ロザリアとティア
不安な日々を過ごすうち、ついに姉様がノースランドへやってくる日を迎えてしまった。
澄んだ青空が心地よい昼さがり、クライブと私は跳ね橋前で馬車が来るのを待っていた。
やがて、新市街のほうから市民の湧き立つ声が聞こえてくる。
姉様の馬車が来たのだ。
「ティアの嫁入りの日を思い出すな……。あの日も俺たちが乗る馬車に、皆がああやって声をかけてくれていた」
遠くを見つめながら、クライブが呟くように言う。
「そうだったんですね。緊張していたせいか、ほとんど覚えていなくて」
ノースランドに着いたばかりの頃はクライブがよくわからなくて怖かったり、嫌味な言葉に絶対仲良くなれないと思ったりもしたけれど、いまではこうやって肩を並べるのが当たり前になっている。
時の流れは不思議なものね。
次第に真っ白な馬がひく馬車が近づいてきて私たちの目の前でとまり、美しい女性が使用人の手をとりながら現れた。
わずかに赤みがかった金の髪にはロゼッタの色であるアメジストの髪飾りが、首元には肌の白さと身体の細さを際立たせるような繊細で豪華なネックレスがつけられている。
つぶらな瞳が向けられた貴族や使用人たちは見惚れて立ちつくし、言葉を無くしていた。
ふわりと広がった高貴な薔薇色のドレスをまとう姉様はゆったりとこちらへ向かってくる。
兵士たちも、美しくきらびやかな姿にくぎづけになって目を離せないでいるみたいだ。
もしかして、クライブも同じような目で姉様を見ているのかな、なんて思い、ちらりと右隣に視線を送る。
「どうした?」
盗み見ていたことがバレていたようで、クライブも横目で私に視線を送ってきた。
「い、いえ。なんでもありません」
相変わらず表情が変わらないものだから、何を考えているのかさっぱりだわ。
ひっそり苦笑いをしていると、クライブは姉様と私を見比べてきて口を開いた。
「やはり、あまり似ていないな」
ずきりと胸が痛むけれど、悟られないように微笑む。
「姉様は本当にお美しいですよね。ロゼッタではその美貌から薔薇の姫と呼ばれているんですよ」
「そうなのか。俺はお前のほうが……」
「え?」
「いや、なんでもない」
クライブはなぜか少し動揺した様子で私から視線をそらし、口元を手で押さえていた。
「お久しゅうございます、ロザリア姉様」
スカートをつまみながら膝を屈めて一礼すると、姉様はにこりと微笑みかけてきた。
「ティアも元気そうで何より。クライブ陛下、四年前以来でしたわね。ロゼッタ女王国第一王女、ロザリア・フローレスでございます」
姉様はクライブに向き直り、私と同じように礼をしていく。
そして、最後にクライブの顔を見つめ、なぜかそこで動きが止まっていた。
「え、あの……貴方は?」
「幼い頃以来ですね、ロザリア王女殿下。ノースランド王クライブ・イグニットです。王族同士といえど、私たちは幼なじみ。城内では堅苦しい口調は抜きにいたしませんか?」
クライブが右手を前に曲げて礼をすると、姉様は不思議と顔を真っ赤に染めていた。
「ロザリアはノースランドに来るのは初めてだろう」
城内を案内しながら、クライブが問いかける。
「あ、えぇと、そうですわね」
ぼんやりとした様子の姉様は、誤魔化すように笑っている。
しっかり者の姉様にしてはめずらしく覇気がない。なんというか、心ここにあらずといった様子だ。
「姉様、もしやご気分が優れないのではないですか?」
普段とあまりに様子が違いすぎるため声をかけると、姉様は静かに口を開いた。
「ええ、少し疲れてしまったのかもしれないわ。クライブ、少しだけ休ませて」
貴賓室に案内すると、姉様は部屋に入ってすぐに私たちと互いの侍女を残して人払いをし、ドアの前で立ちつくしていた。
「お茶をお淹れしましょうか……?」
おそるおそる尋ねると、姉様は「結構よ」と強い口調で言ってきて、私は身体を強張らせた。
さすがにもう大丈夫だろうと心では思っていたけれど、私の身体は未だに姉様が怖いらしい。
「ねぇティア。あの方は本当にクライブなの?」
意を決したように姉様は尋ねてきて、私はこてんと首をかしげた。
「はい、正真正銘クライブ陛下ですよ」
「お痩せになられたのかしら……」
姉様はあごに手を当てて考え込むようなそぶりを見せるけれど、私にはそうやって不思議がる理由がさっぱりわからない。
「ふくよかだったというお話は、一度も聞いたことがありませんが……」
「だったらどうして?」
悩み続けるロザリア姉様に、部屋の端に立つマリノは何かに気づいたようで、隠れてくすくす笑いだした。
ただ、そんな顔をしていたのは一瞬だけでマリノはすぐに真剣な表情に戻り、足を踏み出した。
「失礼を承知で申し上げますが、ロザリア王女殿下は勘違いをなさっておいでかと」
「勘違い?」
姉様は眉をひそめてマリノを見つめる。
「殿下は、黒髪にオレンジ色の瞳、かっぷくがよく、漆黒の軍服を身につけてらっしゃるおかたを想い浮かべではありませんか?」
その人、覚えがある。
クライブの政策にケチをつけるばかりで何もしない、戦争時にはお父様とノースランド兵士を見捨てた、私が嫌いなあの人……
「マリノ、それってダリル様のこと?」
私の問いかけに姉様はこめかみをぴくりと動かした。
「人違いなはず、ありませんわ。ヤーク砦陥落後の会議ではオレンジの瞳のお方をクライブと紹介されたのですから」
姉様は真っ白な扇子を開き、せわしなく顔をあおいでいる。こんなふうに動揺している姉様を初めて見たような気がする。
そんな姉様を横目に、マリノは何かを思い出すように視線を上に向けた。
「四年前の会議では、クライブ陛下は心身の疲労で床に伏せっておいでで、不参加だったと記憶しています」
「ふぅん、そう。まぁいいでしょう。クライブがあんなふうになっていたなんて思いもよらなかったわ」
姉様はクライブについて話しながら、熱っぽく瞳を潤ませ頬も赤く染めていて。
そんな姉様を見て、私の心の奥底はキンと凍るように冷たくなり、目の前が真っ白になったような気がした。




