079 グランボア~豚が最強~
――ドガガガガ……!!!
散弾のように迫りくる、木のかけらを超高速で撃ち落としていく。
落とすと言っても木片の速度と重さがあるので、僅かに軌道をそらすのがやっとだ。拳をぶつけるたびに骨がきしみ、軌道をそらした衝撃が肩まで痺れとして残る――
「ぐあああああ!!!」
軌道をそらした木の破片は、俺の背後の木々をさらに吹き飛ばしていく。
ぐぅ……! ――重い! 速い!! 多い!!!
神槌を使っても手数が足りない! 躱しきれず身体をかすめていく破片がスーツを切り刻む。アドレナリンが出ているのか痛みはまだ感じないが……小さな木片が体中に刺さってないか?!
こんな攻撃をしてくるなんて……くそっ! もっと頑丈な素材のスーツをサリサに頼んでおくんだった。
「こっ……んのやろう~~~!!! まだまだ~~~!!!」
こんなに拳を振るったのは初めてだ。時間にしてほんの2、3秒の出来事だと思う。フライ級ボクサーが12ラウンドフルで出す手数より確実に拳を突き出しただろう。バルトの鎖で保護してなければ、俺の拳はぐちゃぐちゃだった。
『――すぐに鎖で防御を固めてください――』
チエちゃんのお陰だ……
――ドズズン……
「はぁ! はぁ! はぁ!」
神槌の加速が解ける。危なかった……連続発動時間ギリギリだった。だが……致命傷になりうるヤバい木片は全て躱しきった……!!!
よし……今だ……逃げ――
――ガシィ……
俺は思いっきり地面を蹴り、背後に残った巨木の上へと逃げようとしたが……
まるでクレーンのような豚の手が、俺の左脚をつかんだ……
まずい――
――グオンッ……ドッガンッ!!!
豚は俺を、まるで釣り上げた魚を締めるときの様に地面に叩きつけた。
辛うじて頭部は両手でガードしたが、その衝撃で脳は頭蓋の中で激しくシェイクされた。
まずいぞ……神槌発動中なら、この脳の揺れにも対応できたが……隙間を突かれた!
意識を~~~保て~~~!!!
この衝撃……タリナのレゲエアタック並みだ!!!(頭上ぐるぐるからの叩きつけ)
だが……! この衝撃は身体が知っている! タリナ! ありがとう! 覚悟してなければ即、意識が飛んでいた。
今にもブラックアウトしそうな意識を、歯を食いしばり目を見開いて何とか保つ。
――ブゴォォォ……
豚は自らの顔の前に俺を持ち上げ、コンビニの入り口ほどある口を大きく開けた。
下顎から突き出す牙の太さは、まるで電柱のようだ……
血の様に真っ赤に染まった眼が近づいてくる。
こいつ……俺を――
喰うつもりか!!!
そりゃあ……
「そうだよなぁ……俺も……お前を喰うつもりでここに来た!!!」
俺は残った右足に力を込め、最大最速で靴のかかとを豚の牙に叩き込む。
――ズゴオッ!!!
カリスとタリナが大狸商店街にやってきてから、俺は二人に基礎体力を磨くよう指示された。
これまで運動といえば、毎朝のラジオ体操くらいしかしてこなかった俺が、腕立て・腹筋・背筋・スクワットを各100セット、朝昼晩、計300回毎日やってきた。
笑わないでくれ、これでも大真面目に頑張ってるんだ。
最初は筋肉痛で次の日はまともに動けなかったが、今やそのメニューも楽にこなせるようになった。チエちゃんの見立てでは俺の素の力は『ちびっこ相撲の全国大会初戦敗退くらい』まで上がっているそうだ。ようやく全国大会まできた! まだちびっこ相撲だが……
――ブフゥ?!
見た目通り、さすがに硬いな。
知ってるか? 豚……
俺の世界では8○3屋さんという怖~い人たちがいる。その人たちをモデルにした『虎が如く』というゲームがあるんだが、そのゲームのフィニッシュブロー……現実世界でもっとも恐ろしい凶悪な攻撃、それが――
踵蹴りだ。
そして今の俺は日課である300回のスクワットを難なくこなせるんだ。転生したころの俺とは……多少違う!!!
おい、豚……この戦いは喰うか喰われるかなんだよな? 俺はお前に喰われないぞ……俺がお前を喰う!
見てろ……その自慢の牙にほんの数秒で……一日分のスクワットを叩き込んでやる!!!
「喰らいやがれ……日課砲火!!!」
俺は再び神槌を発動し、8○3屋さんも恐れる踵蹴りの集中砲火を豚の牙に目掛けて放った。
しかし何だよ……日課砲火って。まずいな、ばあちゃんのネーミングセンスが……うつってきた?
――ズドダダダダダッ……!!!
硬ったいよ! 150発は打ち込んだが、びくともしない! さらに力を! さらに速く!!! もっと! もっと~~~!!!
――グガガガガキン! ビキビキビキッ……
ひびが入った! このままへし折ってやる!!!
俺の靴は衝撃に耐えられず、スニーカーが経年劣化で加水分解するように粉々に飛び散ったが、それでも構わず裸足で踏みつける!
――バキバキバキ……グギ! ゴギンッ!!!
やった! 折ってやったぞ!
しかし……神槌が解け、時間間隔が戻ると同時に揺り返し(反動による筋肉疲労)と、直前に受けた脳震盪のダメージが俺を襲う。
俺はさらに追い打ちをかけるべく雷撃を身体に纏った。
「うおおおお! 纏雷!!!」
――バヂバヂバチィッ! ボンッ!!!
激しい雷撃と破裂音と共に、一瞬、豚の身体が発光した。肉と毛が焦げる匂いが鼻を突く。
豚は思わず俺の左脚を手放した。
筋繊維がぼろぼろになった俺は、へし折った牙と共にそのまま地面へ転がり落ちた。
どうだ……? やったか……? これでダメなら……かなりまずいことになるぞ……しかしこのレベルの魔物……このくらいじゃ――
――ブッッフ~~~!!!
豚を覆っていた黒煙を豚の鼻息が吹き飛ばす。
やっぱりな……チエちゃんの言う通り、これは敵わない……
毛が黒焦げた豚は、驚きと戸惑いの表情を浮かべているようにみえた。巨大な腕を口元にやり、地面に転がる俺と自身の牙を交互に見つめ、ようやく自分の牙が折られたことに気付いたようだ。
「へへ……俺だよ……俺が折った……分かるか?」
豚が俺を見下ろす。
二度の神槌……一度は過去最高持続……直後に最大火力の纏雷……チエちゃんが話しかけてこない……多分俺の中で物凄い魔力の演算処理をしているんだろう……今、俺が意識を保てているのはきっとチエちゃんのお陰だ……
「完全に……お前の方が強いよ……これじゃお前を喰うなんて無理だな……」
この時、気のせいかもしれないが……僅かに豚が笑ったかの様に見えた。
豚は横たわる俺に近づき、四本の手を組み高く掲げた。
――ギュルギギギ……グギギギ……!
聞こえる音から、凄まじい握力で握りしめられているのが分かる。
圧倒的な力。
圧力――
あの岩のような圧力の塊を俺に叩きつけるつもりか……
へへ……牙の仕返しってか……
巨木の隙間から秋風が吹き、カサカサと落ち葉を揺らし、火照った俺の頬をわずかに冷やす。
俺はどう対処しようか考えるでもなく、ただ天を仰ぎ、腕を掲げたその姿を見つめる。
まるで……祈っているようだな――
豚の眼が、さっきまでの赤ではなく……透き通るような穏やかな青だった。
――決着の時。
なんでこんなことになったんだっけ……
そうだ……俺はただ、豚骨ラーメンが食べたかっただけなのに……
あと……俺に出来ることは……
施錠か……
でも、こいつの力の前では、確実に無意味だな……
こいよ……覚悟は――出来ている。
――ゴオッ!
――『蓮ちゃん!!!』――
――キュッ……ドン!!!!!
豚は全体重を乗せた拳を、俺に振り下ろした。
………………
…………
……
…
―― 真 っ 暗 だ ――
◇ ◇ ◇
――その頃、江藤書店では――
「へへへぇ~。百合系も……ふはぁ~、たまらんばいぃ~」
「伊織さま……いいんですか? ラーメンの食材探し手伝わなくて」
「なんば言いようとねアポちゃん。私は味見役やけん! それが仕事やけん!」
「今日は何読んでるんですか?」
「いけません! これは大人のご本です! アポちゃんにはまだ早い!」
「……大人のご本……」
「そう、こういうのはある程度大きくなってからじゃないと、その後の人生に――は! この感じ……」
「どうしたんですか? 伊織さま」
――伊織は、この時、蓮の魔力の消失を直感的に感じ取っていた。しかし――
「まさか……蓮ちゃん?!」
「蓮さま? 蓮さまがどうかされました?」
「う~ん……いや、気のせいかいな? 気のせいやね! よし! 続き続き……」
――ペラペラッ……
「は! でもこの感じは! もしかしたら蓮ちゃんが……う~~~ん……やっぱ気のせいかいな??? あれ、どこまで読んだんやったかいね……は! いかん! 蓮ちゃん?!」
――百合本の読みたさとその直感の狭間で揺れ動いていた――




