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伯爵令嬢は公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~  作者: 藍沢 理
第7章 最後の双月

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第46話 永遠の契り

 湖畔の小さな教会に、夏の光が降り注いでいた。


 純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、祭壇の前に立っていた。隣には礼服姿のカイゼル。彼の金色の瞳が、優しく私を見つめている。


 一年前、あの双月峰で全てが終わり、そして始まった。失ったものは大きかったけれど、得たものもまた大きかった。


 教会には親しい仲間たちだけが集まっていた。セレスティア女王、アルテミシアとミラベル、イザベラ、オリバー。皆が温かい笑顔で私たちを見守っている。


 これは普通の結婚式ではなかった。たまゆらに頼らず、自らの意志で愛を誓う新しい儀式――「魂結の儀」。私たちが創り出した、新しい愛の形だった。


 司祭が口を開いた。


「では、誓いの言葉を」


 カイゼルが私の手を取った。その手は温かく、けれど少し震えていた。


「リーナ・アスティス。俺は、運命に選ばれたからじゃない。自分の意志で、お前を選ぶ。喜びも、悲しみも、全てをお前と分かち合う。それが、俺の誓いだ」


 私も彼の手を握り返した。


「カイゼル・ヴァルトハイム。私も、あなたを選びます。たまゆらがなくても、運命がなくても、あなたと共に生きることを、私の意志で決めました。喜びも、悲しみも、あなたの魂と共に」


 誓いの言葉と共に、私たちの間に穏やかな光が生まれた。


 それは「選択のたまゆら」――押し付けられた運命ではなく、互いが選び取った絆の証。温かく、優しく、そして確かな光だった。


 教会全体が、その光に包まれていく。セレスティアが涙を拭い、アルテミシアとミラベルが手を繋ぎ合い、イザベラが満足げに頷いている。


 司祭が微笑んだ。


「神に対してではなく、互いに対して、そして支えてくれた仲間たちに対しての誓い。これこそが、新しい時代の愛の形。二人の契りを、ここに認めます」


 カイゼルが私の頬に手を添えた。


「愛してる、リーナ」

「私も、カイゼル」


 唇が重なる。教会に拍手が響き渡った。



 式を終え、私たちは湖畔に出た。


 夕暮れの光が水面をオレンジ色に染めている。カイゼルと並んで、湖を見つめながら歩く。


 湖畔の大きな木の下で立ち止まった。カイゼルが私を抱き寄せ、その肩に頭を預ける。


「長い道のりだったな」

「うん……本当に」


 二人で、これまでの旅路を振り返る。出会いの時の反発、少しずつ近づいていった心、共に戦った日々、そして失った人たち。


「ユリウス……マグナスさん……父さんも……」


 私が呟くと、カイゼルも頷いた。


「たくさんの犠牲の上に、今の俺たちがある。忘れちゃいけない」

「忘れないよ。ずっと」


 二人で双月峰の方向を見つめた。あの山の頂に、ユリウスの墓がある。

 風が吹き、木の葉がさらさらと音を立てた。


「前を向かないとな」

「そうね。ユリウスもきっと、それを望んでる」


 カイゼルが私の手を取った。


「これから、どんな未来が待ってるか分からない」

「でも、お前と一緒なら、何も怖くない」

「私も同じ気持ち」


 二人で微笑み合った。



 夕日が地平線に沈みかけた頃、背後にふと気配を感じた。


 振り返る。ノエルが立っていた。銀色の髪が夕日に輝き、オッドアイが不思議な光を宿している。


「ノエル……!」

「やあ、リーナ。カイゼル」


 ノエルは満足げに微笑んだ。


「うん、とっても綺麗な音になったね。君たちの魂の音、最初とは全然違う。運命に縛られた不協和音じゃなくて、自分たちで奏でる美しいハーモニーだ」


 ノエルの身体が、少しずつ透けていく。


「もう、ボクの役目は終わった。未来は、君たちのものだ……きみたちを殺さなくてよかった。本当によかった」

「えっ!? ちょ、ちょっと待って! どういう意味なの!? どこへ行くの?」

「さあ、意味なんてないよ。さて、どこへ行こうかね。でも、きっといい場所だよ」


 ノエルは最後に、優しく微笑んだ。


「じゃあね、リーナ、カイゼル。幸せに生きて。君たちなら、きっとできる」


 光の粒子となって、ノエルは消えていった。風に乗って、その光が空へと昇っていく。


 カイゼルが私を抱き寄せた。


「あいつ……ヤバい奴だったな。行っちまったからもう大丈夫だと思うけど」

「うん……ちょっと怖かった。でも、きっと大丈夫」


 夕日が湖面に私たちの影を映し出している。長く伸びた二つの影が、一つに重なった。


 カイゼルが私の顎を優しく持ち上げる。


「愛してる」

「私も」


 唇を重ねた。

 湖面に映る二人の姿が、夕日の中で溶け合っていく。


 これが、私たちが選んだ愛。


 運命に縛られない、永遠の契り。



 数年後。


 王都の大通りを、私は子供の――エマの手を引いて歩いていた。


 銀灰色の髪に、金色の瞳。私とカイゼルの特徴を受け継いだ小さな命。


 街は活気に満ちている。人間、獣人族、精霊族が当たり前のように共に暮らし、働いている。たまゆらの有無で差別されることもない。


 これが、ユリウスが夢見た世界。


 広場の中央には、新しい像が建っていた。ユリウス・エステリアの像。台座には、こう刻まれている。


 『全ての民が、自らの意志で生きられる世界を』


 エマが私の手を引っ張った。


「マーマ、あのひとだーれ?」

「大切な人よ。この世界を守ってくれた英雄」

「へえ……あたしもえいゆーになれる?」

「なれるわよ。あなたが選べば」


 エマは満足そうに笑った。


 ふと空を見上げる。蒼月と紅月が仲良く並んでいた。昔のような威圧感はなく、ただ優しく世界を見守っているだけ。


 カイゼルが後ろから走ってきた。


「待たせたな」

「おそーい」

「悪い悪い。仕事が長引いて」


 三人で手を繋いで歩き始めると、まん中のエマが二人の間でぶら下がった。


「あははは! もっとぶらんぶらんしてー」


 エマは満面の笑顔になった。これが私たちの日常。運命に選ばれたのではなく、自分たちで選び取った幸せ。


 長い道のりだった。後悔はない。


 全ては、この瞬間のためにあったのだから。




(了)


最後までお読みいただき誠にありがとうございます。

おもしろかったなー、みたいなご感想をお餅であれば、下のほうでブクマしていただいたり★ポチポチしていただいたりすると、作者がスキップして喜ぶみたいです。

長編作品にお付き合いいただいてありがとうございました(._.)オジギ

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