082 クエスト? それを盗賊っていうんだよ!
――ガタガタ……ゴロゴロ……
「ううう……お、重いなぁ……」
俺とエリカは豚の腕と牙を台車に積み、大狸商店街へと向かっていた。
台車はリヤカーのように引くタイプだ。
渓流沿いの崖をなるべく平たんな場所を選んで進む。かなりの高さなので気を付けなくては。
ちなみに俺のシャツはボロボロだったので、エリカのマントを羽織らせてもらった。流石に秋風のなか上半身裸は寒すぎる。
「蓮くん悪いねぇ。ボクはもう台車を作るので今日の体力を使ってしまったよ」
エリカは台車の後ろに腰を掛け、足をプラプラとリラックスしている。
「いや、エリカが台車を作ってくれなかったら、あそこから一歩も動けなかったからな。ありがとう」
「……へえ~。素直なんだねぇ。君ってホント街の長っぽくないな」
「そう? まあ性格だから……ふう……ちょっと休憩いいかな? 台車に乗せたとはいえ、この腕と牙、相当な重さだ」
「もちろん! いや~、でも助かったよ。この森、やたら広くってさぁ。蓮くんが道を知っててよかった。ボク、理導以外はからっきしでねぇ。あ、お茶入れるよ」
エリカのお茶を飲みながら、俺たちは休憩することにした。
「ねぇ、そのさっきから言っている理導ってなんなの?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。たとえばこの木の実――時期が来たら落ちるだろ? なんでか分かる?」
「え? 重さがあるからだろ?」
《ジジ………………》
「お! そうそう! 重さがあるんだ! でも惜しいねぇ。正確にはね、『木の実を地面に引き付ける力』があるからなんだ。君が引いていたこの台車だってそう。地面に引き付ける力があるから重い。でも車軸で摩擦を減らしているから、ただ引くよりも軽くなる。そうやって世界にはいろんな『力』が働いてる。ボクはそれを魔法じゃなく、『仕組み』として解き明かそうとしてるのさ」
《……………………》
この子、摩擦や重力……物理の話をしているぞ……
「他にもまだあるぜ。昨日の焚火だってそうだ。ボクは火属性の魔法を使えるから魔法で火をつけたけど、そもそも何故、薪は燃えるのか? それは外部からの熱によって、薪の状態が固体から気体に変わるんだ。その際の反応で光と熱を発する。つまりそれが『燃焼』という現象だ。分かる?」
「あ、ああ……分かる……」
「そうか! 蓮くん! 分かるか! 魔導が『力を操る』学問に対して、理導は『力の理由を探る』学問! ボクは魔法とはまた違ったこの世界の理を求め続ける探求者……理導士なんだ! そうか~! 分かるか! はは!」
《……ん……んむむ…………》
彼女が言っていることって……物理法則や化学的な燃焼反応……
つまり理導士って……科学者のことか!
それより気になるのが……さっきからずっとチエちゃんが会話に加わりたそうにうずうずしている。エリカ、絶対にチエちゃんと気が合うだろうな……
「エリカはなんで大狸商店街に?」
「ん? さっき木を切っていた道具があるだろう? あれ、ボクの新作なんだけど、鍛冶屋のドワーフ、バルっちに見せようと思ってね。ついでに、彼の意見を聞いて、改良の相談もするつもりだ」
バルっち……かなり親し気な感じだな……
「そりゃいいね。バルトなら目を輝かせて飛びつくよ」
ここで案の定、チエちゃんが我慢できずに念話で話しかけてきた。
《蓮さま……この方……理導士、ですか? 科学の心得があるようなので……小村電器の店主にぴったりでは? ぴったりでしょ? いや、ぴったりですよ》
(……たしかに……でも『電気』関係は、この世界では禁忌なんだろう? 慎重に行こうって言ってたのはチエちゃんじゃ――)
《慎重にいきますよ! 慎重にい・き・ま・す・が! この方、ヒズリアで恐らく唯一の科学者らしいじゃないですか! この出会いも何かの運命……絶対に逃す手はないです! そうでしょう?!》
……要は……科学分野での話し相手が欲しいのか……でもチエちゃんのいう事も確かだ。小村電器店を任すのにこれ以上の人材はいないだろう。
(分かったよ……それとなく探りを入れてみるよ)
《ありがとうございます……是非……是非この方を店主に……!!! 私はこの方と……話してみたい!!!》
もう完全に本音が出ちゃったよ。雇用契約を結ばないと念話で話せないもんな……
「あのさ、エリカって普段はどんな生活してんの?」
「一応エストキオにラボはあるけど、もう何年も帰ってないかなぁ。こうやって旅をしながら理導の研究をしてる。旅すがら理導を広めようとはしてるんだけど……この世界じゃ魔導の方が圧倒的に支持されてるから……なかなかうまくいかないね」
《じゃあ! 大狸商店街で店主になっても大丈夫ですよね?! 小村電器店の店主になって、そこを新たなラボにすれば……ね?! 蓮さま!》
ああ~……チエちゃんの『知識を語りたい欲』がとまらない……
「エリカ、あのさ……もし良かったらだけど――」
俺がエリカを店主に誘おうとしたその時……
――「おい……兄ちゃんたち」――
木陰から武器を携えた男たちが姿を現した。
「悪いんだが……その魔物の肉と、ついでに……そこの女が使っていた道具、置いていきな」
こいつら……盗賊か? いち、に、さん……6人……エリカの道具のことを知っている。つけられていたのか……
「れ、蓮くん! これはまずいぞ! 盗賊だ! 逃げよう!」
リーダー格のような男が、手に黒い札のようなものをちらつかせ声を荒げる。
「おいおい! 盗賊とは人聞きが悪いな! 俺らはれっきとしたギルドのクエストを受けてここに来てるんだぜ?」
ギルドのクエスト……あの札……ヴィヴィが言ってたやつか。
「その腕、グランボアの腕だろう? それには懸賞がかかっててねぇ。この森の生態系の変化、知ってるだろ?」
「……いや……何のことかな……」
「おいおい、とぼけんなよ。魔物が弱体化されてるって今じゃ常識じゃねえか」
「あ、ああ……そのことか……知ってるよ」
「そんでよう、そんな中、全く影響を受けていない魔物もいるわけだ。中には逆に強大な力を持つようになった固体もいる……俺たちはそれを調査しに来たってわけだ」
あの豚……確かに他の魔物と違って明らかに強かった……下手したらばあちゃんクラスの強さだったかもしれない。いや……それはないか……ばあちゃんが本気になった森湧顕地は、もはや本物の天変地異だったもんな。
「見たところ……あんたらギルドの人間じゃないだろう?」
「……ああ。違うけど……それがなんだ?」
「あ~……知らねえのか。じゃあこの札見せても意味なかったか……あのなぁ、ギルドのクエストは国が発注しているものもあるんだ。俺らが受けているクエストはノルドクシュがギルドに正式に発注したBクラスのクエスト……Bクラスからのクエストは一般の人間も含めて、その達成に協力しなきゃならない」
なんだそのルール……かなり一方的な押し付けだな……
「だから兄ちゃんたちは、俺たちにそのグランボアの腕を『協力として』渡さなきゃならないって事。お分かり?」
「……それで……彼女の道具を渡せってのは? それもギルドのクエストか?」
「いや~……はは……このクエスト、5パーティーで報酬が山分けでよぅ。俺らの手元には大した額が残らねえんだ。変だよなぁ? 最初に見つけたのは俺たちなのによ。まあだからあれだ。その変な道具、質にでも流せばいくらかになりそうなんでな。ちょっとした小遣い稼ぎ? つーわけで、そこもご協力……願える?」
はあ……要はたかり……やっぱり盗賊と変わりないじゃないか……
《蓮さま……申し訳ありませんが、この事態、伊織さま、サリサさまにすでにお知らせしております……》
「え?! 二人に?!」
ここでチエちゃんが念話チャットルームを開いた。
(おい! 蓮! 事情は聞いた……それに……今こちらからお前の様子も見えている)
(は? こっちの様子が見えてる? どういうこと?)
《蓮さま……申し訳ありません。今までやってきていませんでしたが、以前獲得した記憶再生のスキルを応用して、チャットルームにこちらのライブ映像も流しております)
(え? マジで?! そんなことまで出来るの?!)
《皆様のプライバシーにかかわる事ですので控えていただけです……私……今、非常に不愉快でございます。早急にこの問題を解決すべく、伊織さまとサリサさまにお繋ぎしております……》
不愉快? あ……もしかして……エリカを勧誘するところを邪魔されたからか! チエちゃん、珍しく怒ってる?!
(蓮……構う事はない。この森はすでに建国宣言している。ノルドクシュのルールは通らない。そんなやつら、ぶっ飛ばしてやれ!)
(ぶっ飛ばすって……)
(ジジッ……蓮ちゃん! 豚を手に入れたらしいね! あら?! なんねその手は?! それが豚?! デカすぎやろ?!)
(おい! 伊織! いま私が蓮と話を――)
(いや、何で豚に手があるとね?! 気色わる!)
(おい! 伊織――)
(それ、なんち言えばいいと? 豚足じゃなくて……豚手??? それを煮込んで豚骨スープつくるんやろ? 見た目は気持ち悪いばってん、美味しいっちゃろうか??? はあ~ん! 楽しみ~! 蓮ちゃん! なんばしようとね! はよ帰って――ブツッ)
《申し訳ありません伊織さま……繋いだ私が悪いのですが、伊織さまがいると話が進まなくなるので……退室頂きました……》
(……チエ、それでいい。伊織の頭は今、ラーメンの事しかない。ほおっておけ)
うわ~、相変わらずサリサ、容赦ないな。
(蓮……これはもはや外交摩擦の一種だ。ギルド……ひいてはノルドクシュに対しても、この森は私たちの国であることを示さねばならない。ここで退いては今後の外交に支障をきたす)
(まあ、外交なんて、なめられたら終わりだもんな)
ここで痺れを切らしたリーダー格の男が剣を抜いて、にじり寄ってくる。
「兄ちゃん、さっきからぶつぶつと……どうすんの? 豚の腕と道具、置いてってくれる?」
「剣を……抜いたな。それはつまり……」
「まあ、森の中で魔物に襲われて跡形もなくって……よくあることじゃない?」
「蓮くん! ここはこの人たちの言う通りに……ボクの道具ならまた作ればいいからさ!」
エリカはそういっているけど……違うよなぁ……こんなことがまかり通っていいはずがない。
こんなことが無いように、みんなが笑顔になれるように、俺たちはツクシャナ共和国を立ち上げたんだ。
ノルドクシュもギルドも知ったこっちゃない。
こんな行いを黙認しているなら……相手になってやる!!!
エリカを後ろに引かせ、俺は拳を構えた。




