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伯爵令嬢は公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~  作者: 藍沢 理
第7章 最後の双月

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第45話 女王陛下

 王都への帰路、三日目の夕暮れ。


 野営地の焚き火から少し離れた場所で、私はカイゼルと並んで座っていた。視線の先には、ユリウスの棺が安置されたテント。その前に、セレスティアが一人立っていた。


 三日間、ずっとああして……。


 王が崩御し、第一王子も亡くなった。幽閉されていたとて、セレスティアが女王となることは必然だった。毅然と振る舞い、指示を出し、皆を導いている。でも休憩の時間になると必ずユリウスの棺の前に立ち、じっと見つめているのだった。


「あいつのことは放っておけ」

「でも……」

「あれはセレスティアの戦いだ。俺たちがとやかく言うことじゃない」


 カイゼルの瞳が遠くを見つめる。

 私は立ち上がった。誰かが手を差し伸べないと、彼女は永遠に一人で苦しみ続ける気がしたから。



 テントの中、松明の光がゆらめいている。

 セレスティアは膝をついて座っていた。ゆっくりと振り返った彼女の顔には、驚きと警戒の色が見えた。


「……何の用?」

「様子を見に来ました」

「必要ないわ。私は大丈夫」

「そうは見えません」


 セレスティアの肩が小さく震えた。


「なぜ……なぜ、あなたが私を気遣うの? 私はあなたに酷いことをした。あなたの能力を利用しようとした。そして……私のせいで、ユリウスは……」


 彼女の声は震えていた。私はゆっくりと歩み寄り、彼女の隣に座った。


「誰も、あなたを許したりしない」


 セレスティアが息を呑む。


「あなた自身があなたを許すのです」


 はっきりと告げた。


「ユリウスは、あなたに生きてほしかったはずです。彼の夢見た国を、創るために。それが、あなたにできる唯一の償い」


 セレスティアの瞳が大きく見開かれる。


「でも、私には……そんな資格は……」

「資格なんて誰が決めるんですか? ユリウスはあなたを信じた。だから聖剣が応えた。違いますか?」


 私は彼女の手を取った。冷たくて震えていた。


「私も手伝います」


 セレスティアが驚いたように私を見つめる。


「なぜ……?」

「ユリウスの遺志を、一緒に背負いたいから。憎しみじゃなくて、未来を選びたいから。それに……あなた一人じゃ、きっと無理でしょう?」


 セレスティアの表情が崩れた。傲慢な仮面が剥がれ落ちた。


「私……私は……怖いの……ユリウスがいない世界が……一人ぼっちになるのが……」


 子供のような声だった。

 私は彼女を抱き寄せた。最初は身体が硬直していたが、やがて力が抜けていく。

 堰を切ったように、嗚咽が漏れ始めた。


「ユリウス……ユリウス……! ごめんなさい……ごめんなさい……! 私が悪かった……全部、私のせい……!」


 女王の涙ではなかった。兄を失った妹の、心からの慟哭だった。



 一週間後、王宮の玉座の間。


 純白のドレスに身を包んだセレスティアが、聖剣ソラリスを手に、ゆっくりと玉座へ向かって歩いていく。


 彼女の瞳に、もう驕りはない。代わりに、重い責任を背負う覚悟と、ユリウスの遺志を継ぐ決意が宿っていた。


 列席者の中には、各国の要人たちの姿があった。獣人族の族長イザベラ、精霊族の長老たち、そして人間の貴族たち。


 大神官が進み出て、即位の儀式が始まった。


「セレスティア・ルミナス、汝は民と神に誓うか。この国を導き、全ての民を守ることを」


 セレスティアは聖剣を掲げた。


「誓います」


 その声は、凛として響いた。



 即位の儀式が終わり、セレスティアは玉座に座った。


「我が最初の命として、新たな統治体制を宣言する」


 玉座の間がざわめいた。セレスティアは立ち上がり、声を響かせた。


「本日より、各種族の代表者による『円卓評議会』を設立する。もはや、一つの種族、一つの思想が国を支配する時代は終わった。全ての声が等しく聞かれ、全ての民が等しく扱われる。それが、新しいエステリアの在り方である」


 驚きの声が上がる中、セレスティアは続けた。


「精霊族代表として、カイゼル・ヴァルトハイム公爵。獣人族代表として、族長イザベラ・クリムゾン。そして人間改革派代表として、オリバー・ブランシュ博士。彼らと共に、新しい国を築いていく」


 カイゼルが私の手を軽く握り、前に進み出た。イザベラも堂々とした足取りで歩み寄る。オリバーは緊張した面持ちながら、しっかりとした足取りで進んだ。


「共に、ユリウスが夢見た国を創ろう」


 透き通る声で、カイゼルが宣言した。



 その場で円卓が玉座の前に設置され、評議会の最初の議題が提示された。


 たまゆら差別撤廃法について。


 セレスティアの声が響く。


「これは、たまゆらの有無による、あらゆる差別を禁止する法律である。無響者も、半魂者も、全ての者が等しい権利を持つ。これは、新しい国の理念を示す、最も重要な法律だ」


 イザベラが口を開いた。


「獣人族は賛成する。我らは元より、たまゆらに頼らぬ生き方を選んできた。全ての者が、自らの意志で人生を選べる。それこそが真の自由ぞ」


 カイゼルも頷いた。


「精霊族も賛成だ。千年の対立と偏見を終わらせる時が来た」


 オリバーが震える声で言った。


「人間の改革派も、全面的に支持します」


 セレスティアは立ち上がった。


「では、採決を行う。賛成の者は」


 全員が手を挙げた。満場一致だった。


「たまゆら差別撤廃法、ここに成立を宣言する!」


 玉座の間に、万雷の拍手が響き渡った。


 セレスティア、カイゼル、イザベラが王宮のバルコニーに姿を現した。私も後ろから付いていき、その光景を見守る。広場には無数の民衆が集まっていた。


 セレスティアが声を張り上げた。


「民よ、聞け! 今日、新しい時代が始まった! もはや、たまゆらの有無で人の価値は決まらない! 種族の違いで差別されることもない! 全ての者が、自らの意志で生きられる国がここに誕生した!」


 歓声が爆発的に湧き起こった。


 たまゆらできずに苦しんできた者たち、種族の違いで迫害されてきた者たち、全ての者が涙を流しながら喜びの声を上げている。


 カイゼルが私の隣に来て手を繋いだ。


「これが、俺たちの創る未来だ」


 バルコニーから広場を見下ろすセレスティア。

 そのすぐそばに一瞬、何かが見えた。

 満足げに微笑む、ユリウスの幻影だった。


 さすがに疲れているみたい。


 新しい国が、今、産声を上げた。


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