第46話 永遠の契り
湖畔の小さな教会に、夏の光が降り注いでいた。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、祭壇の前に立っていた。隣には礼服姿のカイゼル。彼の金色の瞳が、優しく私を見つめている。
一年前、あの双月峰で全てが終わり、そして始まった。失ったものは大きかったけれど、得たものもまた大きかった。
教会には親しい仲間たちだけが集まっていた。セレスティア女王、アルテミシアとミラベル、イザベラ、オリバー。皆が温かい笑顔で私たちを見守っている。
これは普通の結婚式ではなかった。たまゆらに頼らず、自らの意志で愛を誓う新しい儀式――「魂結の儀」。私たちが創り出した、新しい愛の形だった。
司祭が口を開いた。
「では、誓いの言葉を」
カイゼルが私の手を取った。その手は温かく、けれど少し震えていた。
「リーナ・アスティス。俺は、運命に選ばれたからじゃない。自分の意志で、お前を選ぶ。喜びも、悲しみも、全てをお前と分かち合う。それが、俺の誓いだ」
私も彼の手を握り返した。
「カイゼル・ヴァルトハイム。私も、あなたを選びます。たまゆらがなくても、運命がなくても、あなたと共に生きることを、私の意志で決めました。喜びも、悲しみも、あなたの魂と共に」
誓いの言葉と共に、私たちの間に穏やかな光が生まれた。
それは「選択のたまゆら」――押し付けられた運命ではなく、互いが選び取った絆の証。温かく、優しく、そして確かな光だった。
教会全体が、その光に包まれていく。セレスティアが涙を拭い、アルテミシアとミラベルが手を繋ぎ合い、イザベラが満足げに頷いている。
司祭が微笑んだ。
「神に対してではなく、互いに対して、そして支えてくれた仲間たちに対しての誓い。これこそが、新しい時代の愛の形。二人の契りを、ここに認めます」
カイゼルが私の頬に手を添えた。
「愛してる、リーナ」
「私も、カイゼル」
唇が重なる。教会に拍手が響き渡った。
*
式を終え、私たちは湖畔に出た。
夕暮れの光が水面をオレンジ色に染めている。カイゼルと並んで、湖を見つめながら歩く。
湖畔の大きな木の下で立ち止まった。カイゼルが私を抱き寄せ、その肩に頭を預ける。
「長い道のりだったな」
「うん……本当に」
二人で、これまでの旅路を振り返る。出会いの時の反発、少しずつ近づいていった心、共に戦った日々、そして失った人たち。
「ユリウス……マグナスさん……父さんも……」
私が呟くと、カイゼルも頷いた。
「たくさんの犠牲の上に、今の俺たちがある。忘れちゃいけない」
「忘れないよ。ずっと」
二人で双月峰の方向を見つめた。あの山の頂に、ユリウスの墓がある。
風が吹き、木の葉がさらさらと音を立てた。
「前を向かないとな」
「そうね。ユリウスもきっと、それを望んでる」
カイゼルが私の手を取った。
「これから、どんな未来が待ってるか分からない」
「でも、お前と一緒なら、何も怖くない」
「私も同じ気持ち」
二人で微笑み合った。
*
夕日が地平線に沈みかけた頃、背後にふと気配を感じた。
振り返る。ノエルが立っていた。銀色の髪が夕日に輝き、オッドアイが不思議な光を宿している。
「ノエル……!」
「やあ、リーナ。カイゼル」
ノエルは満足げに微笑んだ。
「うん、とっても綺麗な音になったね。君たちの魂の音、最初とは全然違う。運命に縛られた不協和音じゃなくて、自分たちで奏でる美しいハーモニーだ」
ノエルの身体が、少しずつ透けていく。
「もう、ボクの役目は終わった。未来は、君たちのものだ……きみたちを殺さなくてよかった。本当によかった」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! どういう意味なの!? どこへ行くの?」
「さあ、意味なんてないよ。さて、どこへ行こうかね。でも、きっといい場所だよ」
ノエルは最後に、優しく微笑んだ。
「じゃあね、リーナ、カイゼル。幸せに生きて。君たちなら、きっとできる」
光の粒子となって、ノエルは消えていった。風に乗って、その光が空へと昇っていく。
カイゼルが私を抱き寄せた。
「あいつ……ヤバい奴だったな。行っちまったからもう大丈夫だと思うけど」
「うん……ちょっと怖かった。でも、きっと大丈夫」
夕日が湖面に私たちの影を映し出している。長く伸びた二つの影が、一つに重なった。
カイゼルが私の顎を優しく持ち上げる。
「愛してる」
「私も」
唇を重ねた。
湖面に映る二人の姿が、夕日の中で溶け合っていく。
これが、私たちが選んだ愛。
運命に縛られない、永遠の契り。
*
数年後。
王都の大通りを、私は子供の――エマの手を引いて歩いていた。
銀灰色の髪に、金色の瞳。私とカイゼルの特徴を受け継いだ小さな命。
街は活気に満ちている。人間、獣人族、精霊族が当たり前のように共に暮らし、働いている。たまゆらの有無で差別されることもない。
これが、ユリウスが夢見た世界。
広場の中央には、新しい像が建っていた。ユリウス・エステリアの像。台座には、こう刻まれている。
『全ての民が、自らの意志で生きられる世界を』
エマが私の手を引っ張った。
「マーマ、あのひとだーれ?」
「大切な人よ。この世界を守ってくれた英雄」
「へえ……あたしもえいゆーになれる?」
「なれるわよ。あなたが選べば」
エマは満足そうに笑った。
ふと空を見上げる。蒼月と紅月が仲良く並んでいた。昔のような威圧感はなく、ただ優しく世界を見守っているだけ。
カイゼルが後ろから走ってきた。
「待たせたな」
「おそーい」
「悪い悪い。仕事が長引いて」
三人で手を繋いで歩き始めると、まん中のエマが二人の間でぶら下がった。
「あははは! もっとぶらんぶらんしてー」
エマは満面の笑顔になった。これが私たちの日常。運命に選ばれたのではなく、自分たちで選び取った幸せ。
長い道のりだった。後悔はない。
全ては、この瞬間のためにあったのだから。
(了)
最後までお読みいただき誠にありがとうございます。
おもしろかったなー、みたいなご感想をお餅であれば、下のほうでブクマしていただいたり★ポチポチしていただいたりすると、作者がスキップして喜ぶみたいです。
長編作品にお付き合いいただいてありがとうございました(._.)オジギ




