第35話 反逆の狼煙
早朝の光が、隠れ家の窓から差し込んでいた。
王都の下町にある古い酒場の地下室。そこに集まった騎士たちの顔は、一様に厳しい表情を浮かべている。彼らは皆、ユリウスに忠誠を誓う者たちだった。
部屋の中央に立つユリウスの瞳には、もはや迷いの色はなかった。エレナと父の死を経て、彼の中で何かが変わった。悲しみを力に変え、鋼の意志が宿っている。
――父上、エレナ。あなたたちの犠牲を、無駄にはしない。
「諸君」
ユリウスが口を開いた。その声は、静かだが力強い。
「父王レオニード陛下は、崩御された」
騎士たちの間に動揺が走った。
「陛下が……」
「セレスティア様の仕業か」
「あの魔女め」
ユリウスは手を上げ、騎士たちを制した。
「父は私を守るために命を捧げた。最後まで、王として、父として戦い抜かれた」
「殿下……」
「もはや躊躇している時ではない」
彼は剣の柄に手をかけた。
「セレスティアの暴挙を討つ。これは反逆ではない。正義の戦いだ」
「はっ!」
騎士たちが一斉に膝をついた。
「我らは殿下と共に」
「命を懸けて戦います」
「正統なる王位継承者、ユリウス様のために」
ユリウスは騎士たちを見渡した。その数は二十名ほど。セレスティアの軍勢に比べれば圧倒的に少ない。だが、彼らの瞳には確かな決意が宿っていた。
「今日の正午、セレスティアは、父王の崩御と自らの摂政就任を祝う式典を開く。その場で私は、真実を民衆に告げる」
ユリウスが告げると、騎士たちの顔に緊張が走った。
*
正午。王都の中央広場は、多くの民衆で埋め尽くされていた。
壇上には豪華な玉座が設置され、そこにセレスティアが座っている。金の装飾が施された摂政の衣装を纏い、満足げな笑みを浮かべていた。
大神官が彼女の横に立ち、祝福の言葉を述べている。
「新たなる導き手、セレスティア様の御世の始まりです」
「たまゆらの秩序は、より完璧なものとなるでしょう」
「無響者どもの排除も、間もなく」
民衆は困惑していた。国王の突然の崩御、そして王女の摂政就任。あまりにも急激な変化に、誰もが戸惑いを隠せない。
その時、広場の入り口から馬の蹄の音が響いてきた。
「何者だ」
セレスティアの私兵が動いた。
現れたのは、ユリウスだった。白い軍馬に跨り、少数の騎士を従えて堂々と広場に入ってくる。その姿は、まさに王子そのものだった。
「ユリウス……」
セレスティアの顔が険しくなった。
民衆がざわめき始める。行方不明だった第一王子の登場に、期待と不安が入り混じった視線が注がれる。
「国民よ!」
ユリウスの声が、広場全体に響き渡った。
「真実を聞いてほしい!」
ユリウスは馬から降り、民衆の前に立った。
セレスティアは壇上から彼を睨みつけている。大神官も、苦々しい表情を浮かべていた。
「父王レオニード陛下は、病で崩御されたのではない」
ユリウスの言葉に、民衆が息を呑んだ。
「セレスティアのクーデターにより、幽閉された」
「嘘です!」
セレスティアが立ち上がった。
「父上は過労で倒れられたのです」
「違う! 君は大神殿と結託し、父上から王位を奪った」
「証拠はあるのですか」
「私自身が証人だ」
ユリウスは民衆に向かって叫んだ。
「父は最後まで、この国と民のことを思っていた!」
「黙りなさい!」
セレスティアの声が鋭くなった。
「反逆者が何を言っても無駄です」
「反逆者は君の方だ、セレスティア」
「わたくしは、この国を正しい道へ導こうとしているだけです」
「正しい道? 無響者を火刑に処すことが正しいのか」
民衆がさらにざわめいた。無響者の中には、恐怖に震える者もいる。
「秩序を乱す者は排除されるべきです」
「それは間違っている」
ユリウスは聖剣ソラリスを抜いた。陽光を受けて、刃が眩く輝く。
「全ての民に、平等な権利がある。たまゆらの有無で、人の価値は決まらない」
「甘い理想論です」
「いや、これが私の信じる正義だ」
セレスティアの顔が怒りで歪んだ。
「反逆者を捕らえよ!」
*
セレスティアの命令と同時に、彼女の私兵たちが動き出した。
だが、その瞬間、民衆の中から声が上がった。
「ユリウス様!」
「正統なる王子殿下!」
「俺たちはユリウス様につく!」
王国騎士団の一部が、ユリウスの側に立った。日和見をしていた騎士たちも、ユリウスの言葉に心を動かされたのだ。
「裏切り者が! 全員、処刑です!」
セレスティアが叫んだ。
「やってみろよ! 正義は我にあり!」
ユリウスが剣を構えると同時に両軍が激突した。
剣と剣がぶつかり合い、金属音が広場に響き渡る。魔法が炸裂し、石畳が砕け散った。民衆は悲鳴を上げて逃げ惑う。
セレスティアも壇上から降り、響鳴者の力を解放した。複数の魂脈が不協和音を奏で、周囲の者たちを混乱させる。
「わたくしこそが、この国の法です!」
「違う!」
ユリウスが彼女に向かって駆けた。それを見たセレスティアが短剣を抜く。
「君は道を誤った!」
兄と妹の剣が激突した。二人の間に火花が散る。
王都の広場は戦場と化した。かつて平和だった王都に、血と炎の嵐が吹き荒れる。
ユリウス軍とセレスティア軍。二つの勢力に分かれた騎士たちが、互いの正義を掲げて戦い始めた。
内乱の始まり。
血で血を洗う戦いの幕が上がった。




