087 サリサとお話~じい様とエストキオ神話~
「あの爺さん、怖かったね」
「ああ……矍鑠とされていたな」
フル〇ン爺さんから叱られた俺たちは、ヴィヴィ食堂に向かっていた。
「しかし、すごい体つきだったね。もしかしたら有名な戦士かなにかかな?」
「さあ。だが……どことなく私の祖父に似ていた。祖父もあんな感じで……怒ると怖かった」
へえ……サリサが自分の家族のことを話すのは珍しいな。こっちとしても王族のことって、どこまで聞いていいのか分からないし、つい遠慮しちゃうんだよな。
「祖父はトトゾリア槍術の師範でな。現役時代は凄い戦士だったそうだ。素早い動きで上下左右、天地無用で放たれる槍撃は、諸外国から『飛竜の牙』と恐れられたらしい。私の槍術も祖父から仕込まれたものなんだ。おじい様の鬼のような稽古は……今でも思い出しただけで震えがくる……」
サリサは稽古を思い出して青ざめている。このサリサがそこまで恐れるとは……爺さんどんな稽古してたんだ。
「まあ、それも亡くなるまでのほんの少しの間だったがな」
「そうか……もういらっしゃらないのか」
「うん。先代女王の覇権争いの内戦で亡くなった」
トトゾリアは女尊男卑のアマゾネスの国。王女同士の覇権争いもすさまじいと聞く……
「ふふ……稽古の時は厳しい祖父だったが、普段は本当に優しいおじい様だった。今思うに……内政の不安定なトトゾリアで、王女のひとりである私に『自分で自分の身を護る力』をつけさせたかったじゃないだろうか……まあ、今となってはあのしごきもいい思い出、かな?」
サリサはそういうと少し寂し気に笑ってみせた。サリサの爺さんは――本当にサリサのことを愛していたんだろう。彼女のこの笑顔が、なによりの証拠だ。
「祖父が亡くなった後は、カリスとタリナにそれ以上にしごかれたけどな。これは……あまりいい思い出じゃない。あいつらは手加減を知らなすぎる」
俺は心の中で激しく同意した。そしてサリサの強さのわけも分かった。伝説の爺さんと、あのカリスとタリナに鍛えられたんだ。そりゃ、強くならないわけがない。
「おっと、私の話ばかりしてしまったな。ファクタの使節だった」
「ううん。聞けて良かったよ。何となくお前のことが分かってきた」
「そうか? じゃあそろそろ結婚する気になったか?」
「いや! だからそれとこれとは話が違うだろ」
「なんでだ? お前が私の求婚を断る理由は、大狸商店街がまだ弱かったからだろう? 今やこの街はツクシャナ共和国の中心となり、クマロクやソニン海賊団とも友好条約を結んでいる。近隣諸国はもはや簡単に手出し出来る状態じゃない。なにより――うちには伊織というバカげた魔力を持つ救い主がいるからな」
「そ、そりゃそうだけど……」
「お前も街の代表……いや、一国の代表として立派にやっている。蓮、私は変わらずお前のことが好きだ。いい加減私と結婚しろ」
サリサは真剣な表情でまっすぐに俺を見つめる。そう、彼女はいつもそうだ。いつも真剣、いつも真っすぐにぶれない。迷ってばかりいる俺からすると、その光は……あまりに眩すぎる。
「それより! い、今はファクタの使節のことだろ?! その件は……まあ考えておくから!」
「本当か?! 考える気になったのか?! これは……ひとつ前進だな……ふふ! よし、やる気が出てきた。仕事モードに戻ろう! 今来ている使節だが――」
相変わらずの切り替えの速さ! 19歳の乙女心と凄腕ハンター王女の間を自在に行き来している。
でも……今は切り替えてくれた方がいい。恋愛よりやるべき事に集中せねば!
ファクタか……貴族が多く住む国。奴隷制度の急先鋒だったな。
「ファクタのイゾーノ侯爵の使いだ。イゾーノ家と言えばファクタで最も権力を持っている貴族の中の一つだな。まったく……ぞろぞろとこれ見よがしに護衛の騎士を連れてきやがって。街の連中が怯えてる」
「向こうとしては護衛はいるだろう。俺たちが敵か味方か分かんないんだから」
「私は貴族というものが好かん。大体あいつらが偉そうにしている理由が曖昧だ。教会の伝承かなんか知らんが、あほらしい」
「そもそもさ、伝承ってどんなものなの? みんなの話で何となく聞いてるけど、ちゃんとした内容を知らないんだ」
「ふん……だろうと思って、ほら」
――ガサッ……
「教会の連中が配布している伝承の写しだ。読んでみろ」
それはヒズリアで最も力を持っているエストキオ帝国に伝わる神話だった。
◤――「神の子とエストキオ帝国」――◥
昔、地上は人と動物たちが共に暮らす楽園だった。
ある時、動物たちは人の姿を求め、神に願いを捧げた。
人は神の姿を映した存在であり、動物たちはその姿に憧れたのだ。
星降る夜に天使が舞い降り、奇跡の力で動物たちを人の姿に変えた。
こうして亜人が生まれ、人と亜人は天使と共に黄金の時を謳歌した。
だが、亜人の中から異形の姿をした魔族と呼ばれる者が生まれた。
人はそれを『原魔の呪い』と呼んだ。
魔族は人と天使を殺し、地上を争いと混沌に陥れた。
神は地上の有様を憂い、自らの息子を地上に遣わした。
神の子は、人々を導き、混沌を打ち破るべく、魔王の城へ向かった。
神の子は生き残った天使と共に魔族と戦い、ついに魔王を討ち果たした。
そして神の子は魔族の地をエストキオと名付け、自ら王となり国を築いた。
地上に残った天使たちは戦いの功績を称えられ、王より貴族の地位を授けられた。
貴族たちは聖騎士団を結成し、神とエストキオの名のもとにヒズリアの安寧と秩序を守り続けている。
これが『エストキオ帝国』の始まりである。
だが――
魔族の脅威は消え去らなかった。
亜人の中から新たな魔族が生まれ続けたのである。
原魔の呪いは解かれていなかったのだ。
神は王に亜人を滅ぼすよう命じたが、王は亜人を救う道を選んだ。
神は息子の寛大な心に打たれ、亜人に、王と貴族に仕えることで、地上での生存を許した。
こうしてエストキオ帝国は、神の子である王と天使たちの偉大なる導きのもと、永遠の繁栄と秩序を享受することとなった。
すべては神の意志、王の寛容なる御心によるものである。
亜人は、その慈悲に感謝し、永遠にその償いを果たさなければならない。
◣――エストキオ教会――◢
「この神話は1000年前から語られ、エストキオを中心にヒズリア全土で広く知られている」
「なるほど。亜人の中から魔族が生まれた、か……原魔の呪いね……そんでエストキオの王族は神の子で、貴族たちは天使の末裔ってことか。なんだか随分と自分たちだけ特別感出してるな」
「だろう? そんな昔のことなど、誰も知らんというのに。だがこの神話の影響もあって、エストキオ帝国の力は強大だ。帝国は魔王が亡き後、亜人が多く住む地に聖騎士団を派遣し、その領土を拡大していったという」
「拡大って……それって侵略行為じゃないの?」
「そうともとれるな。だが帝国側の言い分としては、魔族を討伐する『聖戦』と位置付けている」
なるほど……これが亜人たちの多くが奴隷として扱われる理由か……
「そして、帝国が出来て程なくして、ひとりの天才魔導士が現れたそうだ。その天才は亜人たちに施す、ある強力な術式を作った」
「強力な術式? それってもしかして……」
「ああ、それが隷属の紋だ。隷属の紋は原魔の呪いを抑制する効果があるそうだ。そして歴史上、隷属の紋を解析出来た者はいない。それが彼が大天才と言われる所以だ」
「隷属の紋は原魔の呪いを抑制するのか?」
「どうだろう……『奴隷となった亜人は魔族にならなくなった』と言われ、魔族の数は確かに激減している……だが実際には聖騎士団による討伐の影響が大きかったに違いないだろう。聖戦――つまり魔族討伐の記録はヒズリア全土に数多く残っているからな」
「討伐ね……つまり虐殺ってことだろ?」
「虐殺? そうか……お前はそう捉えるのか。ふむ……」
サリサは口に手をあて一瞬考えこんだ。
暖かい日差しの中、秋風が心地よく商店街に吹き込んでいる。そういえばこんな風にサリサと二人きりでじっくり話すのは初めてかもしれない。いつもはばあちゃんやヴィヴィが騒がしくいるからな。
何かに気付いたように視線をあげ、サリサが続ける。
「私も今までは魔族に対してよい感情はもってなかったが……お前が言うように本当に魔族が悪しき者なのか分からなくなってきた。ローニャをみていると特にな……あいつは性格や素行に問題があるものの、我々が抱いている魔族のイメージ……つまり教会側が言っているような魔族のイメージとはかけ離れている」
「うん。俺もそう思う。他の魔族にあったことないから分からないけど、少なくともローニャは悪い奴じゃないよ。まあ……出会い頭に俺の魔力を吸おうとしたり……男どもを魅惑で操ったり……ソニンの船団を沈めたり……してるけど」
冷静にあいつのやってきたことを話していると、やっぱり魔族と恐れられて仕方ない気もする……だけど、悪ではないと、おもう……多分。
「……やっぱりとんでもない奴だな……」とサリサはため息交じりに呟いた。
「うん……」
それにしても、エストキオ神話か……1000年前の出来事……
もしかしたらローニャは何か知っているのかもしれないな。あいつは1000年生きた歴史の証人でもある。
本当に亜人から魔族が生まれたのか。1000年前、本当は何が起きたのか……
折を見て聞いてみるか。
「蓮、そろそろヴィヴィ食堂だ。いいか、ファクタも帝国側だ。油断するなよ」
「……分かった」
ヴィヴィ食堂につくと、護衛の騎士たちが食堂をぐるりと取り囲んでいた。
おいおい……話をするだけだってのに、これは……ないんじゃないか?
警戒心、丸出しだろう。
さてと……ツクシャナ共和国建国後、初の外国との接触だな。
何を企んでいるか知らないが……
気合い入れていきますか。




