紅茶を好きになった理由
……そういえば、もっと小さい時にもこうやってひとりぼっちで泣いたことがあるような気がする。
いつだったっけ?
ああ、そうだ。私の九歳の誕生日だ……
――ティア 九歳の誕生日――
どれほどここで泣いたのかな。
まだ日も暮れていないのに、真っ暗な闇のなかにいるみたい。
姉様がいなくなったら一大事で城中大騒ぎだろうに、私がこうやって一人消えたって城内は静かなもんだ。いつだって私はひとりぼっち。
バルコニーで座りこんだまま、小さく膝を抱えた。
こうすれば寂しさが少しはマシになるかなと思ったけれど、虚しさが募って反対につらくなるだけだった。
どうして誰も私を見てくれないの? 今日は私の誕生日なんだよ。
まばたきとともに、ぽたりと大粒の雫がこぼれ落ちる。立てた両膝に目をこすりつけると「やっと見つけた」と、息も絶え絶えな声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に振り返って顔を上げると、身なりのいい男の子が大きなガラス扉の向こうに立っていた。
「なん、で?」
ひとりごとのように尋ねると、男の子はガラス扉を開けてバルコニーに侵入してくる。
「なんでって、ティアのことが心配だからに決まってるよ! さ、帰ろう、みんなも心配してるから」
にこりと微笑んで手をつかんでくるけれど、私はそれを勢いよく振り払った。
「嫌だよ、私はいらない子なんだもん。みんな姉様のことばっかりで、私のことなんか見てくれないんだから」
聞き分けのない言葉に、男の子は深くため息をついてあきれたような声を出してきた。
「もー困らせないでよ。いろいろ違うのはしかたないよ。第一王女と第二王女だしさ」
「ほらぁぁぁやっぱり……」
また膝を抱えてうつむいた。
「だから、泣かないでって! 皆がロザリアに優しくしてるのはロザリアのほうが好きだからとか、ティアが嫌いだからとかじゃないよ。心のどこかでは、わかってるんじゃないの?」
そんなのわかっている、わかってはいるけれど。
「それでも……寂しいんだもん」
これが本音だった。
私も皆に誕生日を祝ってほしかった。父様だけではなくて、母様にも頭を撫でてもらいたかった。
第二王女じゃなくて『私』を見てもらいたかったんだ。
すねる私にあきれてしまうかなと思ったけれど、男の子は必死に何かを考えてくれている。
そして何か思い立ったのか、まっすぐ私を見つめてきて、口を開いた。
「ティアは、誰も自分のことを見てくれないって、そう思っているんだね?」
「……うん」
男の子の言葉にこくりとうなずく。
「じゃあ、いまここで約束する。俺は『ロゼッタ第二王女』じゃなくて『ティア・フローレス』を見続けるよ。いつまた国に帰るかわかんないけど、ここにいられるうちはティアのそばにいるし、味方でいる。それなら寂しくないし、少し心強いでしょ?」
男の子がそう言うと、それまでよく見えなかった顔が、霧が晴れるようにはっきりと見えてきた。
夕日みたいな赤い瞳が優しくて、柔らかな笑顔と言葉が温かくて嬉しくて。
だけど、ここで喜んでしまったらいかにもお子様なような気がしてしまい、素直じゃない私は口をとがらせた。
「ふん、貴方一人だけがそう言ってくれたって意味ないじゃない」
すると、男の子はむむむと眉を寄せながら私の顔をじっと見つめてきて。
しまった、ひどいことを言って嫌われちゃったかも、なんて思って慌てて訂正しようとすると、なぜか男の子は嬉しそうに微笑んだ。
ひどいことを言ってしまったのに、どうして?
「そっか、心強いって思ってくれたようで、よかった!」
「え、えええ? なんでそうなるのよ」
確かに心の中では嬉しいって思ったし、心強いとも思った。だけど、一度もそんなこと口にしていないのに。
どうして私の心の中が読まれているの!?
わけがわからず混乱していると、男の子は口元に手をあててくすくすと笑った。
「そんなの、顔を見ればすぐにわかるよ」
「顔?」
きょとんとする私の左目に男の子は人差し指を向けてきて、嬉しそうに微笑んだ。
「ティアは必死に嘘つこうとすると、左のまぶたがピクピクするんだよ。自分じゃ気づいていないでしょ?」
左のまぶたがピクピクする……ですって!?
「何それ、そんなのずるいわ! もしかして皆も知っているの……?」
まさか自分にそんなクセがあるなんて。
嘘が全てバレバレというのは、なんだかみっともなくて恥ずかしくて、顔が熱くなってしまう。
「ずるくなんかないよ。変なクセがついているティアが悪いんだもん。このことは言いふらしてはないけど、ジュド閣下とマリノさんは気づいているかもね」
男の子は立ち上がってズボンの砂をはたき得意げな顔を見せてくる。
それがなんだか面白くなくて、ぷくりと頬を膨らませたあと、二人で顔を見合わせて笑った。
「さ、帰ろう。一緒なら大丈夫だから」
目の前に差し伸べられた手をとり、「うん!」と大きくうなずく。
バルコニーから誰もいない小部屋に入ると、男の子は足を止めて、何かを思い出したような声をあげた。
「あ、そうだ。いちばん大事なことが遅くなっちゃったよ」
「どうしたの?」
首をかしげると、男の子は私のほうを向いて満面の笑みを見せてきた。
「ティア、九歳の誕生日、おめでとう!」
男の子はポケットから平たい缶を二つ取り出して、手渡してくれる。
「これ、私に? ありがとう! 開けていい?」
一つには私の好きなキャンディーが、もう一つの缶には乾燥された葉っぱの粉のようなものが入っていた。
ポプリかと思ったけれど、強い匂いは漂ってこない。
「こっちの葉っぱ、なぁに?」
そう尋ねると、男の子は得意げに笑う。
「だーじりんてぃー、って言うんだって。紅茶の一つみたいだよ。今度飲んでみて」
お父様やマリノ以外の人から誕生日のお祝いをもらえたことが嬉しくて、プレゼントの缶をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、大切にする!」
あの日、深紅の瞳の彼が私を闇から救い出してくれた。
ずっと大切にしていた思い出だったのに、悲しいことやつらいことが多すぎて、いつしか忘れてしまっていたんだ。
思い出せ、て、よかっ、た……




