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伯爵令嬢は公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~  作者: 藍沢 理
第5章 千年の亡霊

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第28話 転生の真実

 カイゼルの剣が、ゼファーに向かって振り下ろされようとしていた。


 その瞬間――。


「待って待って、その話、ちょっと違うよ」


 突然、二人の間に誰かが割り込んだ。


 銀色の長い髪。中性的な美しい顔立ち。右目は蒼月のような銀色、左目は紅月のような金色。白い衣装を纏った小柄な姿が、ひらりと舞い降りた。


「ノエル……」


 私は、その名を呟いた。以前、王都で出会った不思議な存在。運命の糸が見えると言っていた、あの子だ。


 ゼファーが眉を顰めた。


「半精霊か。邪魔をするな」

「邪魔じゃないよ。ただ、間違いを正しに来ただけ」

「何だと?」

「彼女はルナの転生じゃない」


 その言葉に、全員が凍りついた。


 ノエルは私の前に立ち、オッドアイで真っ直ぐに見つめてきた。


「ルナの魂の欠片は確かに君の中にある。でもそれは、転生とは違う」

「どういうこと?」

「ルナの魂は、ゼファーの憎しみから逃れるために、未来で最も安全な場所を探したんだ」


 ノエルがゼファーを指差した。


「君の力を打ち消せる『逆響者』の魂。それが、彼女だった」

「逆響者……」


 ゼファーの表情に動揺が走った。地下水道でも動揺していた。あのときと同じ困惑の色だった。


「そう。君のたまゆらも、君の魔力も、全てを拒絶し、打ち消す力。それが逆響」

「馬鹿な。ルナが我を拒むはずがない」

「拒んでるんじゃない。守ってるんだよ」


 ノエルの言葉が、静かに響いた。


「守る?」

「君をね。千年の狂気からね」


 風が吹いた。廃墟の中を、冷たい風が通り抜けていく。


 ノエルは続けた。


「ルナの魂は、君に復讐を望んでいない」

「黙れ」

「ただ、君の千年の苦しみを終わらせてほしいだけ」

「黙れと言っている!」


 ゼファーの魔力が爆発的に膨れ上がった。空気が震え、地面に亀裂が走る。


 ノエルは、微動だにしなかった。


「だから、その魂の欠片は、君を止められる唯一の『鍵』として、彼女に託されたんだ」


 鍵。


 その言葉が、胸に突き刺さった。私の力は、呪いじゃなかった。母から受け継いだだけでもなかった。見知らぬ過去の女性の、切実な願いも背負っていたのだ。


「嘘だ……」


 ゼファーが呟いた。千年を生きる精霊の声が震える。


「ルナは我を愛していた。我も彼女を愛していた」

「そうだね。だからこそ、彼女は君を止めたいんだ」


 ノエルが振り返って私を見る。


「選ぶのは君だよ、リーナ」

「私が?」

「君の力をどう使うか。それは君が決めること」


 胸に手を当てた。

 この奥に、ルナという女性の魂の欠片が眠っている。彼女は何を望んでいるのだろう。本当に、ゼファーを止めたいと思っているのだろうか。


「戯言を! 千年待った! もう誰の言葉も聞かぬ!」


 ゼファーが叫んだ。凄まじい魔力が、再び周囲の空気を歪ませる。黒い魔力が渦を巻き、ゼファーの姿を包み込んでゆく。


「双月の夜、双月峰で待つ」


 声だけが黒い魔力から響いてきた。


「そこで真偽を確かめてくれる」


 魔力の渦が消えると、そこにゼファーの姿はなかった。


 静寂が、廃墟を包んだ。


 ノエルが、くるりと私に向き直った。


「じゃあね」

「え?」

「あとは君の『選択』だ」


 そう言い残して、ノエルもまた光の中に消えていった。


 残されたのは、私とカイゼルだけ。


 廃墟の中で、二人は立ち尽くしていた。


「リーナ……」


 カイゼルが、そっと私の手を握る。


「大丈夫か?」

「……分からない」


 正直な気持ちだった。

 私は生贄じゃなかった。でも、世界を救う鍵でもあるらしい。

 それが何を意味するのか、まだ理解できずにいた。

 ただ一つ、確かなことがある。


 双月峰で、全てが決まる。

 私の選択が、ゼファーの千年の狂気を終わらせるかもしれない。


 それは同時に――私自身の運命も、決定づけることになるのだろう。


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