マリノの作戦
「なんなんでしょう、あの女! あんなのが次期女王だなんてロゼッタの将来が心配ですよ。ティア様はそうお思いではないですか!?」
姉様とメリダの気配が消えたとたん、マリノはめずらしく激しい感情をあらわにした。
「もしかしたら、女王じゃなくて併合した国の王妃になっちゃうかもね」
顔をしかめるマリノを横目で見ながら、イスに腰かけて言うと、マリノは声を荒らげてくる。
「何をおっしゃるんですか! そんなこと起こるはずがありません」
「そうかしら……さすがに併合は冗談と思いたいけど……」
「ティア様のお心を乱すためにそんなことを言っているのですよ! たちの悪い戯れ言でしかありません」
マリノは未だかつてないほどに、大きくうなずいてきて、再び口を開いた。
「ティア様、弱気になりすぎです。これまでがそうだったからといって、これからもそうなるとは限りません。それに、ティア様はクライブ陛下が簡単に心を奪われるようなお方に見えるんですか」
マリノの言葉はもっともだと思うけれど、これまでの経過が強烈過ぎる。忘れたくても忘れられないし、何度も頭をよぎってしまうのだ。
それに……
「陛下が何に心を奪われるのかなんてわからないわ。表情がほとんど変わらないし、あんまり自分のことを話さないし」
そもそも、賢く美しく、権力を持ち、表向きは優しい姉様よりも、地味で嫌われるような口ばかりきいて、しかも第二王女な私のほうがいいという男は、相当頭がおかしいんだと思う。
クライブは変わっている人だとは思うけれど、姉様より私を選ぶほど頭のねじはいかれていないだろう。
「一カ月以上お隣にいらっしゃるティア様が陛下のことをわからないのなら、あの女だってわからないと、そう思うはずです!」
マリノはそうやってけしかけてくるけれど、私ははぁ、と深いため息をこぼした。
「いいの、私、陛下のこと嫌いだもの。だから別に嫌われようが姉様と一緒になろうが関係ない」
自分に言い聞かせるように話すと、なぜかズキズキと胸のあたりが痛んでしまう。
不思議と涙があふれてきて、こぼれ落ちないように目をつむり、下を向いた。
そんな私の想いを見透かしたのか、マリノは隣に座りこんできて、優しく手に触れてくれた。
「心にもないことをおっしゃらないでください。そのお顔は嫌いな方を思うお顔ではありませんよ」
「だって……」
必死に涙をこらえていくと、マリノは穏やかな声で「大丈夫です」と微笑みかけてくれる。
「ティア様、もしよろしければ、今夜の舞踏会のお支度、全て私にお任せいただけませんか?」
しばらくマリノは席を外し、戻って来たと思ったら侍女を連れていた。
「お待たせいたしました。今夜のお支度はこの者と私とでさせていただくことにいたしました」
マリノはてきぱきと話し、隣に立つ耳の下で髪を二つに結った侍女が深々と一礼してきた。
この侍女には、見覚えがある。確か、名前は……
「リルカ?」
侍女は「ひゃっ!」と声を出し、跳ねるように顔を上げて、きらきらと輝く瞳を向けてきた。
「うわわっ、名前を覚えてくださっていたのですか!? 光栄です! 私、もしかして明日死ぬのかしら!」
「ふふ、大げさね。初めて会った時に支度をお断りしちゃったから覚えていたの。あの時はごめんなさいね」
ノースランドに来たばかりの日、毎日の身支度の担当だとリルカは挨拶に来てくれたのに、自分でできるからと私は丁重にお断りしていたのだ。
「いえ、いいんですよぅ。むしろご自分のことをご自分でなさるなんて、新鮮で感激でした」
リルカは子どものように無邪気に可愛らしく笑う。
「ありがとう」
天真爛漫なリルカと話していると不安がまぎれるし、ほっとする。
そんなことを思いながら微笑ましく見つめていると、リルカはなぜかうっとりとしたような表情で私を見つめてきた。
「ああっ、ようやく王妃殿下のお支度に携われる……」
「ど、どうしたの?」
ぽうっと恋焦がれるような瞳に思わずたじろいでしまう。
「ずぅっと思っていたんです、ティア殿下はもったいないって!」
リルカの表情はとたんに険しいものへと変わり、なぜかマリノもうんうんとうなずいて同調してきた。
「そうなんです、もったいないんですよ!」
「急にどうしたのよ?」
わけもわからず、苦笑いをして動揺するしかできない。
「まず、お化粧とヘアセット。何十分かけられてます?」
リルカはものすごい勢いで聞いてきたため、おそるおそる真実を口にする。
「全て込めて十分くらいかしら」
「なっ……! そんな……でも、やはりそうだったのですね……」
リルカは貧血を起こしたかのように、頭を抱えてくらくらとした動きを見せてくる。
「皆、そんなものでしょう?」
むしろ自分でやっているぶん、長いほうだとさえ思っていたのだけれど。
「いえ、王族ともなれば一時間以上はかかりますよ。それも毎日!」
「そんなに!?」
衝撃の事実に、開いた口が塞がらない。
一時間以上も化粧とヘアセットに時間をかけるなんて、とてもじゃないが信じられない。
しかも毎日だなんて、時間がもったいない気さえしてしまう。
「それに何より、ドレスも装飾が少なすぎます。色も地味め! ローズピンクとかスカイブルーとかオレンジとか、どうしてお召しにならないのです!?」
リルカはおしゃれに相当のこだわりがあるのか、徐々に興奮が増してきているように見える。
「だって、姉様より目立たないようにしないと」
あまりの迫力に、苦笑いをして答えると、リルカは鼻息荒く言い放つ。
「ここはノースランドですよ! 誰に遠慮なさっているんですか!? 王妃殿下は貴女様ですので、一番豪華にお美しくなさってくださいっ!」
「あ、えと、ごめんなさ……い?」
あまりの勢いにたじろぎ、なぜか謝罪の言葉まで口にしてしまった。
「ティア様が勢いで押し切られるだなんて、めずらしい」
迫力負けしている私に、マリノは楽しそうに笑う。
「バカにしてる?」
「いいえ、そんなことはありません」
手を横に振っているけれど、マリノの顔はまだ笑っていた。
「だって、その顔」
「それに、アクセサリーもやたら小さくて、主張しなさすぎですから!」
言葉を続けようと思っていたのに、興奮するリルカに声をかぶせられてしまう。
「アクセサリーは、このくらいのほうが可愛らしいじゃない」
小さな飾りがついたネックレスを見せると、リルカは気に食わなかったようで、頬をぷくりと膨らませてきた。
「普段ならよくても、きらびやかな場では華やかに! が鉄則ですよ! ほら、やっぱりもったいないじゃないですか。私にお任せください、お美しいティア殿下がさらにお美しく輝かれることでしょうから」




