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伯爵令嬢は公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~  作者: 藍沢 理
第5章 千年の亡霊

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第30話 永遠花の在処

「古流剣術奥義――」


 マグナスの剣が、青白い光を放ち始めた。


 カイゼルから聞いたことがある。あれは、ヴァルトハイム家に伝わる古流剣術の奥義。生命力そのものを燃料として発動する最後の技。マグナスの体から、凄まじい闘気が立ち昇る。


「――天地封印!」


 剣が大地に突き立てられた瞬間、光の鎖がゼファーの体に巻き付いた。千年を生きる精霊といえども、この技を即座に破ることはできない。


「小賢しい……!」

「行け! 今のうちだ!」


 マグナスの叫びに、カイゼルが立ち上がった。倒れた精霊たちを抱え起こし、私の手を掴む。


「祖父上!」

「来るなっ! 振り返るな! 未来だけを見ろ!」


 私たちは精霊たちと共に走った。森の奥へ、奥へと。


 背後で爆発音が響いた。振り返りたい衝動に駆られた。戻りたいと思って立ち止まろうとした。けれど、カイゼルの手が私を引き留めた。


「行こう、リーナ」

「でも――」

「祖父の願いを、無駄にできない」


 涙が頬を伝った。また一人、大切な人が犠牲になった。


 どこをどう走ったか覚えていない。気がつけば、森の奥深くにある洞窟に辿り着いていた。精霊たちが、この場所まで導いてくれたのだ。


「ここなら、しばらくは安全だ」


 シルヴァンが疲れ切った声で言った。彼も彼の仲間も傷を負っていた。



 カイゼルは洞窟の奥で、一人膝を抱えて座り込んでいた。祖父を失った悲しみが、その背中から滲み出ている。私は彼の隣に座った。何か言葉をかけようとしたが、適切な言葉が見つからない。


 だから、ただ寄り添った。時間が静かに流れていく。夕闇が洞窟を包み始めた頃、カイゼルがようやく口を開いた。


「祖父は、最後まで戦士だった」

「うん」

「誇り高く、未来のために命を賭けた」


 その時、私のポケットで何かが光った。

 取り出してみると、それは小さな通信石だった。いつの間にかマグナスが忍ばせていたらしい。


「これは……」


 通信石が、微かに脈動している。魔力を込めると、光が強まった。


 そして――映像が浮かび上がった。


 若き日のマグナスが、誰かと並んで立っている。その相手は、精霊族の戦士のようだった。二人は山の頂を指差している。


 その山の形は――。


「双月峰……」


 カイゼルが息を呑んだ。

 伝説に謳われる、二つの月が最も近づく聖なる山。


「祖父が指している場所……あそこに何かある」


 映像をよく見ると、マグナスの指が示す岩肌に、小さな印が刻まれていた。先ほど見た、ヴァルトハイム家の紋章と、精霊族の紋章が重なり合った特別な印。


永遠花(とわはな)はここに……」


 私は確信した。あの白い部屋で母が言っていた。

 ゼファーが求める永遠花(とわはな)。それは、双月峰の頂にある。そして、マグナスと精霊族の戦士は、その秘密を共有していた。


 カイゼルが立ち上がった。


 悲しみはまだ消えていない。でも、その瞳には新たな決意が宿っていた。


「行くぞ、リーナ」

「うん」

「全てを終わらせに」


 洞窟の入り口から、南の空が見えた。


 双月峰は、遥か彼方に霞んでいる。


 あそこで、千年の因縁に決着をつけることになる。


 私の中に眠るルナの魂の欠片。それが、ゼファーを救う鍵になるのか、それとも――分からない。でも、もう逃げることはできない。


 マグナスが命と引き換えに作ってくれた、この機会を無駄にはできない。


「双月の夜まで、あと十日だ。それまでに準備を整えなければ……」


 シルヴァンが呟いた。

 決戦の時が、刻一刻と近づいている。

 私は胸に手を当てた。

 ルナ、あなたは何を望んでいるの?


 その答えは、双月峰で明らかになるのだろうか。


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