライブはくつくつと楽しそうに笑っていて、その笑顔から目が離せなくなってしまう。


「わ、私のことはいいんです。それに陛下、先ほどダンスのお誘いを受けてらっしゃいませんでしたか」


 この舞踏会は、ロゼッタ女王国とノースランド王国の友好を願うためのパーティーのはずだ。

 国王が、ロゼッタ第一王女のお誘いを無下にしていいのだろうか。


 クライブをいさめなければと思いつつ『姉様のところへお戻りください』というひとことが、どうやったって出てこない。

 クライブにまだここにいてもらいたいと願ってしまう私は、ノースランド王妃として失格だ。


 唇をぎゅっと結んで視線を落とすと、クライブは困ったような顔をしてきた。


「ああ、わかってるよ。友好関係を保つためにロザリアの手をとるべきだと、そう言いたいんだろう?」


 現実をつきつけられて、つきりと胸が痛む。

 だけど、クライブは会場に足を進めることはなく、どこか困ったように眉尻を下げて口を開いた。


「地位を考えれば、ロザリアの手を取らなければならないのだろうが……ティアが走り去るのを見たら、勝手に足が動いてお前を探していた。ほかの男と踊らせたくなかったんだ」


「え……?」

 真剣な深紅の瞳に、どくんと鼓動が跳ねて、胸が切なく痛んだ。


「言いたいことは山ほどあるが、ここで伝えるのは好ましくないな」


 悔しげな顔を見せたクライブは一歩私に近づいてきて、左手を前に差し出し、右手は自身の背中にまわし、流れるような動作で礼をした。


「どうか、私と踊ってくださいませんか」

 思いもよらない姿に、心臓が強く脈打ち、はっと息が止まってしまう。


「ど……」

 どうして? なぜ、私をダンスに誘うの?


 尋ねたい言葉を慌てて飲み込む。

 ロゼッタでは、ダンスのお誘いをする時やお誘いを受けた時に、余計なことを口にしないことが礼儀であり、スマートだと言われているのだ。


 先ほど、クライブが話した『好ましくない』の言葉からすると、ノースランドでも同じなのだろう。


「私で、いいんですか……?」


「お前じゃないとだめなんだ」


 ねぇクライブ。これはどっちのつもり? 誰とでも気兼ねなく踊れるノースランドのダンス? それとも……


 いろんな考えが頭の中を駆け巡るけれど、もう、そんなのどっちだっていい。


 差し出された手に触れたくて、少しでも長く貴方のそばにいたくて……


 骨ばったクライブの左手に、おそるおそる右手を伸ばす。


 指先が触れると同時に、クライブはそっと私の手をひいてきて。

 抱き寄せるように身体を近づけ、私の背中に手を添えてくる。

 ダンスの姿勢をとっているだけなのに、一気に近づいたこの距離に、一際強く鼓動が跳ねた。


「ティア……」

 どこか甘さを含んだ低い声に、びりびりと全身がしびれて胸が高鳴る。

 ただ名前を呼ばれただけなのに、過剰に反応する自分に動揺してしまう。


 「はい」と返事をしたものの、緊張からかほとんど声になっていなかった。


「扉が開いた瞬間、誰なのかすぐにはわからなかった。今日のお前はいつにも増して美しい」


 かすれたような声で甘く囁かれ、熱をはらんだ深紅の瞳がまっすぐに私を見つめてくる。


 動揺のあまり動けないでいると、クライブは髪をすくって私の頬に触れ、あごから首すじにかけてそっとなぞってきた。


 たくましい手の優しい動きがやけに色っぽくて身体が震え、思わず目をつぶり顔を背けた。


「……まぁいい。いまはまだこれだけで十分。さあ踊ろう」

 クライブは優しい声色で言い、穏やかに微笑みかけてきたのだった。


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