086 覗き、ダメ! 絶対!
たぬきつねの湯は多くの冒険者たちや街の住人たちで賑わっていた。開店してからというもの大盛況だ。出てくる客はサリサの作った石鹸やシャンプーのいい匂いがしている。
難民が押し寄せてきたときから考えると、衛生面がかなり改善されたな。
「なんか、いい街になってきたじゃん……」
番台の横にはちゃっかり石鹸やシャンプーなどが売られている。石鹸一つ、中銅貨2枚、200円ってところか。シャンプーは大銅貨1枚と中銅貨2枚、700円。コンディショナーは小銀貨1枚、1000円。
「うん。まあ、適正価格だな。ぼったくりしてないのは感心感心」
「は~い! らっしゃいませ~……っす……あ! れ、蓮さま!」
接客をしていたウォルフがようやく俺に気付いた。
「よ、よくぞ御無事で」
「無事じゃない。危うく死ぬところ……いや半分死んだんだぞ。お前……一人だけ先に逃げるなんていい加減にしろよ」
「いや! だから俺は最初から言ってたじゃないっすか! 豚に出会ったら逃げるって! でもさすが蓮さま! あんな化け物と闘って腕と牙まで奪ってくるとは!」
ウォルフが焦りながらヨイショしてくる。まあ、最初からこいつが豚を警戒してたのは本当だし……あまりいじめるのも良くないな。
「おや、蓮さま。蓮さまも風呂に入りに来たんでやすか?」振り返るとドンガが立っていた。
「ああ。グランボアとの戦闘でボロボロにやられちゃって。色々あってその後、土に埋められたし、屋根を突き破ったし、汚れを落とそうとね」
「はへ? 屋根? 埋められた? な、なんか大変だったんでやすね」
「れ、蓮さま! 俺、背中流すっすよ! そろそろ交代の時間なんで!」
ウォルフ……めっちゃ反省してんだな。
「……いや……いいよ。自分でやる。でも一緒に入ろうか」
「は、はいっす!!!」
◇ ◇ ◇
――ザザァ~! カッポーン……
手桶の音が浴場に響き、なんとも心地よい。日本式の入浴ルールも浸透し、街のみんなもちゃんと身体を洗ってから湯船に浸かっている。
――きゃっきゃ! ばしゃばしゃ!
「おい! おみゃあたち! 湯舟で泳ぐにゃ! 飛沫がかかるじゃろうが!」
「ごめんなさあい」
たまに子供たちが湯船で泳いで、爺さん亜人から叱られている。
……いいじゃないか! なんだか懐かしい気持ちになる。
「あ、蓮さま。ご報告でやす! 頼まれていた醤油と味噌、出来たでやすよ!」
桜ヶ谷酒店の店主であるドンガは、発酵食品にめっぽう強い『醸神』という恩恵を持っている。勝っちゃん食堂の豚骨ラーメンを復刻するため、メインの食材の豚狩りで必死だったが、『かえし』のための醤油もラーメンには欠かせない。かえしと言うのはスープに味付けするためのタレで、醤油以外にも塩ダレなどもある。
「え?! もう出来たの?! 早くない?」
「ええ。醸神で菌たちにブーストかけたでやす。初めての作業だったので不安でやしたが、チエさまのご助言のお陰でスムーズにいきやした」
「すごいな醸神。よし、これでスープが作れる。ありがとう!」
しかし、米に醤油に味噌……これはいよいよ日本食が充実してくるな。嬉しすぎるぞ……!
「酒の方も、もう少ししたら出来ると思いやす」
「そうかそうか! うん。ありがとう! よろしく」
ここでドンガの活躍に居心地の悪さを感じたのか、ウォルフが湯船に顔を半分沈めぼやいた。
「ブクブク……ドンガ……どんどん先に行くっすね……ブブブ」
「そんなことないでやす! たぬきつねの湯だって大繁盛じゃないでやすか。ウォルフは接客の才能があるでやすよ」
「そ、そうっすか? へへ……じゃあもっと頑張るっす」
相変わらず仲がいいな……この二人。
そうだ。ウォルフも頑張っている。今じゃたぬきつねの湯は、ヴィヴィ食堂と並んで大狸商店街には無くてはならない旅人たちの憩いの場になっている。売り上げも上々。ウォルフの明るい性格と細やかな気配りがそれを支えている。
「あ、それはそうと、蓮さま……小村電器店を解放したんすよね? そ、その~、お、恩恵ってどんな感じなんすか?」
ウォルフが興味深そうに店の恩恵について尋ねてきた。そうか、たぬきつねの湯は新規施設だからウォルフには恩恵がなかった。やっぱそういうのって気になるのか……
ウォルフ……お前そんなに気にすることないんだぞ? 商売ってのはそんな恩恵なんかに頼るより、誠実に心を込めてやるのが一番なんだ……
今、お前がやっているように。
「詳しい事は、チエちゃんからまだ聞けてないんだ。店の探索と科学トークに夢中でさ」
「かがく? なんすかそれ?」
「あ~、こっちじゃ理導っていうらしいけど……知ってる?」
「理導? いや~聞いたことないっす」
「そう、だよね。こっちじゃ魔法がメインだもんな。あ……そうだ。チエちゃんに聞かなくても、ステータス確認したらいいんだった」
寄り目の儀式……人前でするのがちょっと恥ずかしい、ばあちゃんが見つけたステータス確認方法だ。
「すてーたす確認??? さっきから蓮さまの言ってること難しいっすね」
「え? ステータス確認……分かんないの?」
「ドンガ、分かるっすか?」
「聞いたことないでやすね」
え? マジか……もしかしてこいつらステータスを確認したことが無いのか?
「ちょっとまって、寄り目でやるやつだよ?」
「寄り目? マジで蓮さま何言ってるんすか?」
「いや、だからこれだよ。いくよ?」
俺は久しぶりに寄り目の儀式をした。
「はぁ~~~!!! 俺って……なんなん?!」
――「うわ?! 蓮さま?」「急にどうしたんでやすか?!」――
俺の寄り目の叫び声が浴場に響き渡った。ウォルフとドンガは目を白黒させている。
「やかましい! あ! おみゃあさん……蓮さみゃか?! 風呂場で大声出すにゃ! 響くじゃろうが! 王さみゃのくせにそんなことも分からんにょか!」
「ご、ごめんなさい」
爺さんに至極まともに叱られてしまった。
「驚いたっすよ。何やってるんですか」
「蓮さま……ちょっと恥ずかしいでやす」
「ごめんごめん。でもほら――」
――――――――――――――
氏名:田中蓮
年齢:29
種族:日本人
職業:管理人
スキル:鍵
特記:商店街の恩恵
・江藤書店:知恵の宝庫
・ヴィヴィ食堂:食識の眼
・サロン・ド・サリサ:仕立屋の眼
・スミスマルチーズ:鍛冶屋の目
・桜ヶ谷酒店:醸神
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・小村電器店:迷わずの回路
能 力:
・機械類の回路や内部構造を立体的に透過して観察・把握できる。また不具合箇所は赤く示され瞬時に把握できる。
・無機物のみに有効だが、家電・装置・機械・建物・魔導具などその範囲は多岐にわたる。
・構造が複雑・巨大なものほど、観察や解析に時間がかかる。
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「へぇ。迷わずの回路か……さすが小村電器店の恩恵だな。機械類のレントゲンみたいなものか。ね? ステータスでたろ?」
ウォルフとドンガは目を見合わせて不思議そうな顔をしている。
「いや、何にも見えないっすよ?」
「え? この文字、宙に浮いている文字見えないの?」
「はいっす。なあ、ドンガ」
「うん。でも……蓮さまが嘘をいう訳ないでやすから……それは蓮さまや伊織さまだけの力なのでは?」
そうか……ヒズリアには寄り目の儀式(ステータス確認)なんて元々なかったんだ……もしかしたら転生者だけの力なのかも……
「迷わずの回路か、どんなんだろう。ちょっと試してみるか。迷わずの回路……発動!」
迷わずの回路を発動した瞬間、俺の視界はまるで暗視ゴーグルのように切り替わった。ウォルフやドンガは通常通りの感じで見えているのだが、その背景、つまり浴場の壁や浴槽などは、その内部が透けて見えている。
「おお……すごいな、これ」
なるほど……効果が無機物のみって言うのはこういう事か。確かにこのスキルがあれば、機械類の故障している場所など、すぐ分かるだろう。
ふと目線を横にやると、湯気で見えづらいが……この浴場……人が増えてないか?
「ど、どうしたんでやすか? 蓮さま?」
「壁なんか見つめたって女湯はみえないっすよ! へへえ」
え? 女湯? 俺が見ていた方向は男湯と女湯を区切る壁だったようだ。湯気の隙間から見えたのは、街の女性たちの一糸まとわぬ……!!!
「いっか~~~ん!!! これはいかんぞ!!!」
「蓮さみゃ! 叫ぶにゃ! 耳に刺さるじゃろうが!」
「ごめんなさい! すぐ解除します!」
「解除? なにを言うとるんじゃ? あんた本当に大丈夫か?」
「いえ! なんでも!」
俺はすぐに迷わずの回路を解除した! なんて危険なスキルなんだ! 風呂場で使うのは絶対にダメだ!
人が増えたと思ったのは、向こう側まで透けてたのか……
仕立屋の眼といい、迷わずの回路といい……使い方を間違うと変態街道まっしぐらになってしまう。
この能力も封印しよう……覗きは絶対にいけないことだ……
いけないことだ!!!
俺が心の中で硬く決意していると、脱衣所の方からサリサの声が聞こえ、にわかに騒がしくなった。
――「蓮! どこだ?! 風呂に入っているのか?!」――
――「うわ! サリサ様?! ここは男湯ですよ?!」――
――「うるさい! 服を着ろ! なぜ裸なんだ!」――
――「だってここは脱衣所……」――
――「黙れ! その粗末なものをしまえ! 蓮は中か?!」――
あいつ……無茶苦茶だな……サリサは浴場の扉を開け、叫んだ。
「おい! 蓮! いつまで風呂に入っている! いい加減に出てこい! くそ! 湯気で見えん! ファクタの使節がまたやってきたぞ! ヴィヴィ食堂にいくぞ!」
あ……チエちゃんがいないから(エリカとの科学談義に夢中)、念話が出来ないのか。
「わかった。サリ――」
俺が声をかけようとした、その瞬間、爺さんが湯船から立ち上がり――
「やかましいっちゅ~とろうが!!! サリサさみゃと言えども、ここはみなの浴場……ルールを守らんかぁ! それにここは男湯じゃあ! 覗きをするにゃあ! するにゃあ! にゃあ……」
爺さんの声が今日一番浴場に響いた。
しかしこの爺さん……随分とご高齢で小柄なのに、なんだこの体つき。無駄な肉は全くついておらず、相当に鍛えこまれている。元傭兵か何かか? 体中にいくつもの古傷があり、その数と深さは爺さんのこれまでの生き方を物語っているようだ。
「も、申し訳ございません……すぐに出ていきます。蓮、いそげ……」
フル〇ン爺さんのド正論と揺るぎなき眼差しに、あのサリサがしゅんとなった。
凄いな、あの爺さん。
「蓮さみゃも、はよ行かんかぁ! おなごを待たすにゃ!」
「はい……すぐ出ます。すみません」
俺たちはそそくさと、たぬきつねの湯を後にした。
なんか今日、俺、謝ってばかりだな……




