子どものまねごと
言葉を濁すマリノに首をかしげると、マリノはいつものように微笑んで口を開いた。
「ああ、申し訳ございません。お話がそれてしまいましたね。ティア様は陛下の何についてお悩みだったのですか?」
そうだ。元々はその話をしたかったのよ。
クライブから聞いた関所の税の減額についての話を伝えていくと、マリノまでもが考え込むようになってしまった。
「確かにいまのノースランドにとって、関所の税が減るメリットは大きいですね。なにかいい方法があるといいのですが」
貴族たちはクライブを若いからと、下に見ているふしがある。
利点の説明だけじゃまだ足りない。
きっとあと少し、貴族を黙らせることのできる何かがないと……
必死に頭をひねって考えていると、中庭から無邪気な少年たちの声が聞こえてきた。
「俺はノースランド王、クライブだぁ! 騎士団長グレイよ、ジュピト帝国軍に突撃だぁ」
幼いけれど勇ましい声が気になって窓に向かうと、中庭に小さく可愛らしい偽クライブがいた。
あの子は確か、クライブのはとこ兄弟だったかしら。
手に持つ木の枝は剣のつもりで、首に巻いているクロスはマントのつもりなのかもしれない。
突撃しろと命令された、これまた小さく愛らしい偽グレイ様は兄の言葉にぷくりと頬を膨らませた。
「ねぇ兄ちゃん、だめだよー! ジュピトてーこくは敵じゃなくなったから、悪役にしちゃだめだってクライブ陛下が言ってたじゃんよ。このあいだの戦争はこっちも悪かったんだから、憎まないで許し合わなきゃいけないぞって」
……ふーん。アイツ案外いいこと言うじゃないの。子どもに話しかけたりするのもちょっと意外かも、と窓枠に手をかけて小さな英雄たちを見守る。
「そうだ約束したんだった。じゃあ、騎士団長グレイよ、勉強魔神ジェスへ突撃だぁ!」
兄が命令を下すと、弟はにかっと笑って棒を振り上げながら木に向かって駆けて行く。
「とつげきだぁー!」
けれど、木に突撃することはかなわず、本物の勉強魔人……彼らの家庭教師が現れてしまったようだ。
「貴方がたはまたそうやって逃げ出して! 課題はどうされたのです、課題は!」
「やっべ、勉強魔神が出やがった」
子どもたち二人はリスやウサギのように、あっという間にいなくなってしまう。
家庭教師のジェスはあきれたように天を仰ぎ、二階にいる私と視線が重なった。
「あぁっティア王妃殿下、騒がしくしてしまい申し訳ございません」
ジェスがペコペコと白髪頭を下げて謝ってくるけれど、構わないわと笑った。
小さなクライブとグレイ様は本当に可愛くて癒されたし、もっと見ていたかったというのが本音だったから。
だけど、ジェスは口を曲げて、二人が逃げていった方向をじとっと睨みつけた。
「一カ月ほど前、陛下と騎士団長様がお二人でいらっしゃるのをお見かけしてからずっと、ああなのです。お二方ともノースランドの英雄ですし、気持ちはわからなくもないのですが、陛下のお目に触れたらと思うと」
だんだん声が小さくなるジェスは、遠目でもわかるほど青い顔をして小刻みに震えている。
まったく、いろいろ忙しい方ね。
「お二方ともそのようなことでお怒りになる方ではありませんし、 このままでも子どもらしくていいではないですか。ただ……逃げた二人を追いかけなくてもいいの?」
はっと大きく飛び上がり一礼したジェスは「すみません。私はこれで失礼いたします」と、老齢の男とは思えないほどの速さで庭を走り去っていった。
小さいクライブと騎士団長グレイ様、可愛かったな……って、ん!
顔をぱっと上にあげる。
天啓が降ってきたのかと思うくらい、普段の私ではきっと考えつかないようなアイデアがひらめいたのだ。
「ごめんねマリノ、私いいこと思いついたわ。陛下のところへ行ってくる! 廊下の衛兵に頼んでついてきてもらうし大丈夫だから、残りの仕事をまとめておいて!」
先ほどまでしていた仕事を放り出し、足早にドアへ向かう。
「承知いたしました。この書類をまとめましたら、すぐに追いかけますね。くれぐれもお気をつけて」
「ありがとう!」
振り返ってマリノの目を見て、にこりと微笑んでドアを閉めた。
「ティア様……トラウマを克服し、再びお心に素直になれるとよいのですが」
ぽつりとこぼれたマリノの一人言は、私の耳に入ることなく消えていったのだった。




