088 使節~ばあちゃん、どうしても会話に入りたい~
「ばあちゃん……今から大事な話をするから、その、なんと言うか……気を付けてね」
「分かっとるって。私はなんも口挟まんよ。黙っときます」
サリサがヴィヴィ食堂にばあちゃんとヴィヴィ、そして念の為にとカリスとタリナを呼び寄せた。
「初めまして。私、ファクタ侯爵イゾーノ・ナミヘールさまの使節として参上いたしました、カッツォーネと申します。レン王にお目通りいただき、大変光栄に存じます」
イゾーノ家のナミヘールとカッツォーネ……なんだか既視感のある名前だ。カッツォーネさんは貴族の使いらしく装飾が美しい服を着ている。護衛の騎士たちも豪華な鎧で身を固めている。
なんというか……金持ちそ~……ただの黒スーツの俺が『王』などと呼ばれ物凄く浮いて見える。
「この度はツクシャナ共和国のご建国、誠におめでとうございます。ナミヘールさまをはじめ、ファクタ一同、心よりお祝い申し上げます」
このカッツォーネという人物、物腰は柔らかく取り繕っているが……目の奥は笑っていない。それに、護衛の騎士たちの圧が凄いな。相当鍛えこまれていて強そうだ。
だけど――
――ゴゴゴゴゴゴゴ……
うちのカリスとタリナの圧の方が圧倒的に上だ!
女性ながら、身長2メートルを超える筋骨隆々のメイド服、背丈ほどの大剣に大斧、そして恐ろしいまでの……覇気! 落ち着き払った二人の目が「いつでも……いいぞ」と語っている。屈強な騎士たちが小さく見える。
うーん、相変わらずのカオスな画だが、なんとも心強い。
「いや、私は王ではありません。ツクシャナは共和国体制を敷いているので、王を持ちません。あくまで暫定の代表者という事で認識頂けると助かります。それに、私はもとより商工会職員……あ~、商人ですので、そうかしこまらないで下さい」
「レン様は元商人でいらっしゃいましたか。どおりで新興国とは思えぬ活気、得心いたしました」
「街の様子をごらんになられたのですか?」
「お噂はかねがね伺っておりましたが、実際に目にしてなお驚いております。あの神樹とよばれる木も……聞けば、そちらの救い主さま、伊織さまの御業であるとか」
……白々しいな。
森湧顕地発動後、すでに斥候を送り込んで詳細な様子は探っていたはずだ。こうやって使節が出向いてきた以上、こちらの情報はある程度把握しているんだろう。
「あ~、あれねぇ。ちょっと頭に血が上って適当に詠唱――」
「ばあちゃ、ごほん! 救い主殿。まずはカッツォーネ殿のお話を」
必要以上にこちらの情報を教えてやることはない。俺とサリサはばあちゃんに「喋るな~」の視線を送る。これは流石に空気よめない系のばあちゃんも口を閉ざすはず――
「あ、ちなみにあの木、森湧顕樹って名付けましたぁ。可愛いかろ?」
「モリワキケンジュ? ほう、それはまた神秘的な響きですな」
「神秘的? へは! なん言いようとね。そんな大層なもんじゃなかろうもん。どっちかっちゅうと、元気とやる気が出る感じやろが」
「元気とやる気、ですか?」
「モリモリたい! そう思わせる響きやろうもん! 元気モリモリ♪」
「はぁ……」
だめだ!
相変わらずの壊滅的な空気の読まなさだ。サリサもため息交じりに頭を抱えている。
そして、いつ名付けたその名前。気持ち悪いからやめてくれ!
「救い主殿……お話をいいですか?」
「あ! すんまっせん。どぞ、続けてくだ~さい。はい、どぞ~。へはは」
まったく……ばあちゃんが喋りだしたら話が進まないどころか、とんでもない方向に進んでしまいそうだ。同席させといて悪いが、しばらく置物になってもらおう。
「カッツォーネ殿。それで、今回はどのようなご用向きで?」
「ああ、そうでしたな。いえ、実は我々ファクタの貴族院でも、ツクシャナ共和国の建国を祝いたいとの声があり、差し出がましい事ではありますが、ナミヘールさま主催で貴国の建国祝賀会をひらこうという事になりました」
「ツクシャナ共和国の建国祝賀会?」
「ええ。ファクタやエストキオの貴族たちを始め、教会の面々、またノルドクシュのギルド長など、各国の重鎮を招いてお祝いしようと。それで是非、主賓であるレンさまにご出席願えないかとお願いに参りました」
おいおい。つまり勝手に席を設けたってわけか……
それに俺たちと友好的立場にあるクマロク王国やブンゴルドの名前が出てこない……これは用心してかからないと。
「やーん! 貴族のパーティー?! それ私も行けるんやろか?! サリちゃん、貴族のパーティーっちばい! 服、作ってくれん? 私、フリッフリのフリルがついたやつがよか~!」
この人……ほんの一瞬も黙っていられないじゃないか! 貴族のパーティーと聞いて即喰いついた!
「はっはっは。伊織さまはそのお美しいご尊顔とは裏腹に、愉快な方なのですなぁ」
「え、ええ……伊織殿は非常に親しみやすいお心をお持ちで、国民からも慕われておりますです、はい……」
「え~そうなん? 私、そんなに慕われとん? ぐへへ~。じゃあ、今度街のみんなにへそくりでなんか奢ろうかな~。あ、ラーメン出来たら、それ奢ろうかね? ねえ、蓮ちゃん!」
「え、ええ……ええ! ご、ご自由に!!!」
マジで黙ってくれ!!! サリサ! ばあちゃんの同席すすめたのお前だろ! 失敗だぞ!
「ふむ。さすが救い主と謳われるお方。なんと寛大なお心をお持ちであることか。このカッツォーネ、感服いたしました」
「そうね? へははぁ~、じゃあカツオちゃんにもラーメン奢ろうかねぇ」
カツオじゃない! カッツォーネさんだ! 変な略し方するな!
「カツオ……いえ私は……ええ……それはそれは、ラーメンとは何か分かりませんが、是非に」
「い・お・り・ど・の! その話はまた今度……今はカッツォーネ殿のお話を!」
「あ! ごめんばい……ばあちゃんお口チャック! ん!」
よし……お口チャックが出た。これでしばらくは、ん、しか言わない。
「カツオ、あ、カッツォーネ殿! つ、続きをお願いします」
「はい……祝賀会の件ですが、イゾーノさまは非常に美食家でございまして、ひとつ余興を考えておられます」
「余興?」
「ええ。こちらのヴィヴィ食堂、料理長のヴィヴィさまのお料理は大変美味であると伺っております。そこで、私共お付きの料理人と料理対決を行えば、来賓の皆様に楽しんで頂けるのではないか、と考えられております」
料理対決……ヴィヴィにも用があるっていうのはそういうことか。
「わ、私が……貴族さまへ料理を?! そんな! め、滅相もございません! 私なんて元奴――」
「――ヴィヴィ!」
まずい……! ヴィヴィの奴、自分が元奴隷って言いかけた! 貴族相手に舞い上がってるのか……
今はまだ『隷属の紋の上書き』のことを知られてはいけない。特にヴィヴィとアポロとディアナ……この三人は商店街の恩恵で隷属の紋から解放されている。
上書きによる奴隷の解放については、ヒーゴ王やソニンとも極秘裏にするよう口裏を合わせている。
「いかがされましたか?」
「いえ! 身に余るお褒めの言葉に舞い上がってしまっているようで……そこまで言って頂けるとは、光栄な事じゃないか。なぁヴィヴィ……」
「は、はい……」
カッツォーネの目は細く笑っているが、その奥で様子を探っているのが分かる。
うちの連中は基本的に素直なやつばかりだからなぁ……すぐポロポロ喋ってしまう……まあ、俺も人のことはいえないけど……
「ふむ……お噂では、レンさまも大変な美食家であるご様子。無論この料理対決、料理の優劣を競う余興でもありますが、互いの食文化、ひいては価値観の交流という意味においても、うってつけの企画ではと、ナミヘールさまも大変、大変楽しみにされております」
そうだよ? 俺は別に美食家ではないが、食を愛する男だよ? 何から何まで調査済みってわけね。
それにしても……
きっちりと外堀を埋めてくるな。建国の祝賀会、文化交流、主催の好意……「ここまで言ってるんですよ~。断れないですよね~」って圧がやんわり漂ってるぞ。
「……それは面白そうな企画ですね」
俺はサリサに目配せする。
サリサもこれは不可避であると頷く。
エストキオ帝国と教会、そしてその取り巻きの貴族か……奴隷制度を敷いた張本人たち……いずれにせよ、いつかは対峙しなければならなかった。望むところだ。向こうから接触してくれるなら好都合だ。
「わかりました。有難く出席いたします」
「よかった! 主賓であるレンさまにご承諾いただけないとナミヘールさまのお顔に泥を塗るところでした。このカッツォーネ、心より感謝申し上げます」
「ん~!!! ん~!!!」
ばあちゃんが必死に何かを訴えている……もう! なんだよ!
「伊織殿……どうぞ」
「んはぁ! 蓮ちゃん! へはは~! 私、いいこと考えたばい! うへへぇ~」
ばあちゃんが気持ち悪い顔で気持ち悪い笑い方をしている。
サリサ、ダメだ。この人だけはどうにも制御できない。
ばあちゃん……
頼むから変な事いうなよ~!




