第28話 転生の真実
カイゼルの剣が、ゼファーに向かって振り下ろされようとしていた。
その瞬間――。
「待って待って、その話、ちょっと違うよ」
突然、二人の間に誰かが割り込んだ。
銀色の長い髪。中性的な美しい顔立ち。右目は蒼月のような銀色、左目は紅月のような金色。白い衣装を纏った小柄な姿が、ひらりと舞い降りた。
「ノエル……」
私は、その名を呟いた。以前、王都で出会った不思議な存在。運命の糸が見えると言っていた、あの子だ。
ゼファーが眉を顰めた。
「半精霊か。邪魔をするな」
「邪魔じゃないよ。ただ、間違いを正しに来ただけ」
「何だと?」
「彼女はルナの転生じゃない」
その言葉に、全員が凍りついた。
ノエルは私の前に立ち、オッドアイで真っ直ぐに見つめてきた。
「ルナの魂の欠片は確かに君の中にある。でもそれは、転生とは違う」
「どういうこと?」
「ルナの魂は、ゼファーの憎しみから逃れるために、未来で最も安全な場所を探したんだ」
ノエルがゼファーを指差した。
「君の力を打ち消せる『逆響者』の魂。それが、彼女だった」
「逆響者……」
ゼファーの表情に動揺が走った。地下水道でも動揺していた。あのときと同じ困惑の色だった。
「そう。君のたまゆらも、君の魔力も、全てを拒絶し、打ち消す力。それが逆響」
「馬鹿な。ルナが我を拒むはずがない」
「拒んでるんじゃない。守ってるんだよ」
ノエルの言葉が、静かに響いた。
「守る?」
「君をね。千年の狂気からね」
風が吹いた。廃墟の中を、冷たい風が通り抜けていく。
ノエルは続けた。
「ルナの魂は、君に復讐を望んでいない」
「黙れ」
「ただ、君の千年の苦しみを終わらせてほしいだけ」
「黙れと言っている!」
ゼファーの魔力が爆発的に膨れ上がった。空気が震え、地面に亀裂が走る。
ノエルは、微動だにしなかった。
「だから、その魂の欠片は、君を止められる唯一の『鍵』として、彼女に託されたんだ」
鍵。
その言葉が、胸に突き刺さった。私の力は、呪いじゃなかった。母から受け継いだだけでもなかった。見知らぬ過去の女性の、切実な願いも背負っていたのだ。
「嘘だ……」
ゼファーが呟いた。千年を生きる精霊の声が震える。
「ルナは我を愛していた。我も彼女を愛していた」
「そうだね。だからこそ、彼女は君を止めたいんだ」
ノエルが振り返って私を見る。
「選ぶのは君だよ、リーナ」
「私が?」
「君の力をどう使うか。それは君が決めること」
胸に手を当てた。
この奥に、ルナという女性の魂の欠片が眠っている。彼女は何を望んでいるのだろう。本当に、ゼファーを止めたいと思っているのだろうか。
「戯言を! 千年待った! もう誰の言葉も聞かぬ!」
ゼファーが叫んだ。凄まじい魔力が、再び周囲の空気を歪ませる。黒い魔力が渦を巻き、ゼファーの姿を包み込んでゆく。
「双月の夜、双月峰で待つ」
声だけが黒い魔力から響いてきた。
「そこで真偽を確かめてくれる」
魔力の渦が消えると、そこにゼファーの姿はなかった。
静寂が、廃墟を包んだ。
ノエルが、くるりと私に向き直った。
「じゃあね」
「え?」
「あとは君の『選択』だ」
そう言い残して、ノエルもまた光の中に消えていった。
残されたのは、私とカイゼルだけ。
廃墟の中で、二人は立ち尽くしていた。
「リーナ……」
カイゼルが、そっと私の手を握る。
「大丈夫か?」
「……分からない」
正直な気持ちだった。
私は生贄じゃなかった。でも、世界を救う鍵でもあるらしい。
それが何を意味するのか、まだ理解できずにいた。
ただ一つ、確かなことがある。
双月峰で、全てが決まる。
私の選択が、ゼファーの千年の狂気を終わらせるかもしれない。
それは同時に――私自身の運命も、決定づけることになるのだろう。




