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成長

 いつものように朝が来て、いつものようにお茶を淹れる。窓の向こうには、また小鳥が二羽遊びに来ていた。


 仲睦まじく遊ぶ小鳥たちは微笑ましくて、眺めていると穏やかな気持ちになる。


 あの二羽がいつかヒナを産んで連れてきてくれたら、もっとにぎやかな朝になるかも、なんて思うと笑みがこぼれた。


 紅茶を飲み終えてカップを置いたとたん、いつものようにノックの音が響き渡る。


「はい、どうぞ」

 きっとクライブだろう。


「おはよう、ティア」

 やはり入ってきたのは、漆黒の髪に深紅の瞳をもつノースランド王、クライブだった。


 クライブは相変わらず表情に乏しくて言葉が少ないけれど、最近は私もそんな様子に慣れ始めていた。


 一週間ほど前だったら何かあるたびすぐにけんかをふっかけていたのに、最近はそれも少なくなったように思う。

 そもそもクライブに対して、心底腹が立つと思うことがなくなったような気もする。


 慣れたのだろうか。いや、きっと私も成長したのだろう。


「おはようございます、陛下。本日はどうされました?」


 一昨日の朝は、作り笑顔について嫌味を言われた。

 昨日の朝は、階段を一段踏み外したことをあきれられ、注意を受けた。

 今朝は、いったいなんの用だろう。


 私の問いに、クライブはめずらしく穏やかに微笑みかけてきた。


「昨日の会議で、北方騎士団が見回りをしてくれるならと、関所の税減額が賛成多数で決まったよ。ありがとう、ティアのおかげだ」


「わぁ、本当ですか! よかった!」

 これがうまくいけば、ノースランドも豊かになるし、ダリルもグリント卿もクライブに手を出しづらくなるだろう。

 いいことずくめだ。


 いつもならクライブは少し話したらすぐに帰ってしまうのだけれど、今日はめずらしくイスを引いて腰かけてきた。


「その礼と言ってはなんだが、今週のどこかでひまわり畑を見に行かないか? 城にこもってばかりでは気も滅入るだろう」


 私も腰掛けようとした時、思いもよらない言葉が聞こえ、嬉しさのあまり座るのも忘れて立ち上がった。


「ひまわり畑ですか! 『ノースネージュにあるひまわり畑はいつか必ず見たほうがいい』と、生前お父様がよく話していたので、私もずっと見てみたかったんです」


「それはよかった。では、いつがいいだろうか」


「すぐにでも!」

 前のめりになりながら答えた。


「いますぐに……か」

 クライブは声こそ淡々としていたけれど、その目は丸くなっていて。

 そこでようやく自分がおかしなことを言ってしまったと気がついた。


「あ、いえ、申し訳ございません。陛下はお忙しいのに。つい嬉しくなってしまって」


 視線を落として謝ると、クライブは立ち上がって穏やかに微笑みかけてくれた。


「いや、いい。馬で行けばそう遠くはないし、幸い今日の午前中は仕事も少ない。料理長に頼んで軽食を持って行こう」

 嬉しい提案に、花開くように自分の表情が明るくなっていくのがわかる。


「はい! では、すぐに支度しますね!」



 二階奥にあるマリノとアンディの部屋をノックして声をかけ、中に入る。


 朝一番で私の着替えを手伝ってくれたあとから朝食の時間まではマリノの自由時間で、そのあいだいつもマリノはこの部屋にいるのだ。


 マリノはいつものようにすぐ出迎えてくれたのだけれど、もう一人いるはずの人が見当たらない。


「あれ、アンディは?」

「庭の水やりに出掛けました。庭に関しては好きにやってくれと陛下から言っていただけたようで、張り切っているんです」


 夫のことを聞かれたマリノは、照れたように笑った。


 アンディについて話すとき、マリノはいつもこの顔をする。私よりも年上なのに、それがとても可愛らしくてたまらない。


「アンディ担当の庭はいつも綺麗だし、なんかアートになってきたわよね。木を刈り上げたりとか」


 このあいだなんか、ウサギの形をした木が庭に三本ほど出没していたし、色とりどりの花を使って模様が作られたりもしていた。


 小さな美術展に来ているようで、アンディの庭を歩くのは面白い。 


「自由にできて楽しいようですし、ティア様のお部屋から見えるお庭の担当なので、凝ったものを作ろうと意気込んでいるようですよ。それで、私に何かご用があったのではないのですか?」


 そうだ、忘れかけていた。いつものように普通に話しこんでしまった。


「そうそう! これから、陛下とひまわり畑を見に行くことになって」


「その付き添い、ですか?」

 マリノは首をかしげて尋ねてくる。


「ええ。頼まれてくれるかしら」

 マリノは私の世話係件護衛で、外を歩くときはいつもぴったりと側を離れないでいてくれている。


 今回も来てもらったほうがいいと思ったのだけれど、クライブとマリノと私の三人で並んでひまわり畑を見ると考えると、なぜか少し寂しい気もした。


 マリノは口元に手を当て、考え込むような仕草を見せてきたけれど、すぐに顔を上げて優しく微笑みかけてきた。


「もし、何者かからの襲撃を恐れていらっしゃるのなら、ご心配の必要はありませんよ。近衛兵のハロルド様とオーウェン様がお付きでらっしゃるでしょうし、陛下にも北方騎士団仕込みの剣技があります。手合わせしたことはありませんが、おそらくその腕前も相当です。襲撃されたとしても相手を軽くのしてしまうでしょう」


「そう、それなら大丈夫そうね」

 マリノが大丈夫と話すのだから、きっとそうなのだろう。


 まだロゼッタにいた頃『剣の腕が立つ者は、対峙(たいじ)するだけで、相手の実力がわかるものです』と将軍のジェームズが話していたし。


「ティア様。せっかくですので、仕事をお忘れになってゆっくりなさってきてください。お出掛けなさっても、私が隣にいては残してきたお仕事が気になってしまうでしょうから」


 そう言われると、そうなりそうな気もしてしまう。


 それに、いつも仕事ばかりのマリノにも自由な時間を与えてあげたい。


「わかったわ。じゃあ、帰ってきたらまたここに来るわね」


「ええ。お待ちしております。ごゆっくりお楽しみくださいませ」

 嬉しそうにマリノは微笑んで、深々と一礼してきたのだった。



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