085 きみと出会えて、ボカァ幸せだなぁ
――「ここが小村電器店か! 早く! 早く中を見せてくれ!」――
エリカはクリスマスのプレゼントを待つ子供のように目を輝かせている。
小村電器店は、商店街中央部の路地の奥まった場所にある。小売りというよりは、地域の家電の修理を主にやっていた。小村のおいちゃんが店を畳むと言った際は、商店街の人たちがこぞって反対した。
なかでも、まつやのばあちゃんの直談判は強烈だった――
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『小村さん! あんたがおらんごとなったら、誰がうちの電球代えてくれるとね! 毎日夜は来るとばい! 真っ暗闇で過ごせち言うとね?! 闇ばい! 闇夜が来る! 恐ろしかぁ! あんたそれでも店畳むち言うとね?! お先真っ暗たい!』
小村さんのこの時の困った表情は今でも覚えている。確かに電球の交換は老人には大変なのは分かる。
でも本当のところは――
『すんまっせん……お松さん……頭ぁやってから、身体が言う事きかんごとなってしもうて……ろくに工具も持てんとです』
『小村さん……リハビリと思うて、仕事の量やら出来る範囲で続けられんね?』
『ありがとう、お松さん。でももう……決めたんで……』
『そうね……じゃあ、引退後はゆっくり時間があるんやろ? たまには、うちに顔出しんさい。伊織ちゃんとようお茶飲みよるけん。ね?』
『ええ……そうします……』
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その後、引退した小村さんは急に老け込み、ばあちゃんたちとお茶をする間もなく亡くなってしまった。
今思えば、まつやのばあちゃんは……身体に麻痺の残る小村さんを元気づけようとしていたんだろう。
小村さん……お店、使わせてもらうよ。
「チエちゃん、開錠……使っていいよね? またいきなり次元の狭間……なんてこと、ないよね? ドキドキ」
《え、ええ……店の解放は今までやってきているので大丈夫だと思いますが……ドキドキ》
「蓮くん! まだか! 早く! これ以上待たされるとボクは頭がおかしくなりそうだ!」
「……うん……」
エリカにこれ以上頭がおかしくなられても困るので、俺は覚悟を決めて開錠を使った。
――「開錠!!!」――
小村電器店のシャッターがガラガラと音をたて、封印が解けた。よかった、いつも通り開錠が機能した。
店内の石化がキラキラと解けていく。
「なるほど……蓮くん。この現象は魔導の分野だな。僕には何がどうなってるのかさっぱりだ……だが……こ、これは……!!!」
店内には、所狭しと家電用品が置かれている。中には修理の途中だろうか……分解された家電や見たこともない部品がいくつもあった。
小村さん……お店閉めた後も……
「蓮くん! これが『カデン』か?! 凄いぞ! なんだこの材質は! 何で出来ている?! こっちのカデンはなんだ? ん! こっちは?!」
エリカの興奮がとまらない。そりゃそうか……理導士といっても、現代日本の科学水準はヒズリアの比じゃない。一気に科学文明が前進したようなもんだ。
「え、えっとこれはプラスチックっていう材質で……なんだろう……え~原料は石油だったかな?」
「セキユ?! なんだそれは!」
「えっと……石油ってのは……あれ? 何だっけ……」
《エリカさま! 初めまして、私、知恵の宝庫のチエと申します!》
「ほぎゃ?! あ……きみか?! 蓮くんが話していた思念体というのは?!」
《はい! 私は江藤書店の恩恵でして、ちなみに石油とは、炭化水素を主成分とした液状の化石燃料の一種です! 伊織さまと蓮さまとは長い付き合いでございまして、地中深くに存在する有機物、プランクトンの死骸などが長い年月をかけて堆積し、変質してできたものですので、どうぞ、以後お見知りおきを!」
「おお! おお?! よ、よろしく頼む」
チエちゃん……科学談義した過ぎて石油の説明と自己紹介が混ざってるぞ。珍しいな、チエちゃんがここまで興奮するのは。
「しかしきみ、凄いな。思念体と言っているが、精霊なのか?」
《精霊……なのでしょうか? いえ、どちらかと言うと、付喪神に近い存在かもしれません》
「つくもがみ?」
《はい。私が生まれた国、日本では万物には魂が宿る、八百万の神という信仰がございます。私の本体は伊織さまが大切に護られてきた江藤書店そのもの。私を形容するならその様なものかと》
「万物に神? ほお~、それはまた興味深い信仰だ。いや、しかしこうやって実際にきみと話せているという事は、もはや単なる信仰とは言えまい。きみという存在は私が観測して認知した。れっきとした事実だ。きみがいて、ぼくがいる。どうぞよろしくエリカ・シノザキ・ハーマインだ」
ふたりとも変な挨拶……
《エリカさま、差し出がましいようですが、ここのカデンについては、私が解説してもよろしいでしょうか?》
「もちろんだ! きみには深い理導の心得があるようだからな」
《ええ……ええ!!! ありますとも! 蓮さまなどより! さあ! どんどん見てください!》
などより!? そりゃそうかもしれないが……チエちゃん……そりゃないぜ!
この後、エリカとチエちゃんは暫くの間、様々な家電やその仕組みについて熱弁し合っていた。
「それにしてもチエくんは、ボクの知らないことを沢山しっている。チエくんの科学でボクの理導はもっと凄くなるぞ! いや~、君と出会えて、ぼかぁ幸せだなぁ」
加〇雄三かよ。
「あ、蓮くん。きみはもういいぞ? きみの雷属性についてはまた今度としよう! ボクはチエくんと、カデンと理導と科学について語り合う!」
《蓮さま……すみません。私もしばらく全てのリソースを集中してエリカさまとお話ししたいのですが……》
「え……ああ……うん。わかった」
「おい! チエくん! 蓮くんのことはいい! さっき話していた、この集積回路というやつについて、もっと詳しく教えてくれ!」
《ええ……ええ! もちろんですともエリカさま!》
俺は二人に暗に邪魔だと言われ、ヴィヴィ食堂に戻った。
昼下がりの乾いた秋風が、俺の胸を通り過ぎた……
なんだよあいつら!!!
◇ ◇ ◇
「おかえり、れん~。ちゅう~」
「あ、ローニャ。ご飯中か」
「うん。ぢゅぢゅぢゅう~」
行き場を無くした俺はヴィヴィ食堂に戻ってきた。いつものようにローニャがばあちゃんから魔力を吸わせてもらっている。
「なんね蓮ちゃん。結局戻ってきたんね」
「うん。どうやら俺はお邪魔だったみたい」
「新しい子、エリカちゃんかね? なんか面白そうな子やねぇ」
「う~ん……面白いというか、危なっかしいというか……心配になる感じかな。あ、あとエリカ、意外と加〇雄三だった」
「なんて?! なんで若大将?!」
「言動が青い海を連想させる」
「そうなん? はぁ~ん! 私、加山〇三好きなんよ~! 昭和の女にとっては永遠の若大将よ~!」
「ぢゅうぅぅぅ」
ローニャの奴、相変わらず滅茶苦茶魔力吸ってるな……ばあちゃんじゃなかったら死んでるぞ。おい、吸いながらこっちを見るな。
「昭和? あれ? ばあちゃん大正生まれじゃなかった?」
「う……1926年……大正15年……大正最後の年です……いいやんね! 知っとうね? 1926年は最後の一週間は昭和元年なんやけん! 昭和の女でおらせて!」
どっちでも同じように感じるが……大正より昭和の方がいいのか。まあ、女性ってのはいくつになっても若くいたいものなのかな。
「え~、エリカちゃん雄三なん? あ、知っとう? 雄三さん、めっちゃゲーマーなんよ。ドラゴンファンタジーとか10までやっとうらしいけんね。11からはネットになったけんやめたんやち」
「しらないよ、なにその雄三情報」
「いやぁ~ん。ちょっと私もエリカちゃんのところ行ってこようかな。ねえローにゃん」
ローにゃんって……ほんと仲良くなったな、この二人。まぁ、ローニャからしたら無限に吸える貴重な食材――もとい、人材だからなぁ。
「ぷはぁ! もうお腹いっぱい。ごちそうさまでした。伊織ちゃん、私もカデンとエリゾー見たい」
「ぐへはぁ! エリゾーってローにゃん! エリゾへはぁ~!」
おい、エリカ。お前すでに知らないところでエリゾーになってるぞ。
「いや、きっと邪魔になるって。夢中で店の中を調べまわってたもん。あ、だからチエちゃん、暫くかかりっきりになるかも。念話も出来ないかもしれない」
「そうね~。じゃあ落ち着いたら遊びに行こうかね、ローにゃん」
「わかた」
「それよりさ……この匂い――」
鼻を刺すこの独特の獣臭……間違いない……豚骨スープの匂いだ!
「おい! ヴィヴィ! サリサ! これって――」
二人はじっと俺を睨みつけ、豚骨スープが入った寸胴をかき混ぜている。
「蓮さま……こちらもまだまだ煮込まなくてはならないので、帰って頂いて結構です。試食は夜ということで」
「あ……うん……分かった」
――ダン! バキィ!
サリサが豚の骨をデカい包丁で砕き折る。
「蓮……お前が悪い」
「はい……すみません」
二人の冷たい視線を背に、俺はヴィヴィ食堂を後にした。
エリカ、距離感がバグってるから密着度合、半端ないからな。二人に紹介したときもずっと俺にくっついていたもんなぁ。※齧りついていただけです※
はぁ……今日は本当に居場所がないな。どうしようか……
豚との戦闘で汚れてるし、少し疲れをとりたいな。取り合えず、たぬきつねの湯で風呂にでも入るか。
それに……ウォルフの奴! グランボアを前に、俺を置いて一人で逃げやがった!
ちょっとひとこと言っておかないと。




