第30話 永遠花の在処
「古流剣術奥義――」
マグナスの剣が、青白い光を放ち始めた。
カイゼルから聞いたことがある。あれは、ヴァルトハイム家に伝わる古流剣術の奥義。生命力そのものを燃料として発動する最後の技。マグナスの体から、凄まじい闘気が立ち昇る。
「――天地封印!」
剣が大地に突き立てられた瞬間、光の鎖がゼファーの体に巻き付いた。千年を生きる精霊といえども、この技を即座に破ることはできない。
「小賢しい……!」
「行け! 今のうちだ!」
マグナスの叫びに、カイゼルが立ち上がった。倒れた精霊たちを抱え起こし、私の手を掴む。
「祖父上!」
「来るなっ! 振り返るな! 未来だけを見ろ!」
私たちは精霊たちと共に走った。森の奥へ、奥へと。
背後で爆発音が響いた。振り返りたい衝動に駆られた。戻りたいと思って立ち止まろうとした。けれど、カイゼルの手が私を引き留めた。
「行こう、リーナ」
「でも――」
「祖父の願いを、無駄にできない」
涙が頬を伝った。また一人、大切な人が犠牲になった。
どこをどう走ったか覚えていない。気がつけば、森の奥深くにある洞窟に辿り着いていた。精霊たちが、この場所まで導いてくれたのだ。
「ここなら、しばらくは安全だ」
シルヴァンが疲れ切った声で言った。彼も彼の仲間も傷を負っていた。
*
カイゼルは洞窟の奥で、一人膝を抱えて座り込んでいた。祖父を失った悲しみが、その背中から滲み出ている。私は彼の隣に座った。何か言葉をかけようとしたが、適切な言葉が見つからない。
だから、ただ寄り添った。時間が静かに流れていく。夕闇が洞窟を包み始めた頃、カイゼルがようやく口を開いた。
「祖父は、最後まで戦士だった」
「うん」
「誇り高く、未来のために命を賭けた」
その時、私のポケットで何かが光った。
取り出してみると、それは小さな通信石だった。いつの間にかマグナスが忍ばせていたらしい。
「これは……」
通信石が、微かに脈動している。魔力を込めると、光が強まった。
そして――映像が浮かび上がった。
若き日のマグナスが、誰かと並んで立っている。その相手は、精霊族の戦士のようだった。二人は山の頂を指差している。
その山の形は――。
「双月峰……」
カイゼルが息を呑んだ。
伝説に謳われる、二つの月が最も近づく聖なる山。
「祖父が指している場所……あそこに何かある」
映像をよく見ると、マグナスの指が示す岩肌に、小さな印が刻まれていた。先ほど見た、ヴァルトハイム家の紋章と、精霊族の紋章が重なり合った特別な印。
「永遠花はここに……」
私は確信した。あの白い部屋で母が言っていた。
ゼファーが求める永遠花。それは、双月峰の頂にある。そして、マグナスと精霊族の戦士は、その秘密を共有していた。
カイゼルが立ち上がった。
悲しみはまだ消えていない。でも、その瞳には新たな決意が宿っていた。
「行くぞ、リーナ」
「うん」
「全てを終わらせに」
洞窟の入り口から、南の空が見えた。
双月峰は、遥か彼方に霞んでいる。
あそこで、千年の因縁に決着をつけることになる。
私の中に眠るルナの魂の欠片。それが、ゼファーを救う鍵になるのか、それとも――分からない。でも、もう逃げることはできない。
マグナスが命と引き換えに作ってくれた、この機会を無駄にはできない。
「双月の夜まで、あと十日だ。それまでに準備を整えなければ……」
シルヴァンが呟いた。
決戦の時が、刻一刻と近づいている。
私は胸に手を当てた。
ルナ、あなたは何を望んでいるの?
その答えは、双月峰で明らかになるのだろうか。




