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伯爵令嬢は公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~  作者: 藍沢 理
第4章 三つ巴の恋慕

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第25話 選んだ愛

 目を開けると、見慣れた天井があった。


 アスティス家の私の部屋。今までのは夢?


「気がついたか」


 カイゼルの声がした。ベッドの横に座っていた。その顔には安堵の色が浮かんでいた。


「私……」

「暴走した力を、なんとか鎮めた。そのあとアスティス家にお前を運んできた」

「お父様は?」

「……騎士団に引き渡した。葬儀の準備をしている」


 現実だった。悪夢ではなかった。それなら、今は悲しんでいる時間はない。


 私は起き上がった。手の中に、父が遺した鍵がまだ握られている。


「カイゼル、一緒に来て」

「どこへ?」

「母の部屋とは別に、隠し部屋があるの」


 二人で廊下を歩き、長く閉ざされていた隠し部屋へ向かった。埃っぽい空気の中、突き当たりの壁を観察する。幼少の頃から、この壁だけがおかしいと感じていた。壁の右下に小さな鍵穴を見つけた。そこに父の鍵を差し込んだ。


 重い音を立てて、扉が開いた。


 中には、古い書物と手紙が山のように積まれていた。その一番上に、母の筆跡で書かれた手紙があった。


 『愛する娘へ』


 震える手で封を開ける。そこには、逆響の力についての詳細な研究記録があった。目を引いたのは締めの一文。


 『永遠花(とわはな)を、ゼファー・ノクティスに渡してはならない。世界が、愛という狂気に飲み込まれる』


 カイゼルがすうっと息を吸い込む。


「そのゼファーってやつ、本気でまずそうだな。俺も手伝わせてくれないか?」

「でもカイゼル……あなたは今」

「関係ない。そんなことより大事なことがある。……だろ? ただ、状況をもっと詳しく知りたい。差し支えなければその手紙、見せてくれないか」


 これ以上彼を巻き込みたくない。精霊族の血がバレて、ただでさえ大変な状況なのに。それに彼は軟禁されていたはず。つまり抜け出してきているという事になる。


「さっさと見せろ」


 私は渋々頷いた。母の手紙を彼に見せた。永遠花(とわはな)のこと、ゼファーの狂気のこと、そして世界に迫る危機のこと。全てを、包み隠さず話した。

 カイゼルは最後まで聞いてから、口を開いた。


「お前一人が背負う問題じゃない」

「でも、逆響の力を持つのは私だけで」

「違う。これは俺の血の因縁でもある」


 彼の金色の瞳が、一瞬だけ青く光った。精霊の血の証。


「ゼファーは精霊族だ。そして俺も、その血を引いている。これは俺の戦いでもあるんだ」


 カイゼルが机を回り込んで、私の前に立った。いつもより近い。その距離に心臓が早鐘を打つ。


「それに、もう一つ理由がある」


 彼の手が、そっと私の手を包んだ。温かい。震えていた私の手を優しく握ってくれる。


「もう契約のためじゃない。偽りの婚約でもない」

「カイゼル……」

「お前を守りたい。お前と一緒にいたい。それが俺の本当の気持ちだ」


 息が止まりそうだった。


 初めて会ったあと、契約のために偽りの関係を演じた。でも、いつの間にか、それは本物になっていた。


「お前はどうだ?」

「私も……」


 声が震えた。でも、言わなければ。今この瞬間に。


「私も、あなたと一緒に行きたい。あなたと一緒なら、どんな運命にも立ち向かえる気がする」


 カイゼルの瞳が、優しく細められた。


「たまゆらじゃない。運命でもない。俺たちは、自分の意志で選んだんだ」

「ええ。私たちが、選んだの」


 手を握り合ったまま、見つめ合った。言葉はもう要らなかった。


 静寂を破ったのは、窓を叩く音だった。


 振り返ると、一羽の伝令鳥が必死に窓ガラスを突いている。足には小さな手紙が結ばれていた。


 カイゼルが窓を開けると、飛び込んできた。羽根が乱れ、息も絶え絶え。かなり急いで飛んできたのだろう。

 伝令鳥を落ち着かせ、カイゼルが手紙を抜き取る。

 覗き込むと、急いで書いたであろう乱れた文字が並んでいた。カイゼルの祖父、マグナスの筆跡だ。


「何て書いてあるの?」

「『騎士団が動いた。至急戻れ』と」

「え?」

「この一文だけだ。余計な情報はない。つまり、それだけ切羽詰まっているという事だ」


 カイゼルが素早く立ち上がった。


「俺は軟禁されていたのを抜け出してきている。アスティス家にいること自体、まずい状況だしな。準備をしよう。最小限の荷物だけ持って」

「わかった」


 私は母の研究記録を胸に抱いた。これだけは、絶対に持っていかなければ。


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